7.緊迫の夕凪

明くる日。

瑠久たちは島民たちに混じって、駆け回っていました。

大人たちは木や石で柵、壁などを補強したり、農具や工具を研いで武器として回収する等、戦闘態勢を整えています。

子どもたちもめいめいにできる事を手伝い、瑠久達は島の子達と食糧の用意をしたり、物品の運搬などに走りました。

早朝から忙しく動き回り、携行食を片手に作業を続け、気が付けば日は傾きかけていました。

さすがに身体のあちこちが痛み、へとへとになっていた瑠久はひとり、避難所の一角の草地に座り込みました。

「瑠久!」

「あっ、父さん」

自身もひと仕事を終えた宗助がやってきました。

「大丈夫か?」

「うん!さすがに疲れたけど」

父と子は、近くの木陰に並んで座りこみました。


少しの沈黙。


「…瑠久。本当に、すまなかった」

宗助がにわかに言いました。

「そ、そんな…。オレこそ、ごめんなさい」

父の謝罪の対象が複数に跨っていることに子ども心にも気づいた瑠久は、しかしながら上手い受け答えができずにそう返しました。

「と…父さんはさ。お医者のいないような地方に行こうって、最初から思ってたの?」

もともと深い意図は無く、間を持たせるために口をついて出たような質問だったのですが。

「…いや、実は違うんだ。この地方に引っ越してきたのは、母さんの意見だったんだよ」

「えっ」

初めて聞くことでした。

「私自身は、本当は外国で活動をしたかったんだ」

「外国で?」

「そう。…聞いたことがあるかもしれないが、今は世界中が危ない状況にあるんだ。その…悪い者たちが人々を傷つけたり、争い合ったりするようなことが、たくさん起こっている」

言葉を選んでいるような父。

瑠久は、瑠里に読んでもらっていた新聞の記事を思い出しました。世界中で不穏な事件が増えていると。

そもそも今回この島に来た盗賊達も、そういう輩なのです。

「そんな中で、世界のいろいろな場所で傷ついた人達を助けたいと思っていたんだが、母さんに反対されてな」

「母さんに?」

「怒られてしまったのさ。『子どもたちが巣立つまでは、ちゃんと父親をやってください』って…。私ももちろん、その通りだと思ってな。ただ、もといた都よりも困っている人達のために尽くしたい気持ちは一緒だったから、医師のいないこの地方に来たんだ。もっとも母さんは、自分は『どんな子どもたちにも学ぶ機会を』と言って私塾を開いたりしたんだが…。まあ結局、押し切られてしまったよ」

「…後悔してる?」

「いいや、全く」

宗助は首を横に振ってきっぱり言うと、笑いました。

「少しでもここの人達の力になれているなら、悔いはないさ」

瑠久もそんな父を見上げ、にっこり笑います。

「あれ、でも…。母さん『子どもたちが巣立つ前は』って言ったの?」

「ああ、そうなんだ」

宗助は、自分の視線の先を見据え直すようにして言いました。

「実はなあ。父さんと母さんは…やがてお前たちが独り立ちしたら、世界で起こされている戦いで負傷した人たちを治療する活動をしたいと考えていてな…」

「そう、だったんだ……」

瑠久は初めて聞く両親の夢に驚き、何か言おうとしましたが。

「あっ。ここにいらっしゃった!白澄先生、すみませんが、お願いしたい事が…」

ちょうど村の人がやってきました。

「おっと、すまない。この話はまたいつかな。適度なところで切り上げて、休みなさい」

宗助は腰を上げ、微笑みかけてその場を後にしていきました。


しばらくして立ち上がった瑠久の元へ、夜葉と柾がやってきました。

「おう、瑠久。ここにいたのか」

「ああ、もうへとへと!」

二人も作業を終え、疲れているようです。

「一日、大変だったな…。父さんが、もう休みなさいって」

ふと見上げると、遠くのやぐら(※高い見張り台)に春花がいるのが見えました。

春花は眼下の三人を見つけると、手を振ってくれました。三人ははしごを上り、春花と並んで高いやぐらから夕陽を見つめます。

「こ、ここってすごい…でっ、すね。こんなに大掛かりな建物がたくさんあって」

慣れない敬語に、口調が変になってしまいました。

「うん?どうしたの、あらたまって」

「考えてみたら、だいぶ年上だし…」

頬をかく瑠久に、春花は笑って答えました。

「ガキんちょのくせに、変に敬語なんか使わなくていいの。名前も、春花って呼んで。」

三人と春花は、笑い合いました。

「…ここは鉱山で働く人たちが仮に住む集落だったんだけど、それ自体を砦に改装したの」

「そうだったんだ」

しばらくの沈黙のあと、ふいに春花が口を開きました。

「…ごめんね、巻き込んじゃって」

すまなそうにする春花。

「気にしないでよ!」

「お役に立てて、光栄だぜ」

夜葉と柾は、口々に言います。

「ふふ、ありがとう」

ひゅう、と穏やかな風が、四人の間を通り抜けました。

「…この島は元々ねえ。重い病気の人や生まれつき出来ない事が多い人、あとは…皆が嫌がるような仕事をする人達を、本土から離して住まわせる土地だったのよ」

「そ、それは、つまり…」

言葉が見つからない瑠久たちに対し春花は、かすかにうなずいて続けます。

「住まわされた人は島で村を作り、畑を作ったり、漁をしたり…。なんとか、自給自足して、細々と生きてきたの。そして何世代もの月日が流れて…。けれど周辺のあたしたち島の人々に対する冷たい気持ちは、そのまま残ってしまったのね。そんな中でね、鉱山で貴重な資源が発見されて、にわかに私たちは脚光を浴びるようになったのよ」

「そうだったんだ…」

三人は上手く言葉が紡げず、やっと、それだけ返しました。

「わたしは村長の親父の後を継いで、この島を盛り立てていきたい。世間から疎まれているこの場所を、みんなが住みたがるようなところにしたいと思ってるんだ」

春花の目の光が、強くなったように感じました。

「この島の事、大切に思ってるんだね」

夜葉が聞きます。

「もちろん。生まれ育った島だもの」

春花は、笑いました。

「あたしもさあ、言っちゃうけど」

夜葉が言いました。

「あたしは逆に、いま住んでるところはあまり好きじゃないかな…。こんな田舎町はいつか出てってやるって、それだけ思ってた。今もそれは変わらないけど、いろんな場所の色んな人達の生き方を、世の中のみんなに伝えたいって思う。今回のこの事でわかった気がするよ。…ありがと」

誰にともなく、お礼を言う夜葉。

「お…俺も」

今度は、柾が口を開きました。

「今回の事で、守人になってこの国を守る役に付こうと思った。色んな生き方があるって分からせてくれたは、お前たちのおかげだよ。ありがとな」

こんな状況なのにどういうわけか、厚い雲間から見える夕日はやたらときれいでした。

そういえば、風はいつの間にか穏やかになっており、夕凪と言って良いほどに空気は心地よくなっていました。

瑠久が呟きました。

「みんな、すごいな…オレは…」

自分は、どうしたら――

「オレは…」


しかし、その時。春花が驚いた様子で、身を乗り出しました。


「待って…何あれ!?」

春花が指さす方を見ると。森の中を、白い旗がこちらに向かってきています。

次の瞬間、春花は下にいる周囲の人々に呼びかけました。

「奴らが、来る!」

「襲撃か!」

「少人数みたい、白い旗を掲げてる!」

「白い旗…交渉したいという事か?村長を読んで来よう!」

四人も大急ぎで下に降りました。


避難所は、不安の喧騒に包まれました。

子どもたちは皆、本砦の中へ避難するよう指示されました。窓から遠巻きにのぞくと、やってくる男たちが四人。そのうち一人は、白い大きな布きれを長い棒の先に付け、ちょうど旗のようにして持っています。


砦を囲う柵の窓を挟んで、村長と、首領と思われる男が対峙しました。


少人数な上に遠くから、さらには狭い柵の窓からほんの少し見えるだけでしたが、瑠久は彼らの姿に手足が震え出すのを止められませんでした。

これまで出会って来た人たちと、存在が違う。

もちろんそれは異国人だからという事ではありません。

前に熊のような体格だと思った村長ですら、小柄に見えてしまう体躯。刃物のように鋭く、冷たく光る眼。

きっと、戦いや殺傷にいかなる躊躇も無い――そう思える存在でした。

「あなた方の、代表者と話したい」

盗賊の首領がまず、口を開いたようです。耳をそばだてると、声がこちらに聞こえてきます。

村長が応答しました。

「俺だ…。我々の住む場所を荒らしてくれやがって、なんの用だ?」

「単刀直入に言おう。我々は、この島の鉱物資源が欲しい。坑道の地図を渡してもらいたい。君たちは知っているんだろう?」

「さあ、どうかな」

「とぼけても無駄だ。一通り資源を採掘させてくれるなら、何もしない。君らを船に乗せ、安全な場所へ連れて行ってやってもいい。それが嫌なら、この島に残ってもいい。我々の監視付きにはなるだろうが」

「…断る。我々の土地を、手前ぇらに明け渡しはしねぇ!」

きっぱりと断る村長。

「そうか、残念だ」

盗賊達は、引き上げていくようです。

その間際。

「お前たちは全員、死ぬことになる」

首領の声が、奇妙にはっきりと聞こえました。

ざあっ…と強い突風が、再び吹き抜けました。


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