第7話・似た者親子ですから


「きみがそこまで考えていたとは思いもしなかったよ。ギルバードの見目で婚約相手を選んだのかと思っていたから。気がついてくれて良かった」


 父もギルバードとの婚姻はもともと良い顔をしていなかった。散々、反対していた。それに「彼を婚約者として認めてくれないのなら死んでやる」と、部屋で首を括ろうとした所を止められて渋々、彼を婚約者とせざる得なかった。


(ごめんなさい。お父さま。ご迷惑おかけしました)


 父には頭が上がらない。そこまでしておきながら婚約破棄を申し出たわたしをどう思うだろうかと思っていると頷かれた。


「きみから言ってくれて良かった。私の方からお断りしておこう」

「宜しいの?」


 上ずった声が出た。彼との婚約破棄は無事に行われそうだ。これでわたしの死は免れる。死亡ルート回避。これで処刑からは遠のいた。


「ありがとう。お父さま」

「なあにもともとこれはシーグリーン侯爵にごり押しされての婚約だったからね。きみが望んでるならまだしも、嫌がってるのなら仕方ない。それに最近のギルバードの素行は目に余るものがあったからね」


 父が苦笑しながらもこれで良かったと安堵していた。何だか気のせいか涙ぐんでいるように思える。


「しかし、きみも成長したね。きみは非情に大人しい性格だから、自分の気持ちを人前で言うのは苦手だったはずなのに。父は嬉しいよ」

「お父さま」


 そう言えばジェーンって物静かな性格をしていた気がする。でも、ゲームの通りに振る舞っていたら、思ってる事の半分も周囲に伝えられずに回りまわって明日には断頭台だよ。そんな未来は嫌。


 ふと、ギルバードと、その御者にやらかしたことを思い出し、あれはヒロインとしてどうなの? イメージ崩壊に繫がる? と、思ったけど仕方ないよね。大人しくなんてしてられないよ。今までのジェーン、いい子ちゃん過ぎたよね。


 現在のジェーンの中身は前世の記憶を取り戻したわたしだから、ここの世界のジェーンとは行動が違ってくるかもしれないけど許してね、お父さま。


「あのクズ男もなかなか役に立ってくれたよ。可愛い娘が自己主張してくれるなんて思いもしなかったから。クズ男が頼りないからジェーンが自立を思い立ったんだよね? ジェーンが自分から婚約破棄を言ってくるなんて……クズ男なりになかなかやるじゃないか。これはお目出度い。今日はお祝いをしよう。ジェーン」

「お父さま? 今日は何かの記念日だったかしら?」


 考え事をしていたわたしは、父に声かけられて我に返った。父が満面の笑みを浮かべていた。何か良いことあった?


「来年からは記念日になるさ。きみがやりちん男と婚約破棄を思い立った日としてね。きみの良き未来に乾杯しよう、ジェーン」 

「お父さま、気が早いですわ」


 まだ婚約破棄に至ってないのに。でも、父もギルバードのことをやりちん男と思っていたようだ。さすが父娘(おやこ)。お互い思考も似るものなのね。


「あんなクズ男にうちのジェーンは勿体無い過ぎたんだ。今までもったのが奇跡だよね。ああ、良かった。これは何かの間違いだったのさ。きみがあのクズ男に夢中になっていただなんて。悪夢にしか思えないよ」

「まあ、お父さま。奇遇ですね。わたしもそう思ってました」


 そうか。そうかと父は笑みを深くした。それに笑って返すわたしも似たような笑みを返してるのだろう。黒い笑みをね。なんってたって父娘だから。


「今夜は飲み明かそう。前祝いだ。ジェーン」

「はい。お父さま」


 わたし達は食堂でやりちん男の話題で大いに盛り上がった。親子二人で夜遅くまで飲み明かしたのだった。

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