第5話 死体の山の中で幼女が誓ったことは『不殺不傷』そして『詮索屋』と『シラポン』について

「撃墜数0?『遼南内戦』って結構外部勢力が支援してアサルト・モジュールが頻繁に使用されたじゃないですか……」


 長身の誠は小さなランがそう言って自分の下で胸を張る様子に困惑した。


「そーだ。アタシが『道』を知り『天命』を知って、『不殺』の誓いを立てた!当然!撃墜数ゼロ!狙って堕としたのは一つもねーんだ!全部事故!たまたま、勝手にぶつかっただけ!だから事故!だから、撃墜数は永遠に増えねーんだ!それがアタシの自慢だ!」


 誠の理解を超えた言葉がランの可愛らしい声で発せられた。ランは素敵な笑顔を浮かべて誠を見上げる。


 ランは握り拳を誠に突き上げた。そして笑顔を浮かべた。


「『不殺不傷ふさつふしょう』の誓いを立てた。アタシの殺した死体の山の中で編み出したアタシの戦いの基本だ。アタシはその時から誓った!誰も傷つけねー、誰も殺さねー!『人類最強』のアタシにしかできねー戦い方だ!」


 握りこぶしの影からランは笑顔を誠に向けた。


『このひと強い……強いなんてもんじゃない……人を超えてる……『人の器が大きい』」


 その小さな顔が誠には大きすぎて、自然と涙が流れてきた。


「感動して涙がでたか。当たり前だ。だからアタシは『偉大なる中佐殿』と呼ばれるんだ。バーカ」


 そう言うとさっぱりした笑顔に切り替えたランがそう言った。


「でも、『偉大なる中佐殿』その『特殊な部隊』にそんな『人類最強』がいるんですか……」


 とりあえず、目の前の少女が只者でないことだけは分かったので、誠は丁寧にそう言った。


 そして、誠に背を向けてランは歩き出す。


「ついてこい、車に乗せてやんよ。役立たずのオメーにゃ不向きな後部座席に乗せてやんよ」


 『偉大なる中佐殿』ランを見失わないように誠は走り出した。


 ランは超高級のドイツ製の車の運転席のドアに手を掛ける。


「僕は……」


 ランの言葉を真に受けて、誠は後部のトランクの前で立っている。


「乗れよ。この車、結構、いい値するんだ。これも勉強だ。乗りな」


 まるでやくざの親分が乗るような高級外車である。左側の後部座席のドアが自然と開いた。


 誠が乗り込んだところで自然にドアが閉まる。


「ドイツ製高級外車だ珍しくもなんともねーよ。あと一つ言っておく。人の過去は詮索するもんじゃねー。テメーの過去を詮索する権利なんざ誰にもねーよ。それがわかりゃー……オメーもいつか『人』になる」


 ランはそう言いながら、左のコンソールに移る後部の風景を確認する。


 誠はその見事な運転に感心していた。そしてちょっとどういう反応をするのか聞いてみたいことがあった。


「僕は人間ですけど……『人』って……」


 ちょっと聞いてみた。ランは見事な運転を見せながら、地下駐車場の出口に車を進める。


「人間?さっき振り返った連中に『人』なんざ一人もいねーよ」


 ランは車を走らせながらそう言い切った。


「人に見えましたけど……周りの軍の関係の人達」


 そう言って呆然とする誠。ランは続けた。


「あんなの、頭に『シラポン』でも詰まってる酒のつまみの入れ物だ。『シラポン』ってのは、タラの白子にポン酢かけた奴!」


 ランは後部座席の誠を一瞥してそう言い放った。


「アタシは好きだぜ、『シラポン』。あれを肴に熱燗なんて、最高じゃねーか、それと、夏なら良い豆腐で奴か。あれで冷やしたの。これは日本酒だけじゃねーな。焼酎。それもイモだな。芋焼酎。あれがいい。という訳で後ろの軍用車両の運転手の頭の中は豆腐に決まった……」


 誠はそんなランの言葉に恐る恐る口を開いた。


「それって……酷いことなんじゃ……」


 バックミラーの中でランは運転を続けていた。


「酷いこと?奴が薬だろうと武器だろうと好きに売れとしか思ってねーよ、アタシは。どうぞ、ご勝手に。その為に法律があるし規律がある。アタシはそんなの興味がねーんだ。ただし、白を黒だと言い放つ『外道』だけは別。いつでもアタシはそんな『外道』と戦争が始まる準備ができている。結果そいつはいつか死ぬ。なぜなら、アタシをそいつを殺すから」


 ランの車はゲートに向かう。見事な運転で車は大通りに出た。誠はこんなお子様が食通気取っている事実に呆然とした。


「つまんねー話、しちまったな。今は酒のアテの話をしてんだ。オメーみてーに、人の考え方に踏み込む『詮索屋』はどこでも嫌われると相場が決まってる。言いたくねー人間にはそいつが心を開くまでだまってろ。ちゃんと『空気』読んでそいつの話をきいてやれ。そんだけだ」


 ランの黒い高級外車はそのまま信号の右折車線で止まる。


「詮索屋……」


 誠は黙って高級外車の後部座席でじっとしていた。

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