第4話 そこはアレ?才能?みたいな?いやー、自分の才能が怖いわー

 達川町ダンジョン第1階層。帰り道を失い探索中。

 どこのダンジョンでも、1階層は大したことはない物が多いらしい。だが、もちろん例外はある。その例外に、このダンジョンも該当するということだろうか。危険度の上がった場所で、戻れないような仕掛けをする。ダンジョンは自然発生物だと言われてはいるが、こういう事態に出くわすとなにがしかの悪意や殺意を意識せざるを得ない。

 それを感じているのか、ブラックスラッシュの面々も馬鹿も言葉を発さずに粛々と警戒しながら進んでいく。隊列は先ほどから少し変更して俺が最後尾になり、後方の警戒を強くした。奇襲がきても俺と馬鹿の二枚壁を抜かないと、ヒーラーのブラックウッズさんに届かない構えだ。

 重苦しい緊張の中、一行は進む。1時間ほども歩いただろうか。それとも緊張で時間が早く感じられるだけなのか。いくつかの罠をベネットさんが処理しつつ、ほどなく一つの部屋に行き当たった。半開きの扉から聞こえてくる耳障りな鳴き声。生物的な悪臭。扉をのぞいたベネットさんがメモ書きを全員に回す。

「小鬼5 小鬼頭1 弓小鬼2 腕鬼1 賭博中」

 それを読んでキリオさんの表情が曇った。小鬼の群だ。リーダーである小鬼頭、腕だけ丸太のように太い腕鬼がおそらく用心棒だろう、それに率いられる雑兵の小鬼達。一筋縄でいく戦力じゃない。

 一度声が聞かれないところまで下がって、キリオさんが切り出す。

「デクノボー君、馬鹿野郎君。君たちを戦力として数えたい」

「はい」

「よっしゃ」

 活躍できそうだからって露骨にうれしそうな声を出すな馬鹿野郎。ボリューム押さえたのは偉いけど。

「ただ、君たち二人の戦闘力を僕は詳しくは知らない。どこまでなら受け持てる?」

「俺なら小鬼3体はいけます。馬鹿野郎は、おそらく2体を押さえられるかと」

 全身変身すればもっといけるかもしれないが、いかんせん弓もいるので穏当な数を申告しておく。

「そうか。作戦だが、基本は俺がワントップ。アルナ、ベネットが入り口から射撃で弓持ちを優先して狙ってくれ。君たちは遊撃、つまり俺の後ろをとろうとする奴を狙うとか、後衛に回り込んでくる奴を阻むという形で頼む。ブラックウッズはアルナ達と同じ場所で適宜支援。戦闘開始後の指示はブラックウッズに任せる。……いいか?」

 全員が目を合わせ頷く。キリオさんが指を立ててカウントダウンを始める。3、2、1。

 黒い剣士が走る。扉を蹴破り乱入すると、敵も驚きながら武器を持って立ち上がる。

「ふっ!」

 一息で二つの剣閃が小鬼頭に迫り、しかし寸前で割り込んできた丸太のような太い腕に阻まれる。緑色の皮膚を切り裂き肉に食い込むが、断ち切るまではいかない。腕鬼の妨害だ。

「ギャ!ギャギャ!」

 耳障りな声で小鬼頭がキリオさんの背後を指さし指示を出す。言葉はわからなくても意図は分かる。左右に分かれた小鬼達に、俺と馬鹿野郎が立ちはだかる。俺が2、馬鹿が3。作戦通りとは行かないか!

 三匹を相手取ることになった馬鹿は、一番先に突撃してくる奴に拳を向けて、叫んだ。

「馬パンチ!」

 言うやいなや、伸ばした腕が馬の前足に変身した。予備動作もなく、唐突に50センチほど延びた馬の蹄がカウンター気味に小鬼の頭に入り、きれいにすっころんで後頭部をしたたかに石畳に打ち付ける。予想外の結果に動揺したのか、後続の二匹が思わず足を止める。そこに馬鹿が飛びかかった。

「鹿ジャンプ!」

 脚を鹿に変身させ、跳躍力を上げた。その結果、馬鹿野郎の跳躍は常より高く、そして頭を馬のままにしてたのでその位置も足され。

「おごっ!?」

 天井に盛大に頭をぶつけた。空中で気絶し、勢いのまま小鬼と絡まりつつもんどりうって地面に倒れる。残された小鬼は、流石に混乱したのか一瞬動きを止めた。が、すぐにとりあえずといった感じで馬鹿にとどめを刺しに行った。敵ながら冷静な判断だとは思う。思うが、一瞬の躊躇があれば、妨害を間に合わせるには十分だった。コーラの500ml缶ぐらいの太さと長さの円柱が背中にぶつかる。というか、ぶつけた。予想していなかった方向からの攻撃に小鬼が振り返る。そのときには、俺はもう間合いまで走り込んでいた。


「全員無事か?」

「……馬鹿野郎君が頭を打った以外は平気みたい。……怪我は治した」

 戦闘を終え、キリオさんが確認する。もっとも手強い二匹を一人で相手したのに傷一つ負っていないのは流石3階層で活躍する冒険者というところか。流石に息は上がっているようだが。

 さて頭を打った馬鹿の方はどうだろう。

「おーい、馬鹿野郎、大丈夫かー。指何本に見えるー?」

「だいじょうぶだ おれは しょうきに もどった」

「ダメな奴じゃねえかそれ。まあネタに走れるなら平気か」

「それ時々動画のコメントで見るけど、なにが元ネタなの?」

「……さあ?」

 チャンバラが終わって緊張感が切れたのか、それとも余裕ができたのか、そんな雑談が始まる。

「ベネットのはぎ取りが終わったら10分ほど休憩しよう。流石に疲れた」

「そうね」

「お茶入れといてッスー」

「はーい」

 荷物を下ろしてキャンプ用のガスコンロを出す。剣や魔法しか通じない魔物が徘徊するダンジョンではあるが、こういった場面では文明の利器の方が強い。ダンジョン攻略中のお茶(またはコーヒー)はだいたいのチームで砂糖多めで濃いめの量少な目になるらしい。水作成の魔法があるチームでもそうなるとか。カロリーの補給とストレスの軽減、そしてあまり飲み過ぎるとトイレが近くなるからだろう。酒を持ち込む豪の者もいるらしいが、公には推奨されない行為らしい。まあそりゃそうだろうな。今日俺が用意してきたのはスティック包装の粉末カフェオレだった。手鍋のお湯でカフェオレ粉末を溶かし、デミタスサイズのステンレスカップに分けて振る舞う。わざと熱々にしたものを時間をかけて飲むことで、意識の緊張をほぐしていく。

 そんな中、キリオさんが口を開いた。

「それにしても、君たちが予想以上に強くて驚いた。相手して何とか持たせる事ができる、ぐらいに考えていたんだがあっさり倒してのけるとは思っていなかった」

「あ、そうだったんですか?」

「まーね?俺もいずれ驚異のルーキーとして名を馳せる男ですからね?これくらいはね?」

 自爆で気絶っつー醜態さらしといてよくそこまで調子乗れるなコイツ……。

「うん、デクノボー君が相当強いっていうのは小鳥遊さんから聞いていたんだけど、馬鹿野郎君がゴブリンを一撃で倒したのは驚いた。っていうか、あれだ。馬パンチってなに」

「まあ、見ての通り。腕だけ馬の前足に変身することで可能なパンチです」

「特訓しましたからね。馬パンチ。他にもツイン馬パンチとか三連馬パンチとか考えてます」

 そんなん考えてたのか、お前。

「一瞬で50センチ腕が伸びるなら、それをそのままぶつけられるだろうってことで練習してもらいました。鹿ジャンプも同じ理屈ですね。脚を鹿にすれば鹿の脚力でジャンプできるってことで」

「割と無茶なこと要求してるように思えるけど……」

 アルナさんが若干引き気味に言ってくる。

「ですよね!コイツこういう無茶を要求するんですよ!そんでできたら、マジでできるとは思わなかったとか言うんですよ!酷いでしょ!?」

「でもその無茶をやってのける君も大概だとおもうッス」

「ま、そこはアレ?才能?みたいな?いやー、自分の才能が怖いわー」

「その才能で天井と床にぶつかって気絶してりゃ世話ないわ。帰れたらみっちり受け身の練習するからな」

「うおおおおお……デクノボーブートキャンプはいやじゃあ……」

「……なにしたの……デクノボー君」

「フツーに受け身の練習ですよ。基礎体力、というか体の使い方はある程度わかってきたみたいなんで。じゃあ戦闘訓練の第一歩としてまずは受け身かな、と。どんな魔物相手でも吹っ飛ばされたり転がってよけるとかはあり得るので」

「だからってダンジョンでやるか普通!!床が石なんだぞ!?」

「実戦に近い環境で訓練した方が上達も早いだろ。スキルの訓練もやんなきゃいけないんだし」

「だ、だいぶスパルタンな考えだね、デクノボー君」

「まあ、実のところ柔らかい床を用意すんのが面倒だっただけですが」

「そこは取り繕ってもいいと思うよ。……ともあれ、君たちはここから無事に帰れたら、また二人でダンジョンに潜るのかな?」

「俺はあと一週間ぐらいこの馬鹿の面倒見たら、ソロの素材狩りに戻るつもりでいますが」

 ん?急に話し変えてきたな。というかこの流れは……。

「もしよければ、だけど。僕たちのパーティに入らないか?今はちょっと前衛が薄くてね、数で押された時に結構苦戦してたんだけど。君たちが入ればその部分をちょうど補ってくれる」

 確かに、シーフのベネットさんは弓使いだし、ヒーラーのブラックウッズさんもカメラ役だともう少し人数ほしい感じだな。

「そうなればより危険な階層に向かうのも可能になってくる。僕たちは見たとおり動画配信しながらもどんどん奥に進みたい。そうすれば素材収入も広告収益も、もっと増えていくだろう。それを君たちと山分けする事ができるようになる。……どうだろうか?」

 目の力を強めてキリオさんが問いかける。まあ答えは決まってる。

「うおおおお!マジですか!?願ってもないです!こっちからもお願います」

 まあ馬鹿はこういう反応になるわな。成り上がりが目的だもんな。

「俺の方は、せっかくですがお断りします。ダンジョンには生活費を稼ぎにきてるので」

「そうかい?それは残念だな……」

「ちょっとまって!デクノボー君にはいてほしいッス!!」

「ベネット?」

 うお?意外なところから反応あったな。

「いつでも好きなときに好きな長さの棒をだせるというスキルは、トラップ係としてはめっちゃ助かるッス。命の危険、プライスレス」

「うわーい、即物的ー」

 まあ確かに、床をつついて調べるための3メートル棒とかアロースリットに詰め込む棒とか閉まらないように扉を押さえとく楔とか梯子とか。そういうのを求められるままに作りはしたので便利扱いされるのは当然か。その辺の実感が薄いのか、アルナさんがやんわりと水を差す。

「それはそうだけど、本人にやる気がないのを無理にさせるのはよくないんじゃない?」

「うっ!ええっと、こことは比べものにならないほどの報酬を山分け……」

「いや、それを今断ったところですし」

「おうっ!?えーっと、じゃあ、えーっと。生まれる前から愛してたッス!!」

「秒でバレるウソつくな」

「それじゃあブラックウッズのおっぱい揉み放題とかどうッスか!?」

「仲間を売るな」

「……回復の優先順位落とす」

「せめて自分の胸にしなさいよ」

 おお、チームメイトにボロカス言われとる。残念だから当然。

「なあデクノボー、いらないならそのおっぱい揉み放題の権利を俺にどっ」

 皆まで言わせず馬鹿の鳩尾に棒を突き入れて黙らせる。

「まあ便利だって評価はいただいておきますけど、俺はソロの方が気楽なんで」

「そうか、気が変わったらメールでもいいから声をかけてくれ」

 至極残念そうにキリオさんがそういって、休憩は終わりとなった。


 再度ダンジョンの探索を続ける。ベネットさんが罠を解除したり。ちょっとした雑魚を相手したり。そうしながら30分も進んだところで、馬鹿野郎が声を上げた。

「あれ?キリオさん、もしかして当初の予定だった危険の中心にむかってます?」

「ああ」

「帰り道を探してるんじゃ……」

「当て推量なんだが。他の道があったとしてもあの土人形と同様の仕掛けで逃げられないようにしてあると思う」

 ……ふむ?キリオさんも同じ予想か?

「理由を聞いてもいいですかね」

 後方を警戒しながら口を挟む。足は止めないままキリオさんは答えてきた。

「この魔物の分布、そして入ることではなく出ることと妨害する罠。この二つに意図を感じた。興味を持った者をおびき寄せ、そして逃がさずに殺すという意図を。もちろん偶然かもしれない。だが、もしこれを俺が仕掛けたとしたら迂回して帰れるようには作らない。逃げられないようにして、中心の何かと接触せざるを得ない状況に追い込む。だから--」

「その中心の何かと接触する前に、できる限りの消耗を押さえたい。ってことですか」

「その通り」

「……何かが致命的な強さって事もあり得るんじゃ」

 こんどはブラックウッドさんが口を開いた。が、そこもキリオさんの考えにはあったようだ。

「もちろんあり得る。だからこそ、逃げる余力のあるうちに確認しておきたい」

「怖い者見たさってこういうことかしら」

「いやそれは違うんじゃないッスか?……と、これはまたいかにもな」

 曲がり角を鏡で覗いたベネットさんが呻く。

「なにがいる?」

「あー、見た方が早いッス。曲がり角までは平気ッスけどその先はまだ行かないで」

 促され、進む一行。

「なるほど?」「うわ」「……」「おお、これはボスって感じだ」

 そんな感想を聞かされながら、最後に俺がソレを見る。

 行く先に大きな門が見えた。通路が少しずつ広く高くなりながら奥に続き、その突き当たりは巨大な両開きの扉になっていた。通路が広がってるせいで感覚が狂うが、目算で縦横5メートルはあるだろうか?その扉の両脇には竜の銅像がかしずくように据えられている。まるで、この先が聖域だとでも言わんばかりに。分厚そうな木の板を金属で補強した扉自体にも、なにがしかの意匠が彫り込まれている。いままで達川町ダンジョン1階層では見られなかったものだ。

「うわあ、帰っていいですか」

「帰り道、わかるかい?」

 思わず出た軽口にキリオさんが軽口で応える。まだ余裕があるのかそれとも混乱してるのか。とまれ、ここまできて引き返す選択肢はない。

 各人が、覚悟を決めた。

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