第20話 称えるべき敵と『嵯峨』と呼ばれる存在のことを『老闘志』は認識した 『無秩序の守護者』と『秩序の守護者』
敬礼を終えて納得した顔をした近藤を見て、カーンは満足しながら話を続けた。
「敵であれ尊敬すべき人物だよ嵯峨君は。シオニストにもコミュニストにも彼ほどの人材はいない。敵として当たるに対して彼ほど愉快な人物はいないよ。そんな彼が選んだ人材なんだ。敵に値する嵯峨君が選んだ人材なんだ。彼が選んだ青年が私達を失望させるような凡人では無いと考えるのが当然の帰結だろう」
そう言うカーンの口元に満足げな笑みが浮かんでいるのに近藤は気付いた。
そして、その笑みがカーンの踏み越えてきた敵味方を問わない死体の数に裏打ちされていると言う事実にすぐに到達した。
「君は先の大戦では前線勤務を経験しているかね」
「それは……」
カーンの問いに近藤は口をつぐんだ。自分の『第二次遼州戦争」の開戦から敗戦までの経歴が軍の参謀部勤務だということはカーンも十分に承知しているはずだった。
「それならば少しは前線の地獄と言うものを味わった方がいいのかもしれないな。本部の怠惰な空気は人間の闘争本能をすり減らすものだ。そしてその闘争本能無しには既存の秩序を変えることは難しい……一方、君は認めたくないようだが、嵯峨君は常に最前線に身を置いていた人物だ。特に『見えない敵』と常に渡り合う必要のある困難な仕事をしていたようだ。君は知る必要が無いだろうがね、そんなことは。私の知っていて公にされていない『嵯峨』と言う男の経歴は特筆に値するだろうな。私は知っている。当然、君は知らない」
嵯峨と言う名前を口にするたびにカーンは愉快そうに眼を細めた。近藤は黙ったまま静かにカーンを見つめている。その意思と寛容が混ざり合うような落ち着いた言葉とまなざし。言っていることにはそれぞれ反論はあったが、近藤はカーンが何故ゲルパルトを追われたゲルパルト民族団結党の残党の支持をこれほどまで集めているのかを再確認した。意思と経験と洞察力。そのすべてにおいて自分はカーンの足下にも及ばないことはこの数分で改めて自覚された。
「それでは例の計画を早める必要があるのでは?表面的にはわからないことでもこちらから動いて見せれば馬脚を現すこともありますから。少なくともあまり頭の良くない『汗血馬の乗り手』あたりが暴走してくれれば……いくらでも手は打てますが」
そんな近藤の言葉に、カーンは落胆したように視線を外のデブリへと移した。
「いや、それについて君が口を挟む必要は無い。下がりたまえ」
カーンは強い口調でそう言った。その語気に押される様にして近藤は軍人らしく踵を返して部屋を出て行こうとした。
「だが……」
再び口を開いたカーンの言葉を聞くべく近藤は振り返る。
「私達の組織と胡州海軍第六艦隊は無関係であると言うことを証明できるのであれば、君達は独自に動いてくれてもかまわないがね」
その一言に近藤は嬉しそうにうなづく。
「それでは我々は独自に行動を開始します!」
呪縛から解かれたというように近藤は軽快に敬礼をして貴賓室を後にした。
実直に過ぎる近藤が去って部屋は沈黙に包まれた。
カーンは再びブランデーグラスを眺めると満足げにうなづいた。
「君は君にしてはよくやったよ、近藤君。あくまで『君にしては』だがね。君達東洋人は昔こう言った『走狗死して肉を煮らる』……さて、『
肉』にありつくのは私かな?『嵯峨君』かな?」
カーンはそう言うとブランデーグラスのそこに残った液体を凝視した。楽章が変わって始まった楽曲の盛り上がりにあわせる様にして、カーンはブランデーを飲み干した。静かにため息をつくとカーンは手元のボタンを押した。外の景色を映し出していた窓が光を反射してモニターへと切り替わる。
そこには冴えない表情の新兵がいかにも恥ずかしげに映り込んでいる身分証明書の写真と横に説明書きが映し出された。
「『神前誠』……君は何者なんだね?私は『その結論』にはたどり着きたくない。『秩序の守護者』を自任し、『アーリア人』であることをを自負する私が……あまりに『非情』だな、『無秩序を望む』嵯峨と『特殊な部隊』の連中と同類になる運命か……残酷だな、現実は」
まるで孫に語り掛けるようにカーンはそうつぶやいた。手元のボタンを押すといくつもの『神前誠』の日常を写した写真が映し出される。
「まあいい。近藤君も噛ませ犬を志願してくれたことだ。じっくりと見させてもらおう。ちゃんと時間稼ぎの『囮』ぐらいは勤め上げてくれよ。『サムライボーイ』」
カーンはそう言って静かに目を閉じてうつむいた。
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