第3話 ハーレムパーティを作ってダンジョン無双したいんだよ!!
翌日、火曜日。探索依頼開始の日。放課後にロビーで集まり小鳥遊さんに依頼受理の申請を出して装備を預かる。防塵防水耐衝撃用に改造された首吊り下げビデオカメラと換えのバッテリー。既知領域の地図と書き込みが可能な白地図。ダンジョンに書き込むためのチョークとダンジョン内標識図案集。などなど。素人が地図を作るのにこんなにいるのかとも思うが、本格的な測量などはもっと道具や技術がいるものだろう。それを思えば軽いほうか。
今日は新田も変身せずに行動するので俺と同じ格好をしてもらっている。ビデオの装着と地図への書き込みも新田が行い、俺が探索と戦闘をする。そんな形でいくと昨日のうちに打ち合わせておいた。馬鹿に地図を描かせるのも心配ではあったが、魔物や罠への対処をさせる方がよほど怖いのでその辺は妥協する。
予定していた未探索部分への入り口までは何事もなくたどり着く。
「んじゃ、こっから開始だ。カメラ起動してくれ」
「あいよー……写ってんのかなコレ?」
「さあ?俺も初めてこの仕事やるんで」
「やっぱ動画配信するとなると、この手の装備が必要なんかね?」
「まあ専任の撮影者をチームに入れない限りそうならざるを得ないわなあ」
そんなことを話しながら。俺は3メートルほどの棒を出して、怪しいところをつつきながら移動する。分かれ道などはチョークで書き込みを入れ迷わないように目印を残す。まだ1階層の魔物は知能が高くないため、目印を書き換える心配はない……と言いたいところだが、何しろ未知の領域探索である。今まで知られていなかっただけで小鬼などの知性を持つ魔物がいないとは言い切れない。慎重に進めなくてはならない。
雄叫びもなく表情もない、筋肉の動きすらない骸骨の動きは読みにくい。なので、盾で防がせるように突き放すような細かい突きを放つ。やがて踏み込めないことに焦れたのか(そもそも動く骸骨が焦れるのかという疑問はあるが)盾で大きく払い切り込んでくる。たとえ動きが読みにくかろうと、こっちから誘導した動きなら別だ。突き出した先を払われた力に逆らわず、棒を回して逆の先で切り込んできた腕を叩いて砕く。肉に守られない骨が軽い音を立てて折れ、持っていた剣ごと転がる。武器を失えばもう怖くはない。足を払い転ばせて、立ち上がる前に頭蓋を踏んで砕く。安全靴はこういうときにやはり便利だ。とがったものでも躊躇なく踏める。転がる三体分の骸骨が動かないことを確認して、緊張を解いた。
「うーん、やっぱ微妙に魔物が強くなってるなあ」
「三人相手に楽勝しといてなにを」
「まあ武器持っただけの素人相手に後れをとるようじゃ、俺がオヤジに殺される」
「なんなのおまえのオヤジ。ガチすぎない」
骸骨の使っていた武器を拾い上げて新田の引いてるキャリーカートに放り込む。値段が付くかどうかはわからないが、つかないならダンジョンの中に捨てればいい。そう思っていると新田が、書き込んでる途中の地図から顔を上げてきょとんとした目で俺を見てきた。
「うん?なんだ?」
「その骸骨が使ってた武器、使わないのか?」
「講習で言ってたろ。魔物が落とす武器はそのままじゃ使えないのがほとんどだって」
「……えーっと」
マジか。こいつマジで忘れてんのか。いや、馬鹿だしそんなもんか。
「よーし、じゃあおさらいするぞ馬鹿。ダンジョンと魔物ってのが魔力と呼ばれるなんかわからないものでできてるってのは知ってるな?」
「そ、そんなことを聞いた気がする!」
「だもんで、魔物は魔力でできた幽霊みたいなものなので、銃弾とか鉄パイプとか釘バットとかで殴ってもすり抜けてしまう。だから魔力を帯びたもの、生きてる人間の体とかしかるべき処置で魔力を込めた武器。もしくは魔力によって発生した現象……魔法とかスキルとかいうやつだな。そういったものでなければ有効な攻撃にならない」
「おう!そうだな!」
「そんで魔物が落とした武器ってのも、魔物の一部、つまり幽霊みたいなもんであることが多いんだわ」
「うん……うん?」
「こうやって実在しているように見えて、ダンジョンの外の魔力濃度低いところに持って行くと消えてしまう可能性もある。堅く見えても振り回したら前兆なく折れてしまうこともある。ちゃんと専門家が鑑定した物じゃないと落ち着いて使えるようなもんじゃない。まあ宝箱とかに入ってるのはまた別で、だいたいにおいて普通に使えるらしいんだが」
「いやでも、俺、素手なんだけど。それよかマシじゃね?」
「マッピングで両手ふさがってんだからいらないだろ」
「ひでえ!」
「ひどくなーい。と、それよか今何時ぐらいだ?普段と違うことしてるからいまいち感覚がつかめない」
「えっと、7時ぐらいだな」
「じゃあこのあたりでいったん休憩入れて、休憩終わったら戻るか。ちょっとしんどい」
「そうだな。歩いてるだけなのになんか疲れた」
この馬鹿も慣れないことに気疲れしていたのか、荷物を下ろして飲み物を取り出し、俺にも投げてくる。ぬるいだだ甘の缶コーヒーだが疲れがとれる気がする。
「そういや地図見てなかったけど、ちゃんと書けてるか?」
「おう、できてるぞ。見てみろ」
新田は自信満々のようだが、実のところ手書きの情報は補助のようなもので正確なところはビデオカメラの記録で作るらしい。ジャイロを仕込んであって移動した軌跡が記録できるとか何とか。とはいえそれを教えていい気分に水を差すようなもんでもない。そんなことを考えながら受け取った地図を眺めてみると、意外なほどよく書けていた。時折あった魔物との戦闘や罠などはやけにポップなイラスト付きで書き込みがしてある。
「あれ、お前。絵とか描けたの?」
「中学の時に練習した。俺はさ……そん時は、こう思ってたんだよ」
やたら遠い目でダンジョンの奥をながめる新田の言葉の続きを沈黙で促す。
「自分でエロい絵を描ければ、エロ本買わなくてよくね?と」
「……そんで、どうだったんだ?」
「なんでか知らないけど自分の描いた絵だとエロでも興奮できなくて……」
「そっかー」
なんだかな、と思いつつもふと思いついた疑問を口にする。
「つうか、絵を描けるんならそっち方面でモテるの目指すとか会ったんじゃね?漫画家とか」
「おいおい、モテモテでハーレム作った漫画家なんて心当たりあるか?」
「……ないな」
「そういうことだ」
そもそもこの現代日本においてモテモテハーレムを作れる職業そのものに心当たりがない。ダンジョン潜りも含めてだ。まあトップクラスに稼ぐ人ともなれば一度のダンジョンアタックで1億ぐらい稼ぐそうだが、そういうのはプロスポーツのスター選手みたいなもんで日本でも10人いるかいないかといったところ。じゃあプロスポーツのスター選手がモテモテハーレム作るとどうなるかというと、だいたいスキャンダルで叩かれる。
となると、自分で会社を立ち上げての経済的成功で愛人を囲い込むのが最適解になるのか。ああ、ならテレビ関係なく稼げるダンジョン潜りはある意味正しい選択肢か。馬鹿なりに考えてたんだな。マンガかアニメの影響かもしれんけど。
「と、そろそろ戻るか」
「そうだな」
どちらともなくそう言って、その日の仕事は終わりとなった。
それから一週間。
収入に関しては山分けしてソロ狩りの時の時よりはマシぐらいに落ちたが、心配していた逆恨みの襲撃はなくなったらしい。大槻さんからうまく取りなせたとの話を聞いた。人をおだてておいしいところを持って行く事しか考えてないようなオッサンだが、だからこそ冒険者同士の衝突は望んでいないのだろう。もとより泡銭だったと考えればあきらめもつく。
ただちょっと気になることがあった。未知領域通路の調査を進めていくと、何となくの傾向が見えてきた。1階層のある方角。というかある点に近づくにつれ、魔物が強くなっているということだ。普段ダンジョン潜りが通ってる場所は、歩き茸や犬トカゲ、転がり薊など。野生動物で言うと小型動物ぐらいの強さがせいぜい。これがある点に近づくと、小鬼や骸骨、大蝙蝠など、大型犬と同じぐらいの強さの強さの魔物が増えていく傾向がみえる。一度だけだが、土人形とも出くわした。魔法なしで立ち向かうには厳しい相手だったのでとって返して事なきを得たが、あの先に行くともっとやばい奴がいる気がした。根拠のない妄想ではあるが、やたら物理攻撃に対してタフな土人形を突破してまで確かめたい予感でもない。
ともあれ強い魔物がいる傾向がわかるのは「危うきには近寄らず」でやってる以上ありがたいことではある。来週からはその方向を避けて探索をし、新田をみれる程度に仕上げて大槻さんに押しつけておさらば。そんな皮算用をしていたところだった。
「ちょっと、お話があるんだけどいいかしら?」
訓練の日、ロビーで新田と合流したところで小鳥遊さんが声をかけてきた。
「おおっ!いいですよ!どうぞどうぞ」
「あら、ありがとう。新田君はいつも元気ね」
「それが取り柄ですから!」
俺が止めるまもなく、新田が小鳥遊さんに椅子を進める。俺は軽く会釈して小鳥遊さんの正面に座った。新田は小鳥遊さんに、というか女性全般に対してあたりがいい。その上で胸や尻をガン見する。正直というのは美徳といいがたいなあと思わせてくれる。
「それで、おねえさんが俺になんのお話でしょうか!?デートでしたらいつでもあいてます!!」
「あら、お誘いありがとう。でもごめんね。君一人じゃなくて、君たち二人にお願いしたいことがあるの」
「任せてください!きれいなおねえさんの頼みだったら何でもしますよ!」
「まてまてまて!!」
流石に割り込む。新田がなおも俺を押しのけてアプローチをかけようとするので、手の甲をつかんでひねりあげて手首・肘・肩を極めて動きを制する。
「あだだだだだ!?」
「小鳥遊さん、それは仕事の話ですか」
「えっと、うん、そうね」
「極まってる極まってる極まってるから!!」
「名指しの依頼ですか?俺たちはまだそんな実力も知名度もありませんよ?」
「それがお二人指名の仕事なのよ。というかその……」
「いたいたいたいたい!折れる折れる折れるってば!」
「うわあ、となると地図がらみですか」
「そうなんだけど、あの、新田君そのままで大丈夫?」
「ギブギブギブ!!っていうかお姉さん助けて!?」
「あー、そうですね。いい加減やかましいんで離しますか」
技を解くとともに重心を崩して椅子に座らせる。腕をさすりながら新田が恨みがましい目で俺をにらんだ。
「なんちゅうことすんだお前、折れたらどうすんだ」
「安心しろ、あの技は関節が外れたり靱帯が切れたりするが骨は折れない」
「安心できる要素がない!!」
「安心したけりゃ仕事の話が終わるまで黙ってろ。えっとお待たせしました小鳥遊さん」
「……何事もなかったかのように仕事の話に戻るの、お姉さんどうかと思うけど」
「地図がらみという事ですが、ビデオになんか変なものでも写ってましたか?」
「あ、無視するのね。えーっと、ちょっとコレを見て」
いうと小鳥遊さんはタブレットを取り出して地図を表示した。ここ数日の俺たちの更新部分が追加されたもので、その地図に色分けされた光点が配置されている。ビデオの内容と照合した上で追加された地図だ。精度は高いだろう。そしてこの光点位置に覚えがある。俺と新田が魔物と戦った位置だ。ただ、光点の数はそれより明らかに多かった。
「これは?」
「あなたたちと、確認のために調査した冒険者パーティが魔物と遭遇した位置と危険度を色分けしてプロットしたの」
あ、やっぱりちゃんと確認調査とかやるんだな。そりゃそうか。にしてもこれは……。
「ずいぶんと、はっきりと出るもんですね」
地図の仮想上の一点を中心に、赤・黄・緑の帯が同心円型に並んでいた。
「予想はしていたみたいね?」
「それはまあ、ざっくりとは」
「いうまでもないけど、赤が強くて緑が弱い魔物との遭遇記録ね。そして君たちは引き返して埋まってない領域にいくほど危険な傾向がでている」
「先に行っておきますが、この中心領域の調査だったらお断りですよ。俺と新田じゃ戦力が足りません。そもそも危ないから引き返したんです」
「うん、引き返す判断は正しかったと思うわ。だから君たちに頼むのは調査じゃなくて道案内」
「うん?」
「調査のための冒険者パーティはこちらで用意してるわ。君たちには、彼らをその地点まで道案内してほしいの。比較的安全そうなルートでね」
なるほど、本格的な調査に際して強い冒険者パーティを用意するにしても、現地に行ったことがある奴がいればよけいな危険が減るってことか。
「現地まで行って送り届けたら引き返す形で?」
「いえ、そのままマッピング要員としてついて行ってほしいの。君たちがマッピングを請け負ってくれれば彼らが戦闘に集中できるから。新田君の地図はかなり正確でわかりやすいって評判だし」
芸は身を助けるもんだなあ。いや、今回のコレは助けになってんのかな。
「案内と雑務要員ですか。仮のチームって形ですけど、指揮をとるのは向こうのチームリーダーって事でいいんですか?」
「そうね。聞いたことあるかしら。ブラックスラッシュってここのダンジョンで冒険者動画配信してるパーティだけど」
「ああ、そういうチームがいるって聞いたことはあります」
たしか3階層あたりで活動してるチームだったっけか。動画は見てないけどな。でもそういうチームなら好奇心や撮れ高をもとめてこういう依頼を受けそうな気もする。3階層にいけるなら実力も十分と見るべきか。
「動画冒険者!!受けようぜ!!」
おお、馬鹿が復活しやがった。まあ動画配信はこいつの目的には適うな。
「そうですね。引き受けましょう」
「「え?」」
二つ返事で受けた俺を小鳥遊さんと新田が驚いた目で見る。
「二人とも、何その反応」
「三船君は動画配信者とか好きじゃなさそうに見えたからもう少し説得にかかるかなって……」
「俺が出す提案はとりあえず否定しにくるもんだと思ってたから……」
「人をなんだと思ってんだ?」
「世捨て人みたいな子」
「無駄に戦闘能力の高いひねくれた陰キャ」
「……」
いいたいことはいろいろあったが、反論するだけ泥沼になるとおもったので仕事の話に戻した。
「どうも、ブラックスラッシュのキリオです。今日はよろしくお願いします」
「普段はソロで活動してます、デクノボーです。こっちは馬鹿野郎。こちらこそ、よろしくお願います」
「どうもー!紹介に預かりました馬鹿野郎でーす!」
「あはは、元気な人ですね。あ、どーもアルナです」
「メインシーフのベネットッス!よろしくッス!」
「あの……カメラ担当の……ブラックウッズ……です」
詳細はメールで打ち合わせして初顔合わせは当日、ということになった。で、なんでネットのオフ会みたいなハンドルネームで名乗りあっているのかというと、動画配信の都合上、録画で本名を呼ぶと身バレすることにつながりかねないので、それならば最初からこの場限りのハンドルで名乗ろうという事になったのだ。見切れる場合の対策として、シェード入りのフェイスガードも買っておいた。
俺と新田のハンドルに関しては自分でも雑だなーとおもいはしたが、誰も特に反論はなかった。まあ動画配信者のハンドルネームなんてすっとこどっこいなのが多すぎるからみんな感覚がマヒしているんだろう。
ブラックスラッシュのメンツは全員大学生で、趣味と学費稼ぎを兼ねてやっているんだとか何とか。
パーティリーダーのキリオさんは、ちょいと背が低めで童顔なので高校生ぐらいに見える男性。だが、二刀流剣術の使い手たる剣士だ。黒いコートを愛用していることもあって、ブラックスラッシュの名前は彼からきているんだとか。
属性魔法使いのアルナさんはキリオさんとは対照的に白いコートを愛用する長身の女性だ。キリオさんとは同じ高校出身で、そのころからつきあいがあるんだとかなんとか。炎とか氷とかを剣の形に具現化して投射する魔法を使う、こてこての射撃戦タイプ。
浅黒い肌のベネットさんは親がベトナム人とフィリピン人で日本で生まれて育った女性だ。そのせいでフランクな日本語しか話せないらしい。身軽だからといって鎧も着ずに先行偵察をする見ていて危なっかしい人だが、キャラ性ゆえか露出度ゆえか撮れ高は高いらしい。
最後がヒーラー兼カメラ担当兼動画編集担当のブラックウッズさん。カメラマンということでほとんど動画に出ないせいか、あまり見た目にはこだわってないようで。伸び放題でよれよれの髪、血の気の引いた肌、くすんだ灰色のローブなど、夜道であったら幽霊だと叫びたくなるような感じになっている。人見知りをする質なのか、ぼそぼそとした口調で、あまり主張しない。動画に出てこなかったので実力が見えないが、俺たちより下って事はないだろう。
まあ見事にファイター/シーフ/メイジ/ヒーラーと基本的な役職がそろった理想的なパーティである。新田によく見とけよと言おうとしたら、なんか拳を握ってくねくねと奇妙な踊りをしていた。
「……どうした馬鹿野郎」
「デクノボー……これだよ」
「これ、とは」
「おれは!こーゆー!ハーレムパーティを作ってダンジョン無双したいんだよ!!」
……言われてみれば、男一人に女三人のハーレムともいえるパーティか。俺的には居心地悪そうだけど。
「そうか、存分に勉強させてもらえ」
「おう!今日から師匠と呼ばせてください!」
宣言と共にキリオさんの前で深々と頭を下げる馬鹿野郎。当然言われた方は困惑するわけで。
「いや、弟子になりたいとか言われても、別に彼女たちと俺は恋人同士って訳じゃなくて、ってイテ。ちょっとまって何でみんなして蹴るの」
「べーつーにー」
「なんでもないッス」
「……」
目の前で繰り広げられる、ラブコメというか茶番というか、そういったものを眺めつつ。やっぱ現代ダンジョンでハーレム作ろうとするのは間違いなんだな、と考えを改めた。
「この辺はまあ、大したことはないな」
「でも聞いてたとおり微妙に強いッス」
右と左の剣でそれぞれ骸骨を一太刀で斬り伏せ、クロスボウから放たれた矢が過たず頭蓋を砕き一瞬で戦闘が終了する。強い。流石に3階層で戦うチームだ。未だに魔法の一発も撃っていない。
現在の陣形はキリオさんとベネットさんを戦陣に、一歩下がってアルナさん、その後ろにカメラを持ったブラックウッズさん。そして最後尾の俺たちとなっている。今日の俺は雑務担当なので戦利品のカートを引き、地図描きと警戒に専念する新田は手に白地図とペンを持っていた。
そして、今回から新田には新しいスキルをお披露目してもらうことにした。それが部分変身である。その結果現在の新田は首から上が馬になっていた。最初にお披露目したときには大ウケだったが、別にウケるためだけにやったわけではない。確かにおもしろいけど。目的は視界を高く広くして警戒能力を増やすためである。首が伸びたため現在の新田の身長は180センチを少し越えたぐらい。そして頭の側面に眼球を持つ馬の頭部構造は、300度を越える視野を可能にする。コレで壁を背にすればほぼ死角はないと言っていい。先輩冒険者の戦いぶりを見ながらも後方を警戒できるというわけだ。
うまく行くかどうかは正直賭けではあったが、実際に後ろから近づいてきていた小鬼に気がついてくれたので成功だといえるだろう。ここで彼らに有用さをアピールできればこの馬鹿を押しつけて俺はソロ狩りに戻れる。そんな皮算用をしつつ、先日俺たちが土人形と出くわした、つまりはそろそろ未踏の領域に近づこうとしていた。
「いるッス。土人形が1」
曲がり角を鏡でのぞき込みながらベネットさんが報告する。何かの門番なのだろうか、俺たちが前に出くわしたところにまだいるらしい。一本道で迂回はできず、通るならば倒していかなければならない。土人形がどういう魔物か一言で言うと。素焼きの陶器の塊で物理に堅い魔物だ。武器や俺が作るようなスキルで作った物体ではなかなか倒せず、魔法で攻撃する必要がある。ダンジョンでは武器もスキルも魔力に依存するものとちがうのか、とは思うがどうやら違うらしい。この辺はめんどくさい魔術理論があるようだが、魔術理論自体まだ発展途上で月に一度は定説がひっくり返ってるとかなんとかで、現場の理解としては「そういうもの」としか言いようもない。
とまれ、最大火力が俺の棒による殴打しかなかった先日は倒して進むのは困難であり引き返したわけだが。
「炎の剣よ――」
アルナさんの周囲に赤く光る剣が複数浮かび上がり
「走れ!!」
気合い一閃、飛んでいった剣が土人形の堅い体にあっさりと刺さり、あっけなく砕いた。かくのごとく、魔法攻撃なる物があればあっさりと倒せるわけだ。
「おみごと」
「ま、このぐらいはね」
「うおー!すげー!マジで魔法な魔法、マジでみたの初めて!すてき!抱いて!」
「何となく意味はわかるけど、日本語で言ってくれない?」
困惑するアルナさんを後目に、ベネットさんが土人形のコアを俺に投げる。
「土人形ッスか。2階層だとそこそこフツーに歩いてる魔物ッスけど……」
「確かに今まで1階層では見なかった魔物だな。こうなるとここから先は小鬼頭ぐらい出てくるかもしれない」
前衛組がそんな話をし、馬鹿がはしゃいでアルナさんに質問責めをし、ブラックウッズさんがそれを撮影する。何となく手持ちぶたさになった俺は、コアをカートにしまいながら警戒も兼ねて視線を後ろにやった。
そこで見えたのは、静かに天井からせり出した壁が通路を塞ぎかかっている光景だった。
「ちょ、おおおお!?」
とっさの時、行動してから思考が追いつくことがまれにある。今回もそれだった。とっさに生成した棒を槍投げの要領で投げて、今にも閉じようとする壁に差し込もうとしたのだ。飛んでいった棒ははたして壁と床の間に挟まり。
めきょ。
と音を立てて押しつぶれた。
俺の悲鳴で状況に気がついたのか、ブラックスラッシュの面々もこちらを見た。
「なっ!退路を断たれた!?」
「あ……もしかして、あの土人形を倒すことで発動するトラップ?」
「うっそーっ!?通路塞ぐ魔物にそういう仕掛けするッスか!?マジで!?」
「いや、これは気づけなくても仕方ないですよ!ベネットさんのせいじゃないです!」
「……キリオ、ベネット。前を警戒。……今、私たちは袋小路にいる」
「――ッ!わかった!」
「了解ッス!」
混乱しかかった場に、ブラックウッズさんの声がひっそりと響く。さすがに場数を踏んでいるだけあるのか、即座に最初の陣形に戻り前方を見据えて気配を探る。こちらも緊張の段階を一つあげる。さらなる罠や奇襲がないかを息を潜めて探る。追撃は……ないようだな。
「……さて、キリオさん。ここからどうします?」
「あいにく転移魔法なんてものの持ち合わせはないな。後ろの壁を破壊するか、この先を探索して帰る手段を探すしかない。そして石壁を壊すような手段も持ち合わせてないな」
「仕掛けた奴に逃がすつもりがないなら、壁壊すのも現実的じゃないですね。実質選択肢はないですか」
「ああ、全員気を引き締めていくぞ。やることは変わらないが、ここからの危険度は段違いだ」
リーダーの宣言を受けて全員がうなずく。退路のない探索が始まった。
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