第22話 『芸人集団』と『ビッグブラザー』 社会府適合者達の孤立無援の戦いと『安城秀美さん』
誠の現実逃避へのぎりぎりの状態で奇妙な変化が起きた。
誠の視界の中でアメリアの表情が急にまともな人間に見えた。そして、彼女の糸目が少し開かれ、紺色の瞳が見えた。
『目の錯覚かな……』
誠がそう思った次の瞬間、アメリアは語り始めた。
「私が知っていることを話すわね。一応、『部長』だから、知ってるわけなの。内容が誠ちゃんには、理解できるかどうか分からないけど」
そう言うアメリアは先程までの『芸人』とは別の顔で話し始めた。
「すべては『悲しい出会い』から始まったの。地球人の調査隊の持っていた銃と、『リャオ』を自称していた『遼州人』が出会ったこと。その大地の下に『金鉱脈』が埋まっていたことがすべての始まり」
誠はそこで地球人による『リャオ』への一方的『ジェノサイド』が行われたことを思い出した。
「遼州人はすべてを『欲望』によって奪われた。言語は失われ、文字を持たない遼州人は『未開人教化』と言う名のもとに地球圏に『管理』された。地球圏の人は……おそらく知らないわよ。良いことをしたと思ってる。『未開人』に『文明』を教えたと威張ってるんじゃない?でも、この『東和列島』には、それを見つめている『存在』があった」
アメリアは表情を殺してそう言った。そして、真っ直ぐに誠を見つめた。
「『存在』……」
突如、本性を現したアメリアの言葉に誠は息を飲んだ。
「地球人の調査隊が数年後、この『東和列島』に到着した時に、奇妙な事実に気が付き驚愕したそうよ。そこに住んでいる人々が『日本語』を話し、『日本語』で考え、『日本的』な名前を持ち、『日本人』にしか見えなかったってね。『銃』も持ってたらしいわね、その『公式』な調査隊が到着した時には」
次々とアメリアは誠を困惑させる『事実』を話す。
「地球のまともな調査隊はその結果を『地球圏』に報告したが……握りつぶされたそうよ。『あり得ない』ってね。でも、文字が無くて、見た目は地球のアジア人にしか見えない『リャオ』が地球の『無法者』と裏取引をすることくらい……考えなかったのかしら?地球の政府の人達。マジで『空気読んでよね』」
そう言うアメリアの口元に笑みが浮かぶ。
「『東和列島』の奇妙な現象を引き起こしたのは、間違いなくその『存在』が原因……だと隊長は言ってたわ」
アメリアのその言葉に『若いツバメ風駄目人間』である嵯峨の顔が誠の脳裏に浮かんだ。
「その『存在』はおそらくどこの『人間型』生物でも持ち得るありふれた『妄想』よ。そして、『地球』には『妄想』についての具体的理論があり、『東和共和国』にはその『妄想』を具体化する『意思』があった……」
静かにアメリアは続けた。
「『存在』……『妄想』……『意思』……『東和』」
誠はただぼんやりとつぶやく。アメリアの言葉は理解できない。それが何を意味するのか分からない。そして分かりたくない。
「その『存在』、『ビッグブラザー』のおかげで『東和共和国』では、地球から独立してから国民の戦死者が『一人』も出ていないわ。こんなに戦乱の続く、遼州星系にあって」
「え?」
いくら誠でも遼州星系で数百億の戦死者の出た二度の『遼州大戦』があったことは知っている。
『遼州政治同盟』による一応の安定が実現した今もなお、遼州星系の各地で今も武力衝突が続いていることは知っていた。
「でも、それっていいことなのかな……ちょっと疑問なのよね。『東和共和国』だけが平和で他は戦争ばかり。それはちょっと……」
突然、アメリアは元の『女お笑い芸人』の表情に戻る。目も当然、糸目に戻る。
誠は目の前の変化に戸惑いながらも、なんとかアメリアの次の言葉を待つ。
「キーワードは。『量子コンピュータ』と『システム』。それに『情報』と『電子戦』」
誠はそこで『東和共和国』の『量子コンピュータ』の異星系への持ち出しが禁止されていることを思い出した。
簡単な電子計算機でさえ、『東和共和国製品』は他星系への持ち出しが禁止されている。その程度の常識は誠にもあった。
「そして……『アナログ』と言う事。すべてが『アナログ』なのがこの『遼州星系』の特徴。『デジタル』なことがあまり歓迎されない。それがこの『遼州』」
アメリアの言葉がまた誠の理解を超えた。
確かに地球のようにすべてのシステムが『デジタル』な世界は誠には理解できなかった。『遼州』ではすべてが『アナログ』である。『アナログ系量子コンピュータ』の開発に成功したことで、『東和共和国』は経済的発展を遂げた。そう、中学校の社会で習ったのを思い出す。
「そんな、『デジタル』と『アナログ』の新たな素敵な再会が欲しいなーって。それを願う『隊長』とアタシ達はちょっと『大人な空気が読めない連中』と喧嘩しようと思ったわけ。うちの担当は『暴力』関係。『電子戦』担当は『安城秀美さん』」
アメリアはそう言って静かに笑った。
「『電子戦』……『安城秀美さん?」
誠はとりあえず、アメリアの言葉から理解できる言葉と、珍妙な名前を口にした。
「『電子戦』は……理系でしょ?……まあ、『歴史』とか『組織論』とか『経済』とかが分からないと無理かもね。それと、誠ちゃんの執務室の内線子機に、もしかして隊長あてに『安城です』って名乗る女の人から電話がかかってくるときがあるから。隊長に回してよ。以上!」
誠は『高学歴』が売りだったが、『文系能力ゼロ』だったので、アメリアの言葉が理解できなかった。
「あの『隊長』に女の人から?誰ですか?そんな暇人。あれ果てしなく『駄目人間』ですよ」
力を込めて誠はそう言った。
「大丈夫!ただ、隊長がひたすら、『馴染みのお店』に誘うけどちゃんと断る『常識人』だから。『秀美さん』は」
誠はあの嵯峨惟基と名乗る『脳ピンク』がいかに恥さらしな『アホ』かと言う事実だけは理解することが出来た。
初めて誠は『吐瀉』の魔法を使わずにその場を切り抜けることに成功した。
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