第27話 『駄目人間』の補聴器と『ヤンキー』のバイクのキー
詰め所を後にした誠は、そのまま廊下を歩いていた。途中の喫煙所と書かれた場所のソファーで嵯峨がのんびりとタバコを燻らせている。
「タフだねえ。今日、出勤してから何回吐いた。お使いか何かかい?」
いつもの間の抜けた調子で嵯峨がそう尋ねる。
「まあ一応新入りですから」
急に話しかけられて少し苛立っているように誠は答えた。
「そうカリカリしなさんな。あれであいつ等なりに気を使ってるとこもあるんだぜ。どうせお前のことだから、これからも買出しに行くことになるだろうから、その予備練習って所だ。それとこれ」
そう言うと嵯峨は小さなイヤホンのようなものを取り出した。
「何ですか?これは」
「補聴器」
口にタバコをくわえたまま嵯峨はそう言い切った。
「怒りますよ」
強い口調の誠に、嵯峨は情けないような顔をすると、吸い終ったタバコを灰皿に押し付けた。
「正確に言えば、まあ一種のコミュニケーションツールだ。感応式で思ったことが自動的に送信されるようになっている。実際、地球の金持ちの国では歩兵部隊とかじゃあ結構使ってるとこもあるんだそうな。まあ遼州星系の国はコストの関係から導入を見送ったらしいけど」
誠はそう言う嵯峨の言葉を聞きながら、渡された小さな機械を掌の上で転がしてみた。確かに補聴器に見えなくも無い。そう思いながら嵯峨の心遣いに少し安心をした。
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
誠はそういうと左耳にそのイヤホンの小型のようなものをつけた。特に邪魔になることもなく耳にすんなりとそれは収まる。
「なんだか疲れているみたいな顔してるけど……大丈夫か?一応、お前は俺がここに引っ張り込んだんだ。何かあったら相談乗るよ」
親身なようで無責任な調子でそう言うと、嵯峨は再びタバコに火をつける。誠は一礼するとそのまま階段を駆け下りた。
「バイクのカギは……あの『馬鹿』が持ってんだな」
誠はあの『純情硬派應援團(馬鹿)』のくわえタバコを思い出しうんざりした。
島田先輩と言う名の『馬鹿』の生息地は誠は覚えた。なぜなら、知らないと生きていくことができないから。
あの理解不能な生き物の生息地は屯所の裏の無駄に大きな駐車場のどこかである。
すぐに島田先輩と言う『気のいいあんちゃん』は見つかった。駐車場の隅に見える掘っ立て小屋の前にその奇妙な生き物は背中を向けて座っていた。
「あそこか……それにしても……なんで森があるんだ?基地の中だろ、ここ」
何故かその危険生物の向こうには森があった。東和陸軍の敷地の中には、こうした森があることがあるので、誠はどうせ神社でもあるのだろうと割り切って、深く考えないことにした。
近づくとその日焼けした背中を見せる、力ですべてをねじ伏せてきた男の向こうにバイクが停まっていることと、その隣の青い箱がクーラーボックスらしいことがわかった。誠は汗をぬぐいながらそのチンピラの方に向かった。
空は先程の曇り空から、カンカン照りの快晴にかわっていた。日差しが容赦なく誠に照り付ける。東和共和国宇宙軍の夏服がいかに東和の夏に向かないものか、誠は身をもって体験していた。
急に後ろに気配を感じて誠が振り返るとそこには軽自動車が一直線に誠に向かっているのが見えた。型落ちのボロボロの軽自動車。明らかに技術部の所属であることは誠には一目で分かった。
おんぼろ車はそのまま誠を避けて一直線に、いわゆる『班長』のところに向かった。
「遅れました!」
もうすでに大声なら聞こえるところまで、誠は『技術部部長代理』の兄ちゃんとの距離を詰めていた。声の主の運転席から降りてきたのは小柄なつなぎを着た整備員だった。その色から先程のつっけんどんな態度に終始した大柄の技術部員と同じ所属であることは誠にもわかる。
急いで後部のハッチを開ける技術部の水色のつなぎを着た若者。彼が取り出したのは、クーラーボックスだった。彼は整備班長と思われる半裸の男の脇に置かれたクーラーボックスと持ってきたクーラーボックスを取り換える。その作業の間に誠と目が合った。
若者は持っていたクーラーボックスをアスファルトの地面に置くと誠に向けて敬礼した。
「敬礼なんてするな。そいつは新米で『奴隷』。お前は先輩だから『神』。気をつかうことはねえんだ。同じ『縦社会』でも『身分制縦社会』のオメエの生まれた『甲武国』じゃねえんだ、ここは。俺の兵隊は俺流で育てる……敬礼なんぞ止めて、そこにある空き缶の箱。とっとと積んで帰れや。オメエの仕事はそこまでだ。とっととやれ」
その言葉を受けても、二十歳に届くかどうかの若い整備員は誠と整備班長の間で困っていた。
「さっさとかたずけろ!」
整備班長の怒鳴り声でその若い整備員は弾かれるように段ボール箱に飛びつき、それを軽自動車の後ろに押し込んでそのまま車を走らせて消えていった。
「あのー」
誠は先程の指示があまりに乱暴なので注意しようとした。
誠が半裸の男の真後ろに立った時、その男はクーラーボックスを開けた。
「ビール飲むだろ。冷えてるの持ってこさせた」
それだけ言うと男はクーラーボックスを開けた。先程の空き缶の数からして、相当飲んでいるはずだった。
男の前にはバイクがあった。実に見事なバイク。エンジン回りはは磨き上げられて光を放っていた。
「バイク……好きなんですね」
半裸の男の隣に立って、誠はそう言った。
誠に男はビールを手渡した。
「勤務中ですよ。僕、これからバイクを運転するんで」
拒む誠を見て男はニヤリと笑う。笑顔の似合う二枚目。醤油顔の典型的な顔。見える上半身は鍛え上げられていて、筋肉質だった。
ただし、島田は掛け算もろくに出来ない小学生並みの脳みその持ち主である。
誠は同情の視線を浴びせながらバイクのキーをどのタイミングで切り出すのが良いか悩んでいた。
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