第12話 でけえ『糸目』の女。『エネミー』に囲まれた主人公の最後の抵抗
「口の中に酸っぱいものが……『しもつかれ』が……」
誠は自戒の念を抱きつつ真夏のクーラーの効いていない部屋の熱気の中で起き上がった。
吐き気と倦怠感と頭痛が誠を襲う。
敷布団と枕がある。そして腹にはタオルケット。誰かが酔いつぶれた誠を『宴会場』からここに運んだらしい。
さらに周りを見渡す。コンクリートの壁で四方が囲まれている。
背中に空気の流れを感じた。誠は慌てて風が吹いてくる背後を振り向いた。
そこには鉄格子はなかった。どうやらここは牢獄ではない。ガラスは割れて窓の下に散乱しているが、娑婆であることは間違いないので安心した。
誠は立ち上がった。壁一面に模様が様々な色のペンキで書いてある。
「これは……『夜露死苦!』ねーひらがなで書け、馬鹿。隣は……『火盗整備班参場!』……『場』の字間違ってんぞ、高学歴舐めんな!それは『参上』って書くんだよ!」
そう独り言を口にしながら、誠は認めたくない事実に気づいた。
どうやら自分があの『ヤンキー王国』と言う暴力だけが支配する『漢』の園に紛れ込んだらしい。
誠は頭を抱えてしゃがみこむ。
「世の中舐めてました……社会人舐めてました……僕は死にたくないです……逃げても破滅するんです……逃げようがないです……詰んでます……」
冷や汗を流しながら理性が壊れた人特有のおかしな笑いを顔に浮かべて誠はつぶやき続ける。
「ピッチャー!」
突然、誠の頭上から奇妙な男の声が聞こえた。
恐怖に駆られて誠は顔を上げる。
そこには『ヤンキー王国』国王兼応援団長、島田正人曹長の姿があった。
白いつなぎを着たその生き物は、タバコを咥えて誠を見下ろしている。
「オメエは今日から立派な俺の『舎弟』だから、俺を『島田先輩』と呼ぶことを許可してやる!』
素敵な笑顔。首には金のネックレス。腕には金無垢の時計。誠はとりあえず立ち上がり、この男が自分より背が低いことに気づき安心した。
「見下ろすな、馬鹿。オメエの身長185㎝前後か。でかいのは分かった。……それでだ。なんで、『チキンピラフ』を持ってねえんだ。反省しろ、神前」
その『ヤンキー』が口にした音声。誠は途中までは理解できたが、『なんで……』以降は意味が分からなかった。
「ないですよ……僕、手ぶらです。僕が屯所に持ち込んだ手荷物返してください。あれに着替えが……」
誠の言葉を『ヤンキー』島田は完全に理解していなかった。恐らくその能力が無いのだろう。
煙草をくわえたまま、島田は地団駄を踏む。
「食いてえんだよ!『ピラフ』!俺が食いてえって言ったら出すだろ?普通。社会人だろ!大人だろ!努力しろよ!」
大暴れをした島田は静かに口に咥えたタバコに右手を添える。
「神前少尉候補生。罰として『根性焼き』。左手は大事だから、右手にやる。手のひら、出せ。『愛のある教育』だ」
真顔でそう言った島田は右手のタバコを誠の顔に近づける。
「嫌ですよ……」
誠は島田でも理解できそうな簡単な日本語で答えた。
「俺、不死身なんで。純情硬派を売りにしてるんで……夜露死苦」
黙って島田は誠の額に火のついたタバコを押し付ける。
誠はただ涙を流し、口からどのタイミングで反撃の『ゲロ』を吐き出すか考えていた。
彼の胃が島田と言う『大人への反抗』から逆流モードに入ろうとした時だった。
突然、入口のようなところから『フォークギター』のかき鳴らす音色が聞こえてきた。
きっと『正義の味方』がかわいそうな誠を助けに来てくれる。彼か彼女が自分を助けてくれる。そう信じて誠は額のやけどがもたらす痛みに耐え続けた。
誠が口からの『酸っぱい液体』を吐き出す自衛行為をやめたとき、入口のあたりで『ギターの音』が止んだ。
誠は出来れば『魔法少女』がそこでコスチュームに着替えているとありがたいと妄想していた。
いかにも『それ』っぽいのが原因でこの『特殊環境』に連れ込まれたのを思い出した。
『多分『赤』いな。その女の子。手には『ゲートボール』のトンカチを持っていて……大きくなって何でも壊しちゃうんだ。名乗りは『なんとかの騎士』。それは譲れないな。実は『魔法の国の技術』で作られた『永遠の8歳』で、存在する限りずっと『成長』しない。『噛ませ犬属性』はありそうだな……『捨て駒上等』とか言って、僕に笑いかけてくれるんだ。体の不自由な美少女の『主』の『呪い』を解く為に一生懸命な優しい女の子なんだよ、あの子。怒ると『三角形の魔法陣』を展開して……』
その結果、その幼女の姿がどう考えても『偉大なる中佐殿』そのものであること気づき、誠は愕然とする。
「なるほど、クバルカ・ラン中佐は『人類最強』だわ。『人類』じゃねえもんな、本来。別次元の『魔法プログラム』だっけ?おんなじ顔してたもん」
誠はいつの間にか自分の妄想と現実の区別がつかなくなっていた。
島田は額に押し付けていたタバコをさらに押し付ける。
突然、入り口で『読経』と『木魚』の音声が響いて、誠は我に返った。
一人は180㎝くらいの、初めて見る紺色の髪の糸目の美女。彼女は『フォークギター』を持っている。
もう一人は『パチンコ依存症』の誠の直接の女上司。手には『ラジカセ』を持っていた。その『馬鹿』、カウラ・ベルガー大尉は無表情で『読経』が流れるラジカセを手に黙り込んでいた。
誠は入ってきたのが『魔法使いの幼女』でない現実に打ちのめされた。同時に、デカい姉ちゃんがきっと目を見開くと『魔法』ですべてを無かったことにしてくれると信じて、その糸目が開かれる瞬間を待ちわびていた。
でかい姉ちゃんはギターをかき鳴らす。笑顔のまま、薄ら笑いを浮かべて。
「『火盗』運航部長!アメリア・クラウゼ少佐!運行艦『ふさ』艦長です!」
この言葉に誠はすべての望みが壊れるのを感じていた。
その声には誠は聞き覚えがあった。
この『特殊な部隊』に誠が連れてこられたその日に聞いたと、誠は記憶していた。
そこは『沖縄料理を出す宴会場』だったような気がする。
そのデカい姉ちゃんの発する声は『馬鹿歌』のメインボーカルと酷似していた、かもしれない。
それが事実としてつながるなら、この目の前の『欧風女芸人』の着ているライトブルーの軍服風の服は……。
誠がその結論から逃げまどっているところで、デカい糸目の姉ちゃんはギターを弾く手を止めた。
「歌います!『本願寺ぶるーす』!」
目の前のアメリア・クラウゼ少佐と名乗った、見た目は『糸目』の美女の姿をした『女芸人』は歌の『まくら』をしゃべりだす。
「さて皆さん!このレコードが百万枚突破しますと……」
やはり、誠の前では意味不明な珍妙な鳴き声を出すのが、『火盗』のお約束らしい。
「『レコード』ってなんだよ……『大正ロマンの国』甲武国じゃあ、今でも主要メディアらしいな……このでかい女壊れてんぞ』」
表情は一切変えずに誠はそう思った。
目の前の『純情硬派』の島田先輩がタバコを押し付けるのをやめたことから、一定の効果はあるらしい。
糸目のでかい『女芸人』の少佐は何か言っている。
「……一等、葬式ギフトチェック!あなたの葬式代を全額負担します!」
誠はその言葉だけは理解した。そして心の中でとりあえず『ボケ』る。
「『葬式か……うち、浄土真宗ではなくて、真言宗智山派だからな……宗派が違うと……出るのかな……僕の葬式代……」
自分に『死亡フラグ』が立ちまくっている自覚は誠にもあった。
アメリアはそのまま何かしゃべっている。
「……三等は!『あの世』へ旅立つ若者の為に『梵ジャケット』と、外国の繊維企業と『本願寺』が技術提携して作りました『オールコットン』または『純毛』、『三角巾』を……幽霊が頭につけてる奴よ!」
デカい『女芸人』は。そこまで意味不明なしゃべりを続けた。
アメリアが言いたいことは『誠死ね』と言う事だと誠は理解した。
突然、アメリアと名乗った『芸人』は誠に顔を寄せてくる。『カモ』を見つけたような笑みを浮かべて。
「いいじゃない!似合うわよ!誠ちゃん!額のやけどの跡を隠すのに最適!『オリジナル三角巾』」
二人の『女芸人』と島田と言う名の誠殺害を狙う『
その視線は『生暖かい』ものだった。
『うわあ。こいつ等、俺が死ぬこと前提で話してやがる……いつか死ぬけど。絶対、こいつ等に知られたくねえな。まあ、生きてりゃ、こいつ等に弄られることもねえわけだ……壊れてる……『ネタ』元は……地球か。あそこ、滅ぼした方がいいぞ。本当に!』
誠の表情に
「そう生きなさい!」
アメリアがそう言った瞬間、誠は不埒なことを考えていた自分を恥じて、土下座をするつもりだったが隣の島田がそれを止めた。
「生きろよ。神前!あきらめるな!本格『ピラフ』を用意するまで死ぬな!」
誠にも島田の言葉は理解できた。『今、言うセリフじゃないよ』と思いながら必死で口にするのを我慢した。
自分を無表情で見つめている、パチンコ無しでは生きていけないいい女、カウラ・ベルガー大尉と視線が合った。
彼女は満足げにほほ笑んで、誠に暖かい上司の視線を投げた。
「逝け、黄泉の国へ」
意地でもこいつ等、『ボケ倒す』連中だ!
そんな『
「パチンコ依存症の洗濯板女!美人だからって言って良いことと悪いことがあるぞ!この!未来のパチンコアイドル!」
大声を出して誠はエメラルドグリーンのポニーテールの女を怒鳴りつけた。
誠は基本的に気が弱いが、ここまでコケにされると怒るぐらいの常識はあった。
「帰って来るかもしれないな、貴様なら。地球の日本の『古事記』にあるように、うちの誰かがこの『生き地獄』に連れ帰り、永遠に『無間地獄』をさまよう……」
そう言うとカウラは『ラジカセ』の再生ボタンを押した。『読経』と『木魚』の音声が部屋中に響く。
沈黙がこのコンクリート打ちっぱなしの落書きルームに響いた。
「じゃあ!屯所に行くわよ!」
でかい糸目の『女芸人』はそう言ってギターをかき鳴らす。
「行きたくないんですけど……二日酔いで気持ち悪くて……」
誠は自分の額を流れる汗が『脂汗』だったことを思い出した。
「私の『ハコスカ』で連れていく。と言うか拉致する。拒否するなら切腹しろ。それが軍隊……らしい。私はパチンコの行ける範囲でしか行動しないので関係ないが」
カウラは誠の締め上げる手が緩むタイミングを計って振りほどきながら冷徹な言葉を誠に浴びせる。
「『ハコスカ』?なんです?それ?」
どうやら自動車の種類であることは誠にも理解できたが、『ハコスカ』を見たことが無い誠はただそう言ってあきれるだけだった。
「ああ、『ハコスカ』だよ。マジ『ハコスカ』。俺達整備班で作った。根性あれば、写真一枚から作れるんだ……すげーだろ」
島田と言う『不死身のヤンキー』はいつの間にかタバコをくゆらしながらそう言った。
「アタシは助手席。誠ちゃんは後部座席!」
アメリアとか言う糸目はそう叫ぶと誠に背を向ける。島田はその後に続いて、出口と思われる壁の割れ目に姿を消した。
誠とカウラだけがこの『廃墟』に取り残された。
カウラはにこりと笑ってこう言った。
「ステレオ付きだ。音楽は西園寺の選曲だ」
誠はカウラの意味不明の言葉に首をひねる。『西園寺』とは昨日、誠の額に拳銃を突き付けた『女ガンマン』、かなめのことらしい。
「西園寺……あの……かなめさんの選曲……ロックですか?デスメタルですか?」
そんな誠の弱弱しい言葉にカウラは静かに首を横に振った。
「神前は奴を誤解しているな。当然、すべて『フォーク』」
カウラは自信満々にそう言った。口元に余裕の笑みまで浮かべて。
「『防人の歌』、『悪女』、『乾杯』、『大阪で生まれた女』、『わかれうた』、『山谷ブルース』、『狼になりたい』、『ひとり上手』、『ファイト!』等が入っているそうだ。アメリアは全部『エロ小唄』の替え歌版を歌うがな」
そんなカウラの『落ち』を聞きながら、誠は黙ってしゃがみこんだ。
自分が出来る最後の抵抗『嘔吐』をして、うめき声をあげながら。
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