【完結】11.そわそわな茜空

「瑠久、行ったぞ!!」

「おう!」

校庭にて。瑠久は柾からパスされてきたボールを足で受け取ると、相手のゴールに決め込みました。

試合終了の笛が鳴り、他の仲間に、そして応援席から駆け寄ってきた夜葉に囲まれながら、瑠久と柾は拳を合わせました。


午前中の試合を終え、三人は、夏祭りの幟がそこかしこに飾られている街路を歩いていました。

「お祭り、いよいよ今夜かあ!楽しみだ」

「この二か月、慌ただしかったねぇ」

「新聞記者が押し寄せてきて、目が回るくらいだったよ」

「政府のえらい人達もたくさん来たよな。話してたのは大人たちだったけど」


帰路の途中、狐哭島から街の港へいくつかの船が渡航してくるのが見えました。

「あっ、あの船」

「島の子ども達かな!」

「街の夏祭りで、親睦会をするんだったな」

「嫌な事件だったけど、このことがきっかけで島と町の人たち同士、仲良くなれた気もするね」

「この前、島でやった事件の追悼式、俺らと一緒に街からたくさんの人が来てくれたもんな」

「春花さん、すごいよね。あの時は式を取り仕切っていたし、今も島の復興の中心になっているんだもんね」

「そのかたわら、勉強のために瑠久ん家にたびたび通って来てるしな。泊まっていく事もあるんだろ?」

「そ、そうだね」

瑠久が少し口ごもったことに、二人は気づかなかったか、はたまた。

「じゃ、いったん家に戻って合流な」

「また後で!」


「ただいま!」

瑠久が帰宅すると、お母さんがちょうど、瑠里と春花、そして彼女らと同年代の子達への私塾の教室を終えたところでした。

「次回、この課題を持ってきます」

「うんうん。参考にこの文献も貸すから、読んでみてね」

「先生、ありがとうございました」

「二人とも…お、お疲れ様」

瑠久は瑠里と春花に声を掛けました。

「お、おかえり」

「練習試合、どうだった?」

「も、もちろん勝ったぜ!」

「すごいじゃない!」

「へへ!」

瑠久は、照れ笑いしました。

「父さんは?」

「お客様と話しているから、静かにね」

「そうなんだ。誰が来てるの?」

「あ、ええ…ちょっとね…」

「?」

「そ、そうそう!みんな今日のお祭りはどうするんだったかな?」

お母さんは、話題を変えました。

「あたしはそろそろお友達が迎えに来るころかな。準備しなくちゃ」

瑠里が言いました。

春花も答えます。

「私は瑠久君たちと行ってきますね」

「春花さん、ごめんなさいねえ。夜葉ちゃんと柾君はともかく、うちの瑠久まで面倒見てもらって」

「いいえ。いつも勉強させていただいていますから、このくらいは」

春花は瑠久を見ながらニッコリと笑いました。

「じゃあ、あたし着替えてくるね」

瑠里はその場を離れようとします。

「さ、私たちも準備したら行こうか」

春花も瑠久に言いました。

「あ…そ、その」

「どうしたの?」

「ちょっとだけ待っててもらえる?髪、整えたいんだ」

瑠久の意外な申し出に、春花は驚き。

お母さんと瑠里は驚いた後、しかし目を見合わせてニヤリと笑いました。


瑠久は鏡台の前で慣れない手つきで整髪料を手に取り、髪を整えだしました。

今まで髪なんか気にしたこともなかったのに、なぜか今日はそうする気になったのです。

どういうわけでしょうか、気持ちがそわそわして落ち着きません。

「うーん、こんな感じでいいのかな…ん?」

ふと見ると、鏡に映っているのは。

自分の背後の扉をわずかに開け、覗き込んでいるお母さんと瑠里。

「な…なにさ?」

二人とも、やたらニヤニヤしています。

「もう、なんだよ?」

瑠久が振り返ると、二人はケタケタと笑いつつ。

「あ!あたし、お友達来たみたい」

「あらあら、行ってらっしゃい」

妙にはしゃぎながら、行ってしまいました。

「まったく…」

頬を膨らませながら再び鏡に向き直り、髪を整えだしたとき。

隣の客間から、宗助の声が聞こえてきました。


「…やはり、あちら側は関与を全面否定だそうですね」

瑠久は、ふと客間の扉を見つめました。

お客の返答も、かすかに聞こえてきます。

「はい。ですが調査の結果は……や……など、全てが……です」

ただ、壁を隔てた向こうからの声を潜めた会話は、途切れ途切れにしか聞きとれません。

「では、あの首領が蛇の化け物になったのも」

「はい。…とされている、…でしょう」

「聞いた事はありますが、……なのでしょうか」

「そうです。彼ら盗賊も所詮、……です。もう、断言して良い」

瑠久の整髪の手が、止まりました。

「今回の事件は間違いなく、あの国が背後にいます」


「瑠久。春花さんを待たせ過ぎちゃだめよお」

お母さんが呼びかけてきました。

「あっ、うん…」

瑠久は、鏡に向き直りましたが。


「何故、一介の医師に過ぎない私達夫婦にそこまでお話し頂けるのですか?」

宗助の問いに、お客の声が大きくなりました。

「本題はここからです。我が国の状況は極めて逼迫しています。あの事件から生還した貴方がたに、ご協力を願いたいことがあるのです。このままでは…」

お客はいったん言葉を切り、そして言いました。


「このままでは、ヤマトは全てを奪われ滅ぼされます。あの強大な『帝国』によって」


「瑠久?夜葉ちゃんと柾くん、ウチに来てくれちゃったわよぉ」

お母さんが部屋に入ってきました。

「ご、ごめん!今いく!」

瑠久は、何となく後ろ髪をひかれる思いながらも鏡台から立ち上がりました。

大急ぎで手を洗い手荷物を掴むと、お母さんに声をかけます。

「行ってきます!」

「うふふ。頑張ってきなさい」

「もう、何がさ!?」

瑠久はそのまま背を向けて、外にいる三人のもとへ行きました。

瑠久が出ていき、その場に一人になったお母さんは笑みを消して、宗助のいる部屋の方を見つめ、うつむきました。


「きゃっはは!何その髪!?」

「寝癖かあ、それ?」

「う、うっせー!」

「あはは、私は良いと思うよ」

ドンッという大きな音とともに、空に花火が咲きました。

「わぁ!花火が上がってる」

「きれい!」

打ち上げ花火が照らす初夏の夕暮れ。四人の朗らかな笑声を、濃い陰影の雲間から見える茜空が包んでいました。



『ちいさな神さま』 おしまい

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ちいさな神さま @sasamochiyoshiji

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