10.勇気の黄昏

「…聞いてくれ」

瑠久は静かに言いました。

「みんなを助け出す方法を、考えた」

「えっ…!」

「どうやって…!?」

瑠久は、作戦を話しました。

「そ、そんなにうまくいくのかな…?」

夜葉が疑問を挟みます。確かに、単純と言えばあまりに単純…。それに何より、一発勝負です。

「けど、このままじゃ皆、助からない」

「!……」

柾が言いました。

「やってみるか。どうせこのままじゃ、みんな終わっちまうんだ」

「う、うん。無茶だけど…いけるかも」

四人は最後に小さく互いの手を取り合うと、それぞれ動き出しました。


瑠久は下まで足場を伝って下りていきます。

ガラッ…!

足元の石が崩れ、岸壁を伝って落ちていきます。

夜葉が、祈るように手を組んでギュッと目を閉じました。

地面に降りると、手を挙げて合図します。

柾は頷くと、深呼吸をして右拳をぶんっと突き出しました。

ガタンッ!!と、派手な音を立てて木箱が壊れます。

「!?」

付近の盗賊たちは、連れだって崩れた木箱の確認に行きました。

その隙に瑠久は宗助に近づきます。

宗助は、負傷した島民の一人を治療していました。もちろん「作業させるために治せ」という首領の命令です。

物陰に隠れて近寄ってくる瑠久の姿を見つけた時、宗助は驚愕しビクンと身体を震わせ、素早く辺りを見回すと、治療していた村人にも静かにするよう指示しました。

「どうしたのか?」

目ざとくその様子を見つけた盗賊の通訳が、声をかけてきます。

「…き、傷は治療できるが…持病に嘔吐の病を持っているようだ。少し離れたところで、吐かせていいか?この病は、素人だと嘔吐物に近寄っただけで感染の可能性がある」

「…さっさとしろ」

もちろん嘘八百の目茶目茶な理屈でしたが、何とかごまかせたようです。

宗助と島民の二人と瑠久は、坑道内の隅の一角に移動し顔を見合せました。

それだけで、意思の疎通には充分でした。

「瑠久、よく無事で…!ケガは無いか…?」

「うん、大丈夫。…父さん聞いて。あいつらを倒して、みんなを助けたい」

瑠久の強い決意を秘めた眼に宗助は驚きつつも、全てを察して頷きました。


盗賊たちは首領を中心に大原石群に陣取り、島民たちに採掘・運搬作業をさせていました。

「これが、発見されている中で最大の原石なんだな」

首領は、島民から奪い取ったひときわ大きな神晶銀の原石を手にしています。

「すごい。手にしただけで力の増幅を感じるぞ。他にも相当埋まってるはずだ。できるだけ持って来させろ!」

その命令に、盗賊たちはなお一層、棒や武器で島民たちを追いたてました。

そんな中で。

「き、聞いてくれ」

先ほど宗助の治療を受けていた島民が、首領と通訳に声を掛けました。

「以前にここで作業していた時から、ある地帯が気になっていた。その手にある物より大きく、純度も高い神晶銀の原石が埋まっていると睨んでる」

「ほう。どこにある?」

「やっかいなことに、天井近くにあるんだよ」

そういって洞窟の広大な空間内を覆う天蓋の一カ所、ちょうど大原石群の帯が始まっている辺りを指し示しました。

「あそこなんだが、見えるか?」

「…どこだ?」

「ここからだと、見えずらい位置にあるからな…」

盗賊たちも、一カ所に集まりだします。


夜葉と春花が高所の足場を伝い、それぞれの位置についていました。

「できる…あたしはできる…絶対に!」

夜葉は小声で、自分に言い聞かせます。

春花は無言で唇を噛み、しかし原石群を見据えました。


「ほら!いま光が瞬いている、あそこだ!」

盗賊たちが全員、指さす方を見上げた先。天蓋付近の足場に、春花が現れました。

「!?」

さすがの盗賊達も、一瞬あっけにとられます。

春花はキッと皆を見据えて呼びかけました。

「みんな!」

眼下の、神晶銀の大原石群を指さし。

「やるよ!!」

その言葉と、盗賊達が異国語で声を張り上げ、一人が弓を構えて春花に狙いをつけた…


瞬間!!

凄まじい轟音とすべてが白くなるほどの光が、洞窟を満たしました。

「ぐわぁぁぁぁ!!」

盗賊達は、ある者は耳を塞いでのたうち回り、ある者は意識を失い倒れ込みました。

「ま…柾!今だ!」

あらかじめ耳を塞いでいたものの、感覚がマヒし倒れそうになる自分の身体に鞭打ち、瑠久は呼びかけました。

「おう!」

柾が器用にも、高所の足場の一部である棒を使って滑り降りてきました。

「うおおおあああ!!」

叫びながら気合一閃、空を殴るように腕を振りかぶります。神晶銀によって増幅された念力の塊が盗賊達にぶつかり、かろうじて立っていた者たちも倒されて地面に伏せていきます。

「動ける人、戦って!!」

春花の指示に、先ほど彼女の言葉を察して咄嗟に目や耳を塞いで難を逃れられた一部の島民たちも、してやられていた恨みを込めてかたわらの盗賊達に集団で飛びかかりました。

「お前ら!武器のある場所まで来い!先生も!」

先にきっかけを作った島民が、武器が捨てられていた場所に駆け寄り、仲間たちや宗助に武器を投げ渡します。

「みんな、受け取った武器で戦って!子どもたちは夜葉さんに従って逃げなさい!!」

春花が声を張り上げ、指示を出します。

「貴方たち、私に付いてきて!柾、しんがりをお願いね!…瑠久、お姉さんを!」

夜葉と柾は子どもたちに声をかけて奮い立たせるとそれぞれが先導と後方の位置に付き、子どもたちと共に通路の一つから脱出していきました。

瑠久は、一人残された瑠里に駆け寄ります。

「姉さん!」

「瑠久…?」

弱々しくまぶたを開けた瑠里の視線が、瑠久の背後を捉えました。

「うしろ…!」

瑠里のか細い声に振りむくと、首領が目を押さえてよろめきながらも山刀を手に、凄まじい形相で近づいてきました。

「このガキがぁ…!」

反射的に瑠久は瑠里を抱き起こして逃げようとしますが、瑠里は身体に力を入れられず動くことができません。

瑠久と瑠里をぬっと影が覆い、首領が山刀を振りかぶります。

瑠久は咄嗟に瑠里を抱きしめてかばい、ぎゅっと目を閉じた時。


――キィン!!


金属音と共に目を開けると、宗助が首領と、武器を切り結んでいました。

異国人である首領との体格差は圧倒的でしたが、重ねられた刃を挟んで宗助と首領は互いに強いまなざしを交差させます。

「瑠久」

宗助が、背中を向けたまま瑠久に語りかけました。

「瑠里を治すんだ。集中しろ」

「!」

「こいつは、私が食い止める!」

首領が翻す山刀から繰り出される強烈な斬撃に、宗助の太刀が呼応するようにぶつかります。

「瑠久、お前にしかできない!!」

語り掛けてくる父の背中。


――大丈夫、絶対に父さんが守ってくれる。だから、オレは。

瑠久は、仰向けになった瑠里の首に両手を重ねてあて、ゆっくりと深呼吸しました。

(あっはっは!それだけ?つまんね!なんか地味ぃ!)

ふと湧いてくる、いつか浴びせられた声。

重ねた両手の下が、にわかに熱くなりだしました。


――柾のように、カッコよく敵を倒せる力じゃない。夜葉のように、果敢に皆を導けるような能力でもない。けれど。


重ねた両手の下、瑠里の切り裂かれた首の傷のあたりが、強い光を放ち出します。

何故か、不意に覚える気すらも無かった『白澄家の家訓』が、口を突いて出てきました。

「正道を選ぶ智…」

(この町はさ。医者が全然いなくて、しかも新しい事業が始まった島ではケガする人がたくさん増えて。みんな本当に困ってた町なんだよ)

「歩み続ける勇…」

(わたしは親父の後を継いで、この島を盛り立てていきたい。世間から疎まれているこの場所を、みんなが住みたがるようなところにしたい)

(父さんと母さんはやがてお前たちが独り立ちしたら、世界で起こされている戦争で負傷した人たちを治療する活動をしたいと考えている)

「仲間と和する仁…」

(こんな田舎町はいつか出てってやるって、それだけ思ってた。今もそれは変わらないけど、いろんな場所の色んな人達の生き方を、世の中のみんなに伝えたいって思う。今回のこの事でわかった気がするよ。…ありがと)

(守人になって、この国を守る役に付こうと思った。色んな生き方があるって分からせてくれたのは、お前たちのおかげだよ)

「右の三徳をもって」

手を押さえていられないほどの強力な感覚。

「万民の奉仕者であれ!」

瑠久が言い切ると同時に、強くしかし暖かな光が瑠久と瑠里の周辺を満たしました。

閃く光がおさまった後、瑠久の手の下の瑠里の傷は、跡形も無く消えていました。

「瑠久、よくやった…!」

宗助が首領と対峙しながらも、声をかけてくれました。

が、すかさず首領の攻撃が襲い掛かります。

「姉さん、姉さん!」

瑠久は宗助を気にかけつつも傷を治した瑠里に呼びかけますが、脈はあっても気を失ったまま反応がありません。

瑠久が習得している外科治療の術は、外傷そのものは治せても失血を回復できる訳ではないのです。


「貴様ら、親子ともどもあの世に送ってやる!」

首領は憎悪の表情で山刀を握りなおすと、宗助に飛び掛かりました。

ガキィン!

凄まじい金属音と共に、宗助は振りかぶられた山刀を自らの刀で受け流し、後ろに跳ぶやいなや突撃し、刀を横に振りかぶります。

首領もそれを受け止めると、続けざまに連撃を繰り出します。

激しい金属音が立て続けに響きふたつの刃が重なるたび、火花が飛び散りました。

ふたりは一瞬だけ距離を取り、互いに体勢を立て直すと再び刃をぶつけます。

つばぜり合い!しかし元より体格では有利な首領が、じりじりと押していきました。

「くっ…!」

押されて歯を食いしばる宗助。

首領は一瞬、口元をゆがめてニヤリと笑うとおもむろに蹴りを繰り出しました。

「ぐぁっ!」

強烈な一撃で宗助は後ろに突き飛ばされ、背後の岩壁付近にあおむけに倒れ込みました。

間髪入れず山刀の先を真っ直ぐ向けて突撃する首領。

宗助も咄嗟に立ち上がり防御します。かろうじて首領の山刀の切っ先を受け流しましたが、首領は刃をそのまま宗助に押し込もうとしている!

「ぐ!うう……!」

じりじりと押されていく宗助の刀。ついに首領の山刀が、宗助の首元まで押し込まれ――


ドガッ!!


首領の右目付近に何かが当たりました。

瞬間、宗助は首領を蹴り飛ばし、体勢を立て直します。

目を抑えながら首領が視線を向けた先。

投石の体勢のままの瑠久。

見つめる首領の目が、底なしの色にすぅっと変わります。

その殺気に、瑠久は固まりました。

「こっちだ!」

宗助が攻撃を再開し、二人は再び刃を叩き合わせます。

刹那。

宗助は首領から見て、右側に身をひるがえします。

瑠久の投石によって右側にできた視覚。

そこから―

振り向きざまに首領の右半身を切り付けました!

背中から右腕にかけて強烈な斬撃を受けた首領は、そのままドウッと地面に倒れ込み、動かなくなりました。


「父さん!良かった…良かった!!」

「瑠久…お前のおかげだ…!」

宗助は荒い息を突いて膝を抱えてやっと立っている様な状態ながらも、刀を収めて微笑み、駆け寄ってくる瑠久を抱き寄せました。

おりしも、形勢を逆転させ盗賊達を組み伏せて拘束した春花たち島民たちも、駆け寄ってきます。

「白澄先生!瑠久!無事で良かった」

「みんなも!」

「首領はまだ生きている。皆で捕縛を、頼みます…」

盗賊達は縛りあげられて固められ、もはや残っているのは首領一人。

島民たちは武器を向けつつ、うつぶせに倒れている首領を取り囲みました。

「ぐ…ぐ…!」

首領は怒りを顔に滲ませながら、身体を起こそうとしますが、身体に力が入らないのか血を出して地に伏せました。先ほどの宗助の攻撃で腕も傷つき、もはや武器も持てないようです。

「もう終わりだよ」

春花は両側を島民に護衛されながら、首領の真正面に進み出て言います。

「…絶対に許せないけど、あんたらと同類にはなりたくない。ヤマト政府に突き出してや…」

春花の言葉が終わらないうちに、洞窟がかすかに揺れ出しました。

「な、なに…地震!?」

一同はあたりを見回しました。

「いや違う…。たぶん洞窟内で神術の力を大量に使ったことで、神晶銀たちが共鳴してしまったんだ」

揺れはまだ小規模ですが、収まる様子がありません。

「まずいぞ、じきに落盤の可能性もある。急いで脱出しなくては!」

ぽつんと、一人が言います。

「しかし、盗賊どもはどうしたら…」

「何だ、『どうしたら』って?」

「だから、どうやって連行していくべきかって…」

「はあ?ここにうっちゃるに決まってるだろ、こいつらは!」

「そうだよ、何で助けるなんて発想が出てくるんだ?」

その場が、妙な雰囲気になってしまいました。

「しかし、さすがに法の裁きにかけなきゃ…」

「な、何を言ってんだ!こんな奴ら知ったことか!」

「そうだそうだ、我々だって危ないのに!」

次々と、発言が飛び出します。

「待ってくれ!気持ちはわかるが、いくら犯罪集団とはいえ異国人を見捨てるようなことをしたら、人道上というか外交上の問題も出てくるんじゃないか?」

「お前のような奴がいるから、ヤマトはいつも外国から舐められるんだ!」

「おいおい、お前ら落ち着け!」

にわかに始まってしまった口論に瑠久も春花も、宗助も困惑してしまいました。


その状況で、首領から皆の注意が逸れてしまっていました。


盗賊を放置して脱出する事を主張していた島民が、手にしている槍を首領に向けて怒鳴りましたが。

「岩の下敷きにでもなりやがれ!こんな無法も、の…」

首領の様子がおかしい。手に何を持っている?

「おい何してる!妙な動きをするな!」

その島民が槍の穂先を構えなおしたと同時に、凄まじい光が首領から放たれ出しました。

「しまった!こいつ神晶銀の原石の力を…」

誰かが言い終わる前に、首領から、今度は強い衝撃波が放たれ周囲の人々を吹き飛ばしました。

「うわああああ!!」

瑠久も他の大人たちと混じって吹き飛ばされ、地面に転がりました。

「痛てっ…く、くそっ!!」

何とか体を起こした瑠久は、目の前の光景に打ち付けた体の痛みを忘れました。


首領がいたはずの場所に、黒い岩のような物体が蠢いていました。その下の地面は波うっており、そこから放射線状に、やはり波打つ帯のようなものが地面を走り、洞窟空間内の各所に伸びています。そして「それ」は、どんどん大きさを増しています。

「それ」が首領の身体を覆うヘビの集合体と分かった時、瑠久(るく)は全身の毛がよだつ感覚に固まりました。

洞窟中…いやもしかすると山中のヘビが、まるでアリの行列のように群れを成して集まってきているのです。

「な、なんだ…!?」

周囲の人達も、あまりの状況に茫然としています。

「畜生、力が強すぎる」

急激に肥大していく物体の中から、首領の声がかろうじて聞こえてきました。

蠢く黒色の中に一点、白い光。

それが首領が手にしている神晶銀の原石だと気づいたとき、再度声が聞こえます。

「ダメだ、制御が効かな…」

それが首領の、人としての最後の言葉でした。

声は人のそれならぬものに変わり、肥大したヘビの集合体から次々と、巨大なヘビの頭が「生えて」きました。

皆が呆然と見つめる中で黒い蠢きが止まった時。

首領は、いくつもの頭と、20mはあろうかという巨大な体躯を持つ大蛇に姿を変えていました。

立ちすくむ瑠久は、なぜか無意識にヘビの頭を数えていました。

一、二、三……八。

八つの頭の巨大な蛇。

頭ひとつが大人より大きく、その眼は爛々と紅く光っている…。


シャァァァァァァァァ!!


耳をふさぎたくなる邪悪な咆哮に、瑠久を含むすべての人々は文字通り蛇に睨まれた蛙のごとく、声すらあげられず身をすくませました。

つかの間の沈黙を、まず盗賊たちが悲鳴によって破りました。手足を拘束されていた彼らは、不自由な身体ながら必死に逃げようとしました。

が、大蛇はまずその彼らに注意を向け、啼き声と共にいくつもの頭がそれぞれ、その巨体からは信じられない速さで襲い掛かりました。

ひとりは、背を向けて逃げようとしたところを頭から丸呑みにされました。

他のひとりは腰を抜かしてむなしく悲痛な声を上げたところを長い首に巻きつかれると、体中の関節をありえない方向に曲げた姿で地面に投げ出されました。

大蛇は次々と、かつての部下たちを屠っていきました。

「逃げろ…」

誰かが、言いました。

「逃げろおお!!」

再び誰かが叫び、せきを切ったように他の島民たちも悲鳴を上げ、クモの子を散らすように走り出しました。

しかしそれによって大蛇は、今度は島民たちに注意を向けなおしました。

八つの首がうねり、逃げ惑う人々は呑み込まれ、締め潰され、地面や岩壁に叩きつけられていきました。


「瑠久、逃げるぞ!しっかりついて来い!」

宗助の腕には、いまだ意識が戻らない瑠里が抱えられています。

「あっ…」

呆然としていた瑠久もハッと気を取り直し、走り出そうとしましたが。

「待って!春花が!」

宗助は、一瞬だけ腕の中の瑠里を見ました。

瑠久も父の気持ちを察しましたが。

「…急いで探すぞ!」

「うん!」

もはや統制が取れなくなった状況の中、瑠久と宗助は落ちてくる小石をかいくぐりました。

いた!

瑠久は地面に座り込んでいる春花に駆け寄りました。

「春花!ケガはないか?行こう!」

しかし春花はうつろな目で、震え声で言いました。

「も、もうダメ…無理…」

「春花!」

瑠久は春花の両肩をつかみました。

「しっかりするんだ。きみはこの島を復興させる、新しい長だろう!」

「!…」

春花の瞳に、光が戻ってきたように見えました。

「ご、ごめん…!」

「さあ早く!!」

しかしその時、洞窟内の揺れが激しさを増しました。

「ヤバいわ、もうそんなには持たない!」

「くそっ!急がなきゃ!」

瑠久たちは、坑道の狭い通路に向かって走ります。

しかし。

揺れて土埃や落ちる岩石が舞う闇の中、十六個もの毒々しい紅の光が、その後ろ姿を捉えました。


************************************************



瑠久たちは、坑道を必死に走り抜けます。

しかしすぐに、背後から禍々しい咆哮が空気を震わせて追ってきました。

「追って来てる!」

もとより移動速度は勝負にもならない。もう、すぐに追いつかれる!

しかし、急に背後の啼き声の様子が変わりました。

息遣いはまだ遠い。

一瞬だけ振り返ってみてみると。

大蛇の様子がおかしい。

移動を止め、それぞれの首があらぬ方向にのた打ち回っているのです。ある首は地面にこすり付け、ある首は坑道の壁にしきりに頭を打ち付けて。

――苦しんでいる!?

「あれは!」

瑠久は、ハッと気が付きました。

大蛇の身体の中。胴体から首が枝分かれするその根元が、内部から光っている。

あの光は、そう。

「神晶銀の原石が…」

春花がつぶやきます。

けれど光り方がこれまでと違う。明滅を繰り返し、大蛇の体内で震えているようなのです。

さらによく見ると、光っている部分を中心に大蛇の身体の所々が破れ、血が流れ出ている…。


首が、身体が…裂けかかっている!


「急激に力を取り込みすぎて、暴走しかかっているのか?」

宗助も言葉を続けます。

が、大蛇はこちらを見据えなおすと口から何かの液体を吐き出しながら再び追ってきました。

「くっ…走れ!」

一同は、再び走り出します。


瑠久たちは、開けた空間に出ました。

地面が横に急斜面になっており、斜面に沿って板が橋として並べられている、いわゆる桟道が作られています。

「この桟道を越えれば、外はすぐよ!」

春花が息を荒げながらも言いました。

しかし、揺れが一層激しくなっています。

「もう本当に、持たない…!」

桟橋を渡る途中、再び背後から咆哮が響きました。

「し、しつこい!」

その時。

「あ、上!!」

岩が落ちてくる!

バキィ!

岩は瑠久たちのすぐ近くの足場を壊し、その勢いで春花は体勢を崩してしまい、咄嗟に瑠久の衣服を掴みました。

「うわ!」

瑠久は宗助に手を伸ばしますが。

「父さん!」

「し、しま…!」

しかし、落石に対して反射的に腕の中の瑠里をかばった宗助は、それゆえ瑠久の手を取れず、瑠久は思わず宗助が腰に帯びた刀の鞘を掴みました。

が、その勢いで刀の帯がちぎれ、瑠久は宗助の刀を握ったまま、春花と共に斜面を転がり落ちてしまいました。

「うわああぁあ!」

「瑠久!!」

斜面を滑り落ちる形であったため重傷には至らなかったものの、次々と転がり落ちてくる石とこの急勾配では、とても登れない!

「瑠久、今そっちに降り…」

ゴゥン!!

宗助の眼前におちる大岩。

「父さん、行って!」

落盤が始まった!

「瑠久!!」

岩に遮られ、すでに見えない父の姿。

瑠久は立ち上がった春花の手を取り、近くの通路へ逃げ込みました。

ここしか行ける場所が無い!

背後から迫ってくる落石の音。


そして、大蛇の咆哮。


************************************************


登り坂になっている細い通路。

その先に見える明るい出口。

神晶銀の光じゃない。間違いなく外の陽光だ!

「もうすぐ出口だ!」

「ダメ!」

「何が!外だろ!」

出口の向こうに、空が見える!

「違うの、こっちの道は…」

出口をくぐり、外に出た!


しかし周りを見渡すと、出てきた洞穴を含めた三方は切り立った断崖。

残りの一方は岸壁。

「…ここは山の中腹!ここで行き止まりなの!」

岸壁の遥か下は海と岩場。

この高さでは飛び降りたところで、絶対に助からない…。


瑠久は思考も言葉も浮かんでこないまま、出てきた洞穴を背にして岸壁の海に向かい、立ちすくみました。

背後からそっと寄り添ってくる春花。

雲の切れ目からところどころ降りてくる陽光が、海を輝かせていました。

―いつのまにか嵐は止んでいたんだな。

美しい黄昏と腕を握ってくる春花の手に、場違いな心地よさを感じた時。


シャアアアアァァァァァァァ…!


忌まわしい音。

振り向くと。

洞穴から這い出てきた大蛇。

大蛇も体中が傷だらけで、あちこちから血が流れ出ています。

しかし。

もうこの状況は。


「春花…オレが囮になる。その隙に君だけでも逃げろ」

「…無理だよ。さっき他の人たちを襲った時の動き、見たでしょ…」

二人は、力なくそんなやり取りをしました。


八つの鎌首がもたげられ、そのすべてが瑠久たちを見下ろしました。


――父さん、母さん、姉さん。夜葉、柾。

ヘビたちの口が、ゆっくりと開きます。

春花が背中にしがみついてきました。


――ごめん、一緒に帰れそうにない。

瑠久は立ち尽くしたまま、震えるまぶたを閉じました。


シャ!!


ギャッ!キシャァァア!!グギャァアァ!!


攻撃は無く、聞こえてくる苦しそうな声に薄目を開けると、大蛇は再び身体をくねらせ、悶えている様でした。

その長大な尾によって、瑠久たちが通ってきた洞穴は塞がれてしまっています。しかし首元の光は先ほどよりも明滅と振動の激しさを増し、破れたウロコの隙間からは体内の光が漏れ出ていました。

爆発。

そう。急激に神術の力を取り込みすぎた事で爆発しそうな神晶銀が、体内に取り込まれている状態。


無意識に瑠久は、左手で掴んでいる刀の鞘を握りなおし、右手でその刀剣の柄に触れました。

背後には、春花がぴったりと寄り添っています。


五感が無くなってしまったような静かな瞬間の中。

ただふたつ感じられる、父の刀の重く固い感触。春花の息遣い。


瑠久は震えながらも、眼前で悶えている大蛇を見据えました。


「…春花」

瑠久は、ふいに呟くように背後の春花に声をかけます。

「オレが囮になる。その隙に」

「だ、だから…」

「その隙に、あいつの身体にある原石に神術の力を送り込めるか」

「!」

「いち、にの、さんで、オレがあいつに突進する。あいつの注意がオレに向いている、その隙に…」

「…うん」


大蛇は苦しみがある程度おさまったらしく、再びこちらに目線を向けると、八つの首がそれぞれ吠えました。

シャアアアアアアアアァァァァァァァァ!!

一か八かの、賭け。

春花は、瑠久の腕の一度だけギュッと強く握ると、そっと背後から離れました。

「父さん…力を貸して!」

瑠久は呟きながら父の刀を抜き、両手で構えました。


――父さん、こんなもんを振り回していたのか…!

腕力に自信のある瑠久でしたが、手の中にある刀剣は両手で構えるのがやっとという重さでした。

瑠久は刃の先を大蛇に向けつつ、ゆっくりと横に移動しました。

八つの首は、狙い通り動いている瑠久に注意を向けてきています。

「おら、来いよ化け物…!!」

声を振り絞って挑発し、移動の歩みを早めます。

その隙に春花は、中腰でそろりそろりと、大蛇の背後に回ろうとしました。

(よし、そのままオレの方へ来やがれ…!)

春花に注意を向けさせてはならない。

瑠久は大蛇を睨みつつも咄嗟にかがんで足元の石を拾うと、大蛇に投げつけました。

ギシャアアア!

大蛇は怒り、一気に瑠久の方へとにじり寄ってきました。

「うわっ…ち、畜生!!」

瑠久は恐怖と必死に戦いながら、後ずさりしました。

ガラッ…

足元の音に一瞬、後ろを見やると。

背後はもう、岸壁。

鎌首を上げて近づいてくる大蛇。

瑠久の視界一杯を、大蛇の身体が覆います。

しかし…。

大蛇は首を揺らし短い鳴き声を上げつつも、それ以上近づいてこようとはしませんでした。

どこか、攻めあぐねているようにも見えます。

その眼が見ているのは、瑠久というより…。

(この刀?…父さんの力が残っているのか!?)

この化け物にも、まだ人の形をしていた時の記憶があるのか…。


春花は、息を潜ませながら大蛇の背後にまで回っています。

距離は離れていますが、春花がこちらに目を合わせてかすかにうなずくのがはっきりとわかりました。

(よし…!)

瑠久は刀を握り直しました。

「いち…」

瑠久は声を出しました。

こちらを見つめる十六もの禍々しい瞳。

春花が大蛇の後方から忍び寄ります。

「にの…」

が、その時!

八つの頭のうち二つが突如、春花を向きました!

「うおおおおお!!」

瑠久は反射的に、雄たけびを上げて刀を突きだし、大蛇に突進しました。


次の瞬間。

身体全体への強い衝撃と共に、視界が急旋回しました。

「あぁっ!!」

「きゃああああぁぁ!!」

春花の悲鳴。捕まってしまったのかと考える間もなく、視界いっぱいを覆う大蛇のウロコ。

大蛇の首に巻き取られ宙に浮きあがる二人。

瑠久は手にしていた刀を落としてしまいました。

ザシュッ…

微かに聞こえる音。地面に刺さった…?

次の瞬間。

「う、うわああああぁぁ!!」

胸と喉元が、身体が潰れる!!

息ができない…!

白む視界に、大口を開ける大蛇の頭。

(みんな…)

思わず目を閉じて。

「瑠久!……瑠久!!」

――意識が戻って来た。少しだけ呼吸ができるようになっている。大蛇の締め付けが緩んでいる?

グギャ、キシャァ!!

大蛇は再び苦しんでいます。

いまだ蛇の首にとらわれながらも、瑠久の意識の先はただ一点。

眼下に突き立っている刀。

渾身の力で手を伸ばします。

「あと、ちょっと…!」

しかし大蛇は首を動かし、瑠久の身体は刀から離されてしまいます。

「くっ…!」

その時。

春花を捉えている首が脱力し、地面近くに下がりました。

春花は必死で両手を伸ばし。一瞬の間の後。

刀を、引き抜きました。

持ち上げた刀を掴んだ両手を、瑠久へと伸ばします。

大蛇の体内にある神晶銀が更に光を増し。

大蛇の首はより力を失い、そのため二人の距離が近づき。

瑠久の手が、春花の持つ刀の柄に届き。

二人は刀を振りかぶり。

大蛇の首元の光めがけて。


全ての力を込め、刀を振り下ろしました。

腕に伝わる凄まじい衝撃。

刃の先の光が一気に膨張し。


凄まじい光と轟音と共に、大蛇の身体は神晶銀のある部位から、縦に真っ二つに切り裂かれました!


「うわあああああ!!」


瑠久と春花は身体を首に巻きつかれたまま地面に投げ出され、意識を失いました――


************************************************


「…瑠久…瑠久!」

横になっている感覚。

「ん…うぅ…」

目を開けると、覗き込む父と母、夜葉と柾。

そして、首元に包帯を巻いた瑠里。

「みんな…?」

「瑠久!」

寝たままでぼんやりと戻って来た視界で周囲を見回すと、ほぼ崩壊した砦の前。

仮設された医療病床(ベッド)に寝かされているようです。

瑠久は体中の痛みに呻きながらも、上半身を起こしました。

「無理しないで、横になっていなさい」

「大丈夫…!姉さん、みんな無事?」

「ああ!みんな無事だよ」

「よく頑張ったわね」

「全く、心配かけやがってさ!」

「良かった…ホントに良かったぁ…!」

瑠里が、そっと瑠久を抱きしめます。

「瑠久。あたしがこうしていられるのも、あんたのおかげ。本当にありがとう」

「姉さん…!」

姉弟は抱き合い、互いに顔をうずめて肩を震わせました。

しばらくの間、そんな二人に両親と、夜葉、柾も身を寄せ合いました。

「そ、そうだ…春花は!?」

瑠久はハッと気づき、瑠里から体を離します。

その言葉に、宗助は頷いて隣の病床を示しました。

多くの島民に囲まれて、瑠久と同じように上半身を起こしている春花がいました。

「春花!無事で…」

「ありがとう、瑠久。本当に良かったわ」

こちらに顔を向けて笑顔を創りながらも、その目と声は涙に濡れています

「あ…」

その意味を察し瑠久は目線を下げましたが、春花は目を滲ませながらもっこりと笑い、そして凛とした表情になりました。

「瑠久さん。この島が守られたのは、貴方のご家族とご友人…そして貴方のおかげです。次期村長として、島民を代表してお礼を言わせていただきます」

「お、お役に立てて、光栄です!」

改まった春花の言葉に、瑠久も思わず背筋を伸ばしてしまいます。

二人は一瞬だけ固まった後、互いに吹き出し、周囲の人も笑いました。

「ここかね、今回の事件の当事者の子たちは?」

政府のお役人が守人たちを引き連れて入ってきました。

「救助が遅れた事を謝罪したい。この度は、我々の力が及ぶ前に事件解決にご協力いただき、感謝する」

お役人らしい慇懃ながらも不遜な物言いと態度に、瑠久と春花は。

「く…」

「来るのが…」

「遅ぇっつーの!」

二人のぴったり重なった悪態に周囲は爆笑し、防人やお役人たちも苦笑いをするしかなかったのでした。

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