6.安堵の夜更け
「春花!よく無事で戻って来た。しかし街からこんな小さな子達が三人だけで来るとは、驚きだな」
門で出迎えてくれた春花の父だという村長は、熊のような大男でした。
「本当に無事でよかったわ。この瑠久君は、白澄先生の御子息だって」
瑠久たち三人は、筋骨隆々とした村長に圧倒されながらも、頭を下げました。
「何はともあれ砦に行こう。危ない目に合って、辛かったろう」
一同が避難所の集落の中心に歩いていくと、仮設された数々の小屋の中でもひときわ大きな建物があります。さながら砦ともいえそうなこの建物が、避難所の本部ともいうべきところのようです。
大きな扉を開けると、大勢の島民が身を寄せていました。
春花は一同を集会所に残して瑠久の家族を呼びに行き、少し待つと瑠久(るく)の両親と瑠里が駆けてきました。
「瑠久!」
瑠久も家族の元へ走り寄ります。
「みんな!」
「夜葉ちゃんに柾くんまで…あなたたち、どうしてここに!?」
当然ながら、何よりも驚いた様子です。
瑠久は、船を出してからこれまでの事を話しました。
「…お前も、友達も、ケガは無いんだな?」
「うん!」
「わかった…。では、瑠久」
「?」
バシッ!…という音が響き、あたりは静まり返りました。
瑠久の頬が、ジンと赤く腫れました。
「どうして叩かれたか、わかるか?」
宗助の厳しい声に、瑠久はおずおずと答えました。
「と、友達を、危ない目にあわせたこと…」
それ以上は答えられない瑠久に、宗助は諭すように言いました。
「それだけじゃない。お前は、自分を危険に晒した。…瑠里に、盗賊に襲われた人たちの話を聞かせてもらっただろう?お前自身が同じ目にあっても、まったくおかしくなかったんだぞ!」
宗助の言葉に、瑠久は下を向くしかありませんでした。
「私も判断を誤った。お母さんと姉さんを…せめて瑠里は残して来るべきだったんだ。だがこの上に瑠久、お前まで失ってしまったら…」
宗助の徐々に震えてくる、どこか自分に言っている様な言葉に、瑠久も涙声で答えました。
「ほ、本当に…ごめんなさい…。でも、島が危なくなって、もう会えなくなる、って、思った、から…」
宗助は、瑠久をの方を抱きしめました。
「瑠久。辛い思いをさせて、すまなかった…」
瑠久は、泣き出しました。
「先生。俺たちは、自分がついていくといったんです」
「そうだよ。瑠久ばかり責めないで」
柾と夜葉が、声をかけてくれました。
「はい、そこまで!」
瑠里がぱんっと手を叩き、言いました。
「よく頑張ったじゃん。ね、ママ?」
お母さんも、にっこりと笑いました。
「そうね。来てくれてありがとう。でしょう、あなた?」
「…そうだな、よく来てくれた」
場の空気が、一気に和やかになりました。
「坊やたち、お腹減ってるでしょう?」
島の人が用意してくれた食事の匂いに、3人はお腹を鳴らしたのでした。
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「これからどうすべきか、ということだが」
瑠久達三人が隅で食事をとっている大集会場にて、大人たちは会合していました。
皆の前で村長が報告しました。
「悪い知らせだ。嵐のため、守人の救援は早くても3日後だと、国から連絡があった」
「なんだって!」
「政治家や役人は、何をやってんだ?」
「所詮『あちらの者ども』である俺たちの事は、後手になるってことか!?」
大人たちは、ざわつきました。
「落ち着け!奴ら盗賊も、国からの救助が来る前に事を終わらせようとするだろう。こうなった以上、取りうる選択肢は二つしかない。投降するか、戦うかだ」
場を重い沈黙が支配し、しばらくして誰かがポツンと言いました。
「抵抗さえしなければ、手出しはしないんじゃないかな…」
その言葉に、方々で同調の声が上がります。
「確かに、変に抗って奴らを刺激する方が危険は大きいんじゃ…」
「むしろ、食糧や物資をくれてやって友好的に接するっていうのは…」
そんな声が支配的になりましたが。
「いいえ、絶対にダメ!」
春花が、きっぱりと声を上げました。
「私が連れてきたその子たちは、出会い頭に矢を打たれたのよ!」
瑠久達三人に、全員の視線が集中します。
「まして、奴らが外国で起こし続けてきた事件を知っているでしょう?絶対に、私たちを無事ではおかない。戦うしかない!」
言い切る春花に、場が再び沈黙しました。
「みんな、聞いて」
静まり返る中、春花は語りだしました。
「私たちはもう何世代も、本土から『あっちの人達』と呼ばれ、遠ざけられてきた」
瑠久達三人も、春花の言葉に聞き入りました。
「でも私たちのご先祖はそんな視線や声を跳ね返して、この島をここまで発展させてきたのよ」
周囲はしん、と静まり返っています。
「そんな中、世界でも類を見ない重要資源がここで発見された。これは危機だけれど、同時にこの島が栄えるまたとない好機なの」
春花は語りながら、こぶしを握り締めました。
「私も怖い。けれど、私たちはずっと世間との戦いを、乗り越えてきたじゃない。いま戦えなきゃ、この先どこにも私たちが生きられる場所は無い」
春花は、言いきりました。
しばらくの沈黙の中。
「…娘ということを差し引いても、俺は賛成だ」
村長が言いました。
「そ、そうだな」
「やるっきゃねえ!」
「国が守人の救助を寄越すまで、この島を守りきるぞ!」
次々と、声が挙がりだします。
「よし!そうと決まれば、防衛態勢を整える。お前ら、覚悟を決めろよ!」
「おう!!」
その場は、にわかな熱気に包まれました。
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夜更けでしたが、大人達は作戦会議をし、戦いの準備に取り掛かりました。
子ども達は休むように言われ、瑠久たち三人も広い寝所の一角に案内されました。
「つ、疲れたな…」
柾が布団に倒れ込むように横になり、他の子どもを起こさない様にささやきました。
「ほんと。すごい一日だったね…」
夜葉も、小声で答えて苦笑します。
「あ…あのさ、二人とも。危ない目に合わせて、本当ごめん」
布団に正座して頭を下げる瑠久に、柾と夜葉は笑いました。
「バカ、よせよ」
「そうよ、なに言ってんの」
「…ありがとう」
「うし、寝ようぜ。明日は忙しくなりそうだ」
「大変かもしれないけど、きっと大丈夫よ。…ふわぁ、限界。お休みなさい…」
「うん…お休み」
朝や昼と違い、今は風は止み、静かな夜となっていました。
やがて他の子どもたちに交じった、三人の静かな寝息が聞こえてきました。
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