第19話 報告書の顛末『エリート士官』と呼ばれる『極派』がたどり着いた『身勝手な願望だらけの結論』

「ところで、君は敵に対する敬意と言うものを持っているのかね?あの報告書の内容はいい。ただ、もしそういうものが君に少しでもあったのなら、あの報告書の推測と予測による記事を私の目に触れさせる様なことはしなかったと思うが、どうだろうか?報告書とはすべてありのままの事実を報告するから『報告書』と呼ばれるのだよ。推論と決めつけだけで書いていいのならタブレット紙の見出し記事と同じ価値しかない」 


 その言葉を聞くと思わず近藤は額の汗を拭っていた。手にした情報の価値を過小評価されたという事実が彼の語気を激しいものとした。


「ですがカーン閣下!現状として我々が表立って我等と同志達が動ける範囲といえば……限られています!その中でできる限りのことを調べ上げたつもりです!」


 近藤は机に両手を突いて叫んだ。だが、カーンは表情を一つ変えることもなく、ただ感情的になった近藤をはぐらかすように再びブランデーグラスを手にした。 


「言い訳は生産的とは言えないな。情報統制に関していえば向こうには一人の女……『くるみ割り人形』と呼ばれているな。その『サイボーグ』は君も知っているかな?あの『女』の存在を」


 近藤は表情を変えることが出来なかった。


「あれは、『くるみ割り人形』はうわさですよ。そんな存在が実在するわけがありません!嵯峨と言う男が作り出した『虚像』私はそう判断しました!」


「そうか?なら、そうしておこう。それなら、この報告書には矛盾が無いと読める。まあ、読むまでもなく、『結論』ありきで書いてあるから、この報告書に『矛盾』が無いのは当然だな」


 そう言ってカーンは静かにグラスをテーブルに置いた。反論の機会をうかがっていた近藤に一度笑みを浮かべた後、言葉を続ける。


「向こう側に座っているのは『嵯峨惟基』と呼ばれる存在。あの男のカードは分かっている。ならばこちらも手持ちの札を数えなおして次に切るカードを選択する。カードゲームの基本だよ……そして情報収集もまた然りだ。相手が電子戦のプロと手を結んでいるのなら、多少の出費はあっても、直接『足』で情報を稼ぐようなことも考えたらどうかね。君の資金はそれには十分耐えうると思うんだが」


 そういうとカーンは再びグラスを手に取りブランデーに口をつけた。近藤はカーンのはぐらかすような調子にいつもと同じ苛立ちを感じていた。


 近藤は自分が今の胡州軍の主流からは外れた立場にあることは十分承知していた。


 現甲武国政権の中枢にある西園寺義基首相は、軍縮を視野に入れた宥和的政策での同盟機構内部での発言権拡大を目指すことを選択していた。甲武の一方的な軍縮を敗北主義と考える近藤と同志達は、西園寺内閣による軍の特権剥奪に危機感を抱いていた。


 彼らは軍内部でも孤立していく中で、自分達こそが国家の尊厳すらも安易に投げ捨てかねない西園寺義基の『現実主義政策』に異を唱えるべく集まった救国の志だと自負していた。


 西園寺内閣の矢継ぎ早の同盟宥和政策が国を大きく変えつつある今がそれを打倒する最後のチャンスであると考えていた。


 ゲルパルトの『民族秩序の再興』を掲げる『ゲルパルト民族団結党』の残党。国を追われてもその理想を推し進める『闘士』ルドルフ・カーン。彼が近藤に依頼したのは、『売国奴』である西園寺義基の義弟、嵯峨惟基の率いる『火盗』と呼ばれる『特殊な部隊』の調査だった。


 そんな嵯峨が目をかけているという若者、『神前誠』が何者だろうが近藤には関心の無い話だった。そこに注目するカーンの意図も図りかねていた。


 ようやくそんなあふれ出してくる怒りを主とする感情の整理をつけると、言葉を選びながら近藤は話を続けた。


「お言葉ですが先日の報告書に不手際があったとは到底思えませんし、あの金で魂を売る殺戮機械(キリングマシーン)の『くるみ割り人形』が情報改ざんを行っていないことは裏が取れています。ですので……」


「ちがう!ちがう!」


 そんな近藤の言葉にカーンは初めて明らかな不快感の色を帯びた叫びを漏らした。交響曲が終わり、再びブランデーグラスに口をつけた後、近藤を見る青い瞳には侮蔑の色がにじんでいるのがわかり、近藤は思わず口を閉ざした。


「君は本当に海軍大学校を卒業したのかね?『くるみ割り人形』から目を背けたいあまり大事なこと、手に入れた情報そのものの意味を理解しているとは到底思えないのだが……。他者を理解しようと言う行為に意味を感じていないと言うことは自分の無能を証言しているようなものだよ。君の言葉は私にはそう聞こえて仕方がないんだ」


 再びグラスをテーブルに置くとカーンは椅子に座りなおし、氷のような青い瞳で近藤をにらみつけて静かに語り始めた。


「確かに今度、あの『特殊な部隊』に入った神前誠少尉候補生。彼の出自に不自然なことは書類上無い。だが、そもそもこんなに不自然なことが無い人物をなぜ嵯峨君が選んだのか?そう考えてみたことは無いのかね?嵯峨惟基。甲武国陸軍大学校で卒業証書を破り捨てて、「『全権督戦隊長』以外の任官を拒否する!」と大演説をぶった男だ。ポーカーの『本当』の相手はあの男だよ。私にはそうだと思える」


 そう言うとカーンはグラスを手に持った。


「君は認めたくないだろうが、私の知っていることを話そう。あの男には『運』がある。そして、偽名で同じ顔をした男が、崩壊寸前の遼大陸戦線で『負けなかった』と私は聞いている。『不敗の男』興味があるね。君は興味が無いようだが、私は『興味』がある」 


 近藤は目の前で敵を誉めつつその言葉に酔いかけている老人にそう言われて言葉に詰まった。見るべきものを見落としていた。そのような老人の言葉を聞けば、老人が何を言わんとしているか、そして報告書に一番欠けているものは何かを察することができた。


『この老人は私と同志達を『利用』している。恐らく、あの嵯峨惟基と呼ばれる存在も……ならば、我々も動いて……出方を見よう」


 近藤はそう思いながら静かに『貴賓室の闘志』に頭を下げた後、敬礼した。

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