第3話・馬鹿ですよね
ため息をつくわたしを、顔だけ男が不可解そうに見てきた。
「ジェーン。一体、どうしたって言うんだい? 今日のきみは何だかおかしいよ」
「そうかもね。色々と心配ごとが増えたの」
あなたのことに関してね。とは言えない。でも、何とか断頭台行きの未来からは遠ざかりたいと思っていると、こちらを伺うように彼が聞いてきた。
「もしかして……一週間前のことかい?」
「一週間前?」
「……忘れたのかい? 出かける約束をしていただろう?」
自分から話を振っておきながらギルバードの表情は冴えなかった。以前のわたしなら悩めるギルバードもす・て・き等と、のんきに頭に花を咲かせていたはずだけど、前世を取り戻した自分には、ギルバードは厄介でしかなかった。
「先週の薔薇園のことだよ」
「ああ。何でも珍しい七色の薔薇を見せてくれる約束でしたね?」
先週、そう言えばこの顔だけ男とデート約束をしていたことを思い出した。でも直前になって断りの連絡が入ったのだ。実はこの男、わたしにはお腹が痛くなって行けなくなったと遣いの者を寄越しておきながら、その晩、カナリー伯爵邸で開かれた夜会に他の女性をエスコートして現れた。それも親しげな様子で皆の目を惹いていたと、それを目撃した友人から教えてもらっていたのだ。
彼はわたしに事情を知られているとは思ってないようで、厚顔無恥にも背中に手を回そうとしてきた。
「悪かったよ。ジェーン。まだ怒ってるのかい?」
「別に。気にしてないわ」
そう言いながら彼の手から逃れるように身を捩ると、その態度に拒絶されたように感じられたのだろう。踵を返したわたしの後を追いすがるようについて来た。
「あの日は本当に具合が悪くてね。でも少し寝ていたら良くなってきたんだ。だから遅れてしまったけれどきみの家に向かおうとしていたんだよ」
「あら。元気になられて良かったわ。あの晩のカナリー伯爵邸の夜会は楽しんでおられたようですから。メアリーさまをエスコートされていたそうね」
「ジェーン? それはどこで耳にしたんだい? まさかきみの友人、ボードレイ伯爵令嬢ではないだろうね?」
ギルバードがぎょっとしていた。まさかわたしにばれないとでも思っていたのだろうか? 甘い男だ。わたしの友人の名前をすぐにあげたと言う事は、夜会で彼女を見かけて少しは罰が悪く思っていたということだろうか?
しかし、社交界で色々な女性と浮名を流している彼のやり方としては爪が甘かった。実に相手が悪かった。相手はわたしの政敵とされているメアリーさまだ。わたし自身は王位など全然望んでないが、権力欲の強いシーグリーン侯爵の子息と婚約した時からわたしはメアリーさまのライバルとして押し上げられてしまっていた。
そのわたしの許婚が政敵をエスコートしてしまった。ギルバードは下手な手を打ってしまったのだ。いくらメアリーさまが美しく婚姻前の一夜のお遊びの相手だとしてもお相手に彼女は止めておいたほうが良かった。
「馬鹿ですよね」
「あ。あれは……!」
「いい訳など不要ですわ」
わたしの呟きにギルバードは過剰反応した。男のいい訳など見苦しいだけだ。彼の焦った態度に前世で付き合っていた男を思い出し、彼らは似ているなんて思ってしまった。未練など残ってないはずなのに。
(本当にわたしったら馬鹿よね)
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