第28話 『もんじゃ焼き』製造魔法のプロフェッショナル魔道騎士『神前誠』は突然拉致された

「神前、ホイっ」


 島田は缶ビールを手に困惑している誠に何かを投げた。誠は利き手でない右手でそれを握った。


「『偉大なる中佐殿』のお使いだろ?行ってこいや。バイクは黄色いの」


 そう言って島田はニヤリと笑う。


 誠は缶ビールを地面に置いて手にしたキーを握りしめて近くの黄色い原付バイクに向けて走った。


 そのまま屯所を出て、生協に向かう途中、何台もの車とすれ違ったが、菱川重工の私有地である路上でノーヘルの誠を咎めるものはいなかった。


 地理勘には比較的自信があったので、すんなりとロードローラーのラインが入っている巨大な建物を抜け、エンジンの積み込みのため通路を横断する戦闘機を乗せた荷台をやり過ごし、圧延板を満載したトレーラーを追い抜いて、ちょっとしたスーパーくらいの大きさのある工場の生協にたどり着いた。


 ラインの夜勤明けの従業員で、食料品売り場は比較的混雑していた。若い独身寮の住人と思われる作業服の一群が、寝ぼけた目をこすりながら朝食の材料などを漁っている。それを避けるようにして誠は冷凍食品のコーナーに足を向けた。そしてその片隅に並んでいるアイスの棚の前で足を止める。


「ベルガー大尉はメロン……ってとりあえずシャーベットがあるな、西園寺中尉はイチゴのカキ氷でいいかな?」 


 誠は自分自身に言い聞かせるようにして独り言を口にしながらアイスを漁っていた。


 アイスを漁りながら腰をかがめていた誠がいったん背筋を伸ばして目を正面のロックアイスに向けた時、後ろに気配がした。


 振り向く前に、硬く冷たい感触を背中に感じた。誠の頭の中が白くぼやけた。


「声を出すな。仲間がすでに出入り口は抑えている。もし騒げばこのビルは血の海になるぞ」


 低い男の声が誠の耳元に届く。


 誠は手にしていたアイスを静かに置くと、手を挙げて無抵抗の意思を示した。寝ぼけたライン工達が、営業マン風の背広を着た男のことを不審に思わないことは明らかだった。さらに自分はあの司法局の作業服姿だ。誠は司法局実働部隊隊員のはちゃめちゃな武勇伝はこの数日で散々聞かされていた。誠達を見つけたところで司法局の馬鹿共がまたふざけて遊んでいるとしか思われないだろう。


 もう一人の懐に手を入れた背広の男が誠についてくるように促す。誠は黙ったまま静かに彼の後ろに着いて行った。


 生協の正面にはこんな工場の中には似つかわしくない黒塗りの高級車が止まっていた。誠はその中に、突き飛ばされるようにして放り込まれた。


 すでに運転席にはサングラスの若い男が待機しており、三人が乗り込むと車は急発進した。挟み込むようにして座っていた銃を突きつけている男は、素早く布でできたシートを誠に頭からかぶせた。相変わらず硬い拳銃の銃口の感触を感じながら、割と自分が落ち着いていることを不思議に感じながら誠はじっと息を潜めていた。


「あんちゃんよう。別に俺等はあんたに恨みがあるわけでもなんでもないんだ。クライアントからあんたを連れて来いって言われてね。まあ俺等のことは恨まないでくれよ。騒がずにクライアントに届けることが出来れば、ウチの組織の仕事はおしまいと言うわけだ。それまでの間、仲良くしようじゃないか」 


 視界をふさがれている誠の隣で背広を着ていた男が穏やかな調子でそう話した。誠から見ても慣れた段取りは彼等が『東都戦争』と呼ばれた暴力団同士の抗争劇を生き抜いてきた猛者達であることを証明していた。


 誠は無駄な抵抗をやめて静かにしていた。


 誠のオリジナル最終魔法『ゲロ』は胃液と言うマジックポイントが足りなかったので発動できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る