第2話 『逃げようがない』パイロット失格の烙印 適職が『倉庫内作業な高学歴』
誠にもその理由が分からないわけではなかった。誠は操縦が下手である。下手という次元ではない。ド下手。使えない。役立たず。無能。そんな自覚は誠にもある。
運動神経、体力。どちらも標準以上。と言うよりも、他のパイロット候補生よりもその二点においては引けを取らないどころか絶対に勝てる自信が誠にもあった。ただ、こと今の主力の戦闘兵器である、『アサルト・モジュール』の操縦となるとその下手さ加減は前代未聞のものだった。航空機関係もオートで操縦した方がはるかにましと言うひどさ。誠もどう考えても自分がパイロットに向いているとは思えなかった。
ただ、なぜかトラックの運転は得意だった。クレーンも得意。パワーショベルなどの特殊重機の操縦も得意だった。クレーンのワイヤーを結ぶ技術である『玉掛け』の資格もある。指導の教官から『港湾関係の仕事ならすぐできる』と太鼓判を押されたが、『高学歴』な誠のプライドが許さなかった。
それが荷物なら何でもないが、人が乗っているとまるで駄目だった。後ろに同期のパイロット候補が乗っていると、完全にアウトだった、トラックもバスも自家用車も、確実にハンドルを誤ったりして。めちゃくちゃである。自動車の免許は軍の入隊時に取ったが、完全なペーパードライバーである。
さらに最悪なのは、誠の『乗り物酔い』だった。
ともかく『吐く』のである。バスで『吐く』、船で『吐く』。飛行機に至っては目にしただけで『吐く』と言う呪われた定めだった。
すべてを『吐瀉』で解決する男。『もんじゃ製造機』。『酸っぱい奴』。そう罵られ続け、特に清潔感にこだわる女子には常に白い目で見つめられ続けた。
彼女がいなかったわけではないが、緊張すると『吐く』と言う彼の奇妙な行動に呆れてすべて去っていった。
そんな誠『大型もんじゃ製造機』である誠は、パイロットになりたかったわけでもない。
パイロットの教習が始まった三日後には自分の不適格を自覚して、教官に技術士官教育課程への転科届を提出した。しかし、なんの音沙汰もない、途中で紛失されたのかと、次から次と、自分で思いつくかぎりのそういうものを受け付けてくれそうな部署に連絡を入れた。回答は決まって「しばらく待ってください」というものだったが、何一つ回答は無く、パイロット養成課程での訓練の日々が続いた。
そして、そういう書類を提出した日には必ずある男から電話が入った。
嵯峨惟基特務大佐。軍人だと言う。
古くからの母の知り合いのその男は、誠の理解を超えた男だった。40代と言い張るにしては年齢に違和感を感じる。
誠がその存在に気づいた5歳くらいのころから20代前半のように見え、今でもほとんど変化が無い。20年近く経っているのに、その見た目はほとんど変わっていない。昔からその言動はおっさんだった。
実際、実家の剣道場には時々この男が現れ、母と親しげに談笑し、庭に出てタバコを一服し、そして母に挨拶して帰っていく。そういう光景は何度も見た。長身でがっちりとしたどこか抜けた雰囲気のある男。それが嵯峨だった。
この男こそ、誠を東和宇宙軍のパイロット候補の道に進ませた張本人だった。大学四年の夏、持ち前のめぐりあわせの悪さで内定の一つももらえずに四苦八苦していた誠にちょこちょこ寄ってきて耳元で「いい話があるんだけどさあ……聞いてみない?」などと、何を考えているのか分からないにやけた面で話しかけてきたのが嵯峨だった。その声に耳を貸さなければ、今こうしてすることもなく、地下駐車場で立ち尽くすという状況にはならなかったはずだ。
その日はそのまま嵯峨の手にしていた応募要項を受け取り、それに必要事項を記入してポストに投函した。なぜか、次の日に一次面接があり、建物が公共施設だった以外はこれまで受けた民間企業と変わらない一次面接を済ませた。家に帰ると、誠の持っていた携帯端末に一次面接の合格と二次面接が次の日に東和宇宙軍総本部で行われるというメールが来た。
今思えば、明らかにおかしな話だった。場所が東和宇宙軍総本部に変わっただけで、質問内容も説明のセリフも一次面接と何一つ変わらない二次面接を済ませると、前日と同じくそのタイミングでメールが入った。内容は内定決定。あまりの出来事にあれほど待ち望んでいた内定通知をただぼんやりと眺めていた。その時それを辞退する勇気があれば……今でも誠はそのことを後悔している
その後も奇妙なことは何度もあった。内定者に対する最初の説明会で、今の時点での希望進路を記入するアンケート。誠の名前が印字されたマークシート用紙。本来空欄であるそこにはすでに、パイロット志望の欄に印がついていた。消しゴムで消そうとしたが、完全に名前と同時に印刷されているようで全く消えない。諦めて誠はそのまま提出し、そうして誠はパイロット養成課程に進んだ。
「誰かが何か企んでるな……ってまあ企んでるだろう。人の覚えは一人しかないけど」
そう独り言を言いながら誠はただ行きかう人々を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます