9.死臭の闇
瑠久、夜葉、柾、春花の4人は、坑道を必死に駆けました。
他の人達とは、はぐれてしまっていました。
「坑道は内部で、島の各所へとつながっているの。どこかから逃げ出せるはず。この先の通路は海岸の出口に通じているから、そこからなら…」
しかし夜葉がハッと耳に手を当て、かむりをふりました。
「ダメ!その出口からは盗賊が5人、迫ってきている!」
「!…そ、それなら…」
春花は別の通路に皆を誘導します。やがて、Y字型に分かたれた通路に辿り着きました。
「右に行けば、別の出口に続いてるわ。そこから…」
しかし、再び夜葉が制止しました。
「こっちもダメ!出口に盗賊達が張り込んでる!さっきここを通って脱出しようとした人たちが、今、捕まってしまってる!」
「っ!…左は鉱脈の最深部に続いていて、出られない。でも行くしかないか…!」
四人は仕方なく、左側の通路に歩みを進めます。
「夜葉。どうして、そんなに詳しくわかったんだ?」
柾の不意の言葉に、瑠久も夜葉自身もハッとしました。
「そ、そういえば…何でだろう?ふつうは動くものがおぼろげにわかるだけなんだけど、今はそう…人数とか、どんな人達かが、感覚でだけどはっきりわかるの」
夜葉は、自分でも不思議といったように答えました。
「神晶銀だわ…」
春花が言います。
「科学者たちも研究段階だけれど、純度の高い神晶銀は、近くにいる者の神術の力を増大させる効果すらあるって。私たち村人も、採掘作業でこの坑道にいた人達は、同じように力が増幅していた…」
「それじゃあ、もしかして夜葉だけじゃなく俺たちの神術の力も…?」
柾の問いかけに春花はうなずきかけたところ。
「しっ!最深部に着いたわ」
狭い通路を抜けて突如開けた空間を見回した時、瑠久は、外に出ていつの間にか夜になっていたのかと錯覚し、そうではない事に気づいて息を飲みました。
そこは、蹴球(サッカー)競技場が丸々入るのではないかと思わせるほど、広大な空間でした。
天蓋(ドーム)状に切り開かれた岩壁には、点々と光が灯っています。
「す、すげぇ!この光は…?」
「神晶銀の原石よ」
「これが…」
どういう作用か、神晶銀はそれ自体が光源となるようです。
特に、岩壁の一面には巨大な原石群が顔をのぞかせていました。
天井近くから地面にまで伸びる大きな原石群の帯はひときわ明るい光を放ち、普通の明かりなど何もない坑道の闇すら、互いの顔が見えるほどに照らし出しています。
さながら満天の星空とその下に光輝く瀑布のような光景に、春花を除く三人は状況を忘れてほんのしばらくの間、言葉を失っていました。
しかし。
「夜葉ちゃん。状況は分かる?」
春花の言葉に夜葉はハッとし、探知を試みます。
「…ま、まずいわ!まだ遠いけれど、どの通路からも盗賊たちがこっちに来てる」
「くっ!当然やつらはここが目当てのはず。追い込まれてしまったわね…。」
「村の人たちも連れて来られているわ。大人も子どもも、盗賊たちに囲まれて…」
「!…すぐ隠れましょう」
「待って。…瑠久。あんたのお父さん、それにお姉ちゃんもいる!」
「え!!」
瑠久の家族もひとまず命は無事のようですが、捕まってしまったようです。
「…とにかく、急いで!」
「あ、ああ!」
一同は春花に促され、採掘作業の為に高く組み上げられた足場を上り、資材置き場の一角に隠れました。
ここなら、自分達から動かなければ取りあえずは見つからずに済みそうです。
息をひそめていると、夜葉が見たとおり村の大人たち、そして子どもたちが盗賊に囲まれ武器を突き付けられながら、瑠久たちのいる大空間内に入ってきました。
盗賊たちも感嘆したのか、入ってくるなり興奮した口調で何事か言い合っています。
「お、親父は…親父は何してるの!?」
春花が言葉を洩らしましたが、もちろん瑠久たちには答えられません。
盗賊の首領はざわついている部下たちを異国の言葉で一喝すると、島民たちに向き直って言いました。
「大人たちはそこから動くな。ガキどもはここに来い」
盗賊たちは島民の大人と子どもを、それぞれ集めて離させました。
子ども達の中に瑠里もいました。痛めた足を引きずりながら、顔をしかめて他の子どもたちと共に動いています。
「お前ら、奪った武器はあそこの隅に固めておけ」
首領が一角を顎でしゃくって示すと、部下の盗賊達はめいめいに島民から奪った武器を、その場所に固めます。その中には宗助の太刀もありました。
島民たちが命令通りの位置に移動すると、盗賊たちは武器を構えたままそれぞれの集団を囲みました。
首領が言い放ちます。
「最初におとなしく従っておけば良かったものを。反抗的なお前たちに対する慈悲など、もう必要なくなった」
一同は静まり返っています。
「お前達島民の大人は全員、採掘した資源や採掘できそうな資源を、できる限り運び出せ」
そして首領は、宗助に向き直って言いました。
「ドクター、あんたは何かあれば対処しろ。…外に残して来た妻の無事を願うならな」
「母さん…!」
瑠久は、呟きました。
宗助が苦渋の表情で何事か答える前に、島民の一人が叫びました。
「わ、我々は暴力には屈しないぞ!もうじき国からも救助が来る。そうなればお前たちなど終わりだ!」
島民の一人が声を張り上げました。
一瞬の間の後。
首領にめくばせをされた盗賊の一人が、ふいに近くにいた瑠里の衣服を乱暴につかんで引き寄せると、その首元で素早く手を動かしました。
「あっ…」
誰かが驚いたような声を上げ、一瞬遅れて。
瑠里の細く白い首から、おびただしい血が噴き出ました。
悲鳴を上げる周囲の子たちと、動揺する大人たち。
声すらあげず、ただ自らの手で傷口を抑えて力なく座り込む瑠里の表情は、ここからは見えませんでした。
「ね、姉…」
「バカ野郎、今飛び出してどうなるってんだ!!」
反射的に叫んで飛び出そうとした瑠久は、柾に必死に押さえつけられました。
「騒ぐな!」
首領の怒鳴り声に瑠久たちは一瞬、自分たちが見つかったのかと思いましたが、そうではなかったようでした。
「お前らが誰か一人でも、少しでも反抗的な態度を取れば、それは全員の責任だ。見せしめにどのガキが死ぬかは、俺たちの気分次第だ」
村人たちは、もう何も言えませんでした。
「この娘、急所は外してる。だが今後、お前らの作業が遅れる度にガキどもに制裁を加える。我が子が殺されたくなければ、隣の奴の言動をせいぜい互いに見張っていろ」
瑠里は力なく座り込んだままです。衣服が、首元からみるみる赤く染まっていきます。
「さっさと採掘作業にかかれ。…八つ裂きにされた子どもを見たくなければな、あの村長のように!!」
「え…!?」
「なんだって…!?」
「村長が…!」
瑠久たちと、そして春花が息を飲みました。
「頼む、娘の手当てをさせてくれ……」
宗助が苦渋の表情で、盗賊たちに懇願しました。
「ドクター。あんたは細君と共に、我々の本国まで来てもらおうか。俺たちの母国(こきょう)には、まともな医者なんぞほとんどいなくてな」
「わかった…わかった…だから、娘と他の子ども達は解放してくれ…!」
絞り出すような声で答えて瑠里に歩み寄ろうとする宗助を、しかし盗賊たちは殴り倒し、身体を蹴り上げ、踏みつけました。
「ぐぁ…!」
「俺たちがきまぐれな優しさを見せる事を、せいぜい祈るんだな」
うつぶせに倒れこんだ宗助を見下ろし、首領は言い放ちました。
「そんな…そんな…」
春花は頭を抱えてうつむきました。
夜葉は涙で頬を光らせ、ガチガチと歯を鳴らしています。
柾もどうしたら良いかわからず、苦しそうに眼を閉じてうつむいています。
「み、みんな…」
瑠久も体の震えを押さえられず、力なくつぶやくしかありませんでした。
「姉さん…」
絶望の想いで遠くの瑠里を見ると、すでに地面に倒れ込んでしまっていました。
顔はこちらに向けていますが、髪が目元にかかり、口元しか見えなくなっていました。
なぜでしょう。夜葉の力が移った、などということがあるのでしょうか。
あんなに遠くにいる瑠里の口元が動くのが、はっきりと見えたのです。
お、か、あ、さ、ん
お、と、う、さ、ん
る、く…
瑠久は、震えながらも、こぶしを握りました。
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