第4話・これって婚約破棄できるんじゃない?


 今までの自分はお人よしだった。育ちのせいもある。亡き母が先王の妹であり王女であったことから、その母が産み落としたわたしは真綿にくるまれるように、公爵邸で大切に育てられてきたのだ。惚れた男性が自分に嘘をつくなんて思いもしなかった。盲目的にギルバードを信じすぎた。


 あの日はギルバードがお腹の具合が悪くなって出掛けられなくなったと、シーグリーン家から遣いが来た。ジェーンが心配してお見舞いに向かおうとしたのを、慌てて彼の家の遣いの御者が止めたのだ。


『そのようなお気遣いは不要です。かえって主が恐縮します。ジェーンさまはお綺麗な上に、たいそうお優しい』と、感銘を受けたように言い(今となっては大げさな仕草に思えた)

『ご主人さまはこのように心優しい婚約者さまに恵まれてお幸せだ』と、まで言われてしまっては『お大事に』の言葉と共にお見舞いの品をもたせて帰らせることしか出来なかった。


 よく出来た御者だ。主の嘘を知りながらわたしを気遣い、どれほどこの日は彼の胃に穴が空きそうになったことか。ひょっとすると今まで露見しないだけで幾つもあったかも知れない。


 その晩のギルバードのことについては、友人のナミア嬢から教えてもらっていた。ナミアが出席していたカナリー伯爵邸の夜会に、メアリーさまをエスコートして現れたギルバードは、彼女と親密な様子で他の男性がメアリーさまに近付こうとするのをけん制するかのように何度もダンスを共に踊り、その後は二人仲良く一室を借りて休憩を楽しんだようだと聞かされていた。


 ふたりはまだ未婚なのにご休憩? それを聞いて逆上した一昨日のわたしは教えてくれたナミア嬢が悪いわけじゃないのに「そんな話、信じないわ」と、彼女を追い返してしまっていた。今にして思えば悪いことをしたと思う。悪いのはわたしという許婚がいるのにメアリーさまと不実な関係を結んでしまったギルバードなのである。


「聞いてくれ。ジェーン。あれはたまたまメアリーからエスコートを頼まれただけなんだ。信じてくれ」


 彼は他の女性と噂になる度に、あれは嘘だ。信じてくれと何度も言ってきた。

「信じてくれ」と、いうのはほぼ彼の口癖のようになっている。この男はわたしに会う度に何度この言葉を繰り返し言ってきた事か。言わなかったことの方が珍しいかもしれない。


(こんな男、こっちから熨斗つけてやるわ)


 そう思った瞬間にわたしは閃いた。そうよ。これは願ってもない転機だ。この醜聞を仕出かしてくれた顔だけ男に感謝したくなった。これって婚約破棄出来るんじゃない?


 ギルバードと婚約破棄すればわたしの死罪は遠ざかる。しかも、今回のことはギルバードに非がある。今までにも他の女性をエスコートしたり、浮気の話は聞いていた。それなのに問題視されなかったのは過去のわたし、ジェーンが彼にべた惚れで、彼の巧みな嘘に騙されてきたからである。

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