4.決意の夜風
瑠久は布団を被り、一時うつらうつらとしていましたが、やがてぱっちりと目を覚ましました。
真っ暗な部屋の中、外の強風が家屋を揺らし、時おりガタガタ…という音を立てます。
――怒っちゃったことを、まだ謝っていない。
瑠久はそっと布団から身体を起こすと、衣服を着替えて、宿屋から外へ走り出しました。
漁港への道を小走りに進みながら、瑠久は考えていました。
以前から村中をほっつき歩いていた瑠久は、漁港の漁師たちのはからいで、少しだけ船に同乗させてもらったことがあるのでした。
他の大人たちには内緒で操作方法を教えてもらった、神術の力を動力として動く小舟。
――あれなら、オレ一人でも何とかなるかもしれない。
木々をざわつかせ、吠えるように吹き付けてくる夜風。予報では、じきに嵐になるはず。そうなったらもう、船も出せなくなる。
行けるのは、今しかない!
あと少しで漁港に着く小路で、瑠久はハッと足を止めました。
大人たちが、何人か固まってこちらへ歩いてきます。街の人達が、有志で集まって警備巡回している様でした。
見つかれば、きっと連れ戻されてしまう。踵を返した瑠久でしたが、そのひょうしに足元の石につまづいてよろめき、その大きな動きに、見回りの人達が気づいてしまいました。
「ん!」
「どうした?」
「向こうで何か、動かなかったか」
――まずい!
瑠久は慌てて走り出しますが、大人たちは明らかにこちらに気づき、追ってきました。
見つかってしまう!そのとき、横から服の裾が引っ掴まれました。
「夜葉!?」
「し!こっち!」
そのまま夜葉に先導され、裏路地に逃げ込みます。
「誰かいたか?」
「いや…すまん、見間違いだったようだ」
見回りの大人たちは、行ったようでした。
「なんで、ここに?」
荒い息を整えながら、瑠久は夜葉に尋ねます。
「行くんでしょ、島に?あたしと柾も、一緒に行く。…柾は、先に船着き場で待ってる」
「えっ!?」
よく見ると、夜葉は大きな袋を背中に背負っています。
「あっ、これは食べ物を色々詰め込んできたのよ。必要でしょ?」
「い、一緒に来てくれるって…」
「柾と二人で、話してたのよ。あんた、たぶん何を言われたって島に行こうとするんじゃないか、もしそうだったら、あたしら二人も一緒に行ってやろうって」
「でも、なんで…?」
「あんたのご両親さ、お姉さんもだけど、都で働く色んな女性のこと、教えてくれてさ。世の中って、広いんだな…ってわからせてくれたの」
「!……」
「ホラッ、急ご!」
「あ、ああ!」
船着き場には、柾が待機していました。
「やっと来たか。遅ぇぞ」
「ごめんごめん!」
「古くなって使わなくなったこの船を使おう。瑠久、二人で船を動かすぞ。やり方は、わかってるな?」
「な…なんで、お前が協力してくれるんだよ?」
瑠久の問いに、柾は少し黙り込み、顔を背けつつも答えました。
「…お前んちの家族に、勉強を教えてもらったり、本を貸してもらったりしてたんだよ」
「あっ…」
そういえば。そのあとすぐに両親とケンカしてしまったので忘れていましたが、柾もまた、両親から勉学の手ほどきをして貰っていたようでした。
「俺の親、学がなくて頭も悪くてなあ。『俺もこいつらと同じような生き方をするしかないのか』って思ってた。お前の親御さんからいろんなことを教えてもらって、俺も学問で身を立てようって思わせてくれたんだ」
柾は船の準備を終えたようでした。
「…殴っちまって、ごめん」
瑠久は少し上ずった声で言いました。
「俺こそ、ひどいこと言っちまってごめん。お前がちょっと、羨ましかった」
瑠久と柾はしばらく見つめ合うと、ガシッと拳を合わせました。
「ほら行くよ、単細胞ども!」
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瑠久、柾、夜葉の三人は、船を出しました。
島は街の漁港からでも見えるくらいの距離にあり、迷うことはないはず。
船は、島を目指して真っ直ぐ進んでいきました。
しかし、何度目かの強風の後、凄まじい雨が波打つ海面をたたき出しました。
「くそっ、風も雨もやばい…!瑠久、もっとしっかり神術の力を込めろ!」
「やってるよ!」
やはり、簡易な小型船とはいえ子どもの技量で操作できる代物でもなく、まして荒れだした海の中にあって船は右往左往してしまいました。
「ねえ、何あれ!?」
夜葉が指さす先。大型船が何隻か、島へ向かっていくのが見えます。
「あんな形の船、見た事もない!…やっぱり、盗賊の話は本当だったのか」
その時、船の一隻から明かりが放たれ、瑠久たちが乗っている船のあたりを行き来し出しました。
「ちょ、ちょっと!あの船もしかして、あたしたちに気づいたんじゃない!?」
三人はあたふたしつつも、今度は三人がかりで力いっぱい、動力に神術を込めました。
必死さが功を奏したか、小舟は島に向けて真っ直ぐに進みだします。
「よ、よし…!でっかい船、離してるぜ!」
運よく、大型船はこちらを見失った様でした。勢いに乗じて船は進み続け、あと少しで島の沿岸までたどり着きます。
ところが。
「おい瑠久、もう岸につくぞ!速度を緩めろ」
「おう!どうやるんだ!?」
「えっ」
「え?」
「ぶ、ぶつかるうううう!」
夜葉が叫びました。
岸までついた船でしたが、大波にあおられて岩にぶつかる!
瑠久と柾は、とっさに夜葉をかばい合いました。
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「瑠久、大丈夫か」
「う…うぅ、ん…」
瑠久が柾に起こされて目を覚ますと、すでに空はだいぶ白ずんでいました。
ハッとして身体を起こすと、節々は痛むものの、特段のケガはしていないようでした。
「み、みんな無事か!?」
「夜葉が…」
柾が唇を噛んで顔を向けた先に、夜葉が岩場にもたれて座り込んでいます。
「夜葉、どうした」
力なく笑う夜葉の左脚。膝からふくらはぎにかけて大きな切り傷がついており、流れ出る血が足元の砂浜を染めていました。
「船から投げ出された拍子に、何かで切っちゃったみたいでさ…。た、大したことないから…っう!!」
立ち上がろうとしますが、足に力が入らないのと痛みのせいで、倒れこんでしまいました。
「…やってみる」
瑠久は、夜葉の傷に両手を当てると大きく息を吸い込んで呼吸を整え、意識を集中して力を込めました。
しゅん、と微かな音がして、夜葉の傷が徐々に塞がっていきます。
「あ、ありがとう…」
「は、初めて成功した…」
荒い息をつく瑠久に、柾が声をかけます。
「お前、すげえじゃん!」
「そ、そうか…?」
瑠久は照れ隠しに横を向いて立ち上がり、乗ってきた船を確認しました。
「そ、そうだ!船はどうだった?」
改めて見ると、船は浜の岩にぶつかり、半壊して大きく傾いた状態で、砂浜に横たわっていました。
正直なところ、三人とも大事に至らずに島に辿り着けたのは、奇跡だったかもしれません。
しかし、これでもう後戻りはできなくなりました。
さらには。
「…さっきの大きな船って」
「盗賊かな。たぶん…」
初夏の空にはすでに日が昇っており、雲間から青空も見えますが、雲は異常なくらいの速さで空を流れていきます。
「すぐに、動いた方がいいよね…」
「そうだな、行こう」
もう、先へ進み続けるしかありません…。
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