第7話 つまり、『危険地域』での『クレーンオペレーター』募集だった。 必要資格:『玉掛け』、『クレーン操作』 

 意識を半分失った誠の前で、ランはド演歌を口ずさみながら高級外車を運転していた。


 誠が『萌え』から現実に引き戻された。その歌詞があまりに『ヤバい』ものだったからである。


『エンコ生まれーの浅草育ちー、やーくざ風情と云われちゃいてもー、『ドス』が怖くて渡世はできぬー、ショバが命のー、女伊達ー』


 と高らかに、『ヤクザ映画風』ド演歌を歌い上げる幼女には誠は『萌え』続けることが出来なかった。


 ランはさらに誠の理性に『精神攻撃任侠演歌』を続けた。


『親にーもらった、大事な肌をー。入墨すみで汚しーて、白刃しらはの下でー。つーもーり重ねーた、不孝のかーずをー。なーんと詫びよーか、おふくろにー』


 笑顔でランは凄い歌詞のド演歌を歌い上げる。


「クバルカ中佐……おかーさんいないはずですよね、『古代なんたら』が作り出した『魔法プログラム』のはずですから」


 誠がそう言うとランは歌をやめて黙り込んだ。


 いつの間にか建物は見えなくなっていた。大地には基礎ばかりが目に付く平原が続いている。


「寝ぼけてんのか?前見ろ」


 ランはそう言った。誠は嫌々フロントガラス越しに前を見た。


 正面に延々と続くコンクリートの壁が見える。


「あそこが『屯所』。うちらは『武装軍事警察』だかんな。アタシ等、『火付盗賊改方』。通称『特殊な部隊』の基地だ」


 コンクリートの壁が近づいたとき、ランはスムーズに右に曲がった。トラックや営業用車両はもうここまでくる必要がないようで、すれ違う車はもうなくなっていた。


「脳無し、言っとくぞ。左に曲がるとうちの大型専用の出口があるが、そっちは貨物通用口で外れだ。これから行く本部があるのはこの先だ。アタシの運転に間違いはねーかんな。もうすぐ着くぜ」


 そう言ったランの顔はバックミラーの中で笑っていた。誠は黙ってうなづいた。


 誠は前と後ろを振り返る。視線の果てるまでコンクリートの壁は続いていた。壁沿いに走っている車の窓から見てみると、なぜか明らかに落書きを消したような場所があるが、どうやって工場の敷地までいたずら書きをする輩が侵入したのか。それが少しばかり気になった。


「広いんですね、本当に」


 誠はそう言ってランの表情をうかがおうとバックミラーに目をやった。ランは相変わらず笑っていた。


「当たり前のことしか言えねーんだな。こっちより、奥の方が広-んだ。たまげたろ。昔の西東京の米軍の基地に比べたら『猫の額』程度のもんだ」


 誠も昔の飛行機が滑走路を必要としていることは知っていた。今のように重力制御装置が一般化される以前の飛行機は、一部例外を除けばそれらの機体は大きな空港を必要としていた。


「大型ジェット機を飛ばす訳じゃねーよ。うちの所有で運用艦ってのがあってな。そいつを最大3隻置ける土地を確保しようとしたんだと。どこの間抜けがそんなこと言いだしたかは知らねーけどさ」


 ランは頭を掻きながらそう言った。


「運用艦ですか?専用の船があるなんて……凄いですね」


 誠の言葉にランは再び頭を掻く。そして、しばらく考えた後、口を開いた。


「んなの、すごかねーよ。そうすると必然的に西東都の密集した住宅街の上空を飛行しなきゃならねーからな。この土地を確保した時点で、地元住民の反対でそのプランはパー。アタシ等の機体も、その他の使い慣れた機材も、『運用艦』のある港まで、えっちらおっちらトレーラーやコンテナで運ぶんだ……ちょっと待ってな」


 そう言うとランは車を左折させる。そこにあるゲートの前で車を一時停止させて、運転席の窓を開けた。


 誠は不自然な事実に気が付いた。


 ゲートとその後ろの土嚢の設置された位置がどう考えても誠の軍での常識からかけ離れていた。


 ランは何事もなかったかのように東和警察の夏服を着た警備の隊員と思われる男女と話をしていた。


 その粗末な『警備室』の後ろには、土嚢を積んで作られた『機関銃陣地』があった。


 そこには東和陸軍が使用している『グロスフスMG42機関銃』通称『ヒトラーの電動ノコギリ』が置いてあった。銃手が居ない二丁の三脚に載せられたそれは、当たり前のようにそれは屯所の『内部』に銃口を向けていた。


 ランは警備室の東都警察のライトブルーの夏服を着た男女の隊員の敬礼を受けて静かに誠の乗る車に戻った。


「あのー、なんで内側に機関銃陣地があるんですか?」


 誠の言葉にランは本当に不思議そうに首をひねる。


 かわいいが誠の理解を超えた態度だった。


「ほう!」


 ランは小さな手を打って納得したように感嘆した。


「神前。まだ、『常識』に囚われてるな。うちは『特殊な部隊』だ。まだまだだ。オメーは」


 そう言って『ちっちゃな中佐』は黒の高級外車の運転席に乗り込む。


「自分で言います?『特殊な部隊』って」


 誠の当然の問いにランはシートベルトを締めながら、話を続けた。


「この外は工場の敷地だから、そちらは工場のゲートでチェックが済んでるから安全だ。……そこは、オメーは寝てたからな。見てねーか」


「そうですか。不審者はそこで逮捕されるわけですね」


 とりあえずランの言う事に矛盾が無いので静かにうなづく。


「この中には武器がある。『アサルト・モジュール』なんていう危ないものまである」


 ランの運転する車はとりあえず開いたゲートを通り抜けた。ハンドルを回しながらランはそう言った。


「時々、それを持ち出そうとする『馬鹿』がいる。そいつを取り締まる必要があるから、機銃は内側を向いている。まあ『特殊な部隊』だからな」


 誠は唖然とした。『軍』の『武器』を勝手に持ち出す『馬鹿』は確かに『特殊』である。


 顔面蒼白の誠を一瞥した後、ランは続ける。


「仕方がねーな。隊長好みの『落ちこぼれ』や『社会不適合者』を集めたらそう言う奴もいたってことだ。『特殊な部隊』だかんな」


 バックミラーの中でランは『いい顔』で笑っていた。


「『馬鹿』……『落ちこぼれ」……『社会府適合者』……」


 誠はそれ以外の言葉を口にできなかった。


「オメーは立派な『高学歴の理系馬鹿!』で、軍以外に就職先が無かった『社会不適合者』!ちゃんと該当しているじゃねーか、条件に。そして、神前!オメーの仕事は……」


 ランの言葉に悪意があれば、誠はそのままランに『チョークスリーパー』をしていたことだろう。


 自動車はとりあえず大きなコンクリート造りの建物の前で停まった。


 大きな運転席の横から可愛らしいランが顔を出し、誠に向かって笑いかけた。


「オメーは『回収者』をやれ!それと『補給係』!専用の機体の手配はついてる!何かがあった時、その『被害者』を回収する……それがオメーの仕事だ。いー仕事だろ!危険物倉庫の作業を外でやるだけ!他は期待してねー!」


 自動的に開いた誠のドアの前にランは笑顔で誠に手を伸ばし握手を求めた。


「『回収者』……『補給係』……戦闘は?期待して無いんですよね。……確かに無理ですよね。僕、操縦はド下手ですから……何かって言うと吐きますし」


 誠の大きな手にランの小さな手が握られる。


「大丈夫だ!『人類最強』のアタシが『鉄火場』は仕切る!安心して『回収・補給』に専念してろ!」


 どこから出てくるのか理解不能な幼女の自信に誠は打ちのめされた。


「必要資格は『玉掛け』……ロープでモノを縛る技術。オメーはその『資格持ち』!そして、『クレーン操作』!『アサルト・モジュール』の操縦は下手だが『クレーン操作』は得意!どっちもクリアーだ!『危険物の扱い』も理系の実験室で経験済み!期待してんぞ!『理系馬鹿』!テメーは結局、エリートにはなれなかった。その時点でいずれアタシが目を付けた。そんだけだ。エリートは勝手に好きに偉くなんな……そんな奴に興味ねーよ」


 ランは褒めているのかけなしているのかよくわからないことを言った。満面の笑みである。


「……はあ」


 ランは笑顔でさらに一言言った。


「エチケット袋は用意してある!安心しろ!」


 誠は本当に『特殊な部隊』に配属になってしまったらしい。

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