『力』を持つ者の定め 『特殊な部隊』の通過儀礼としての『事件』
第26話 『大型もんじゃ焼き製造機』扱いの主人公のパシリ生活
それから誠の『歓迎会』と称する5日連続の饗宴が、午後の五時が過ぎるたびに開かれた。
『説教』、『土下座要求』、『強制飲酒』などの『縦社会の新人教育』が続いた。
誠はこれらのいじめに、ひたすら『もんじゃ焼き』に似た酸っぱい液体を口から吐き出すことで対抗した。
「眠い……」
誠は自分の機動部隊詰め所の机に座っていた。いずれやって来る、自分の機体の05式乙型を想像しながら大きくあくびをした。
もうすでに胃の中には吐くものは何もなかった。
まだ実戦どころか訓練さえ経験していないピカピカの誠の機体は、東和宇宙軍の紺色の一般色だろう。使える武器はクレーンのみだが。
「いつかは僕も……」
誠の正面には二人の女性パイロットと言う『人格破綻者』の席があった。
「ったくだらしのない奴だぜ。さっき吐いて胃が空になったか。あと二時間で昼飯だ。今日はアタシはかつ丼だ」
常に制服の上の皮のホルスターをぶら下げる女。西園寺かなめが残酷にそう言った。
心配そうな顔を誠に向けていたカウラがかなめをにらんだ。
「西園寺!言いすぎだぞ!神前、私は親子丼だ」
「へいへい、隊長さんは部下思いでいらっしゃること。神前、味噌汁もつけろ」
そう言うとかなめは不満げに机の上に足を乗っけた。椅子のきしむ音が響く。誠は自分がいる場所がわかって安心すると、そのまま上体を起こした。
誠が見回す視線の先では、まず、ランが巨大な『機動部隊長』の机で難しそうな顔をして将棋盤を見つめているのが見えた。
そのたるみ切った光景は、これが遼州星系を代表する『特殊な部隊』のそれだった。
せめて自分くらいは……そういう思いが誠を奮い立たせて、痛む首筋をさすりながらソファーから起き上がらせた。
「大丈夫か?神前、深川丼に変更」
心配そうにカウラがよろける誠を支える。
「なんだ、心配することないじゃん。それにしても暑いなあー……こういう時、新入りなら何かしようって思うんじゃないのかなあ……やっぱり味噌汁いいわ」
暑さで不機嫌なかなめが大声を上げる。
「西園寺!貴様!神前、雉焼き丼に」
立ち上がろうとする誠を制するとカウラはかなめの席の隣に立ち机を叩いた。
「良いんですよベルガー大尉。下の共有スペースに行ってアイス取って来ます」
そう言うとカウラの心配そうな顔をこれ以上曇らせまいと、誠は立ち上がった。
「そりゃ無理だ。どこかのチビが昨日全部食っちゃったからなー」
そんなかなめの言葉に、カウラがランに視線を向けた。
「オメ等ーのモノはアタシのモノ。アタシのモノはアタシのモノ。神前、うな丼の『特級松』だ!」
ランはそう言うと将棋盤に駒を指す。
ここでは誠は『人権の無い使用人』であることを自覚した。
「分かりました!アイスですね!隣の工場の生協まで行けばいいんですね!駐車場の屯所共有のバイクを借りてきます!」
仕方なく誠はそう言って立ち上がる。同時に手にはタブレットを持つ。
菱川重工豊川工場の『役員向け』の値段が馬鹿に高いどんぶりもの専門店のサイトを立ち上げた。値段がふざけているそこのどんぶりを選択して注文をする。特にランの『特級松』の値段をみて誠は『しもつかれ』を作るところだった。
「じゃあアタシはモナカ。小豆じゃなくてチョコだぞ」
顔を上げて一言そう言うとランは将棋盤を使っての頭の体操を再開する。
「西園寺さんは何にしますか?」
誠は半分むきになってきつい調子でそうたずねた。しばらくの沈黙の後、眼を伏せるようにしてかなめはつぶやいた。
「イチゴ味の奴」
カウラはぶっきらぼうなかなめの言葉に肩をすくめた後、財布から一万東和円を取り出して誠に渡した。
「じゃあ私はメロン味のにしてくれ。貴様は財布を島田に取り上げられたまんまだからな。金はこれで間に合うはずだ」
「はい!それじゃあ行ってきます!」
苦笑いを浮かべるカウラに見送られて、誠はそのまま詰め所を後にした。
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