第2話 ここから俺のレジェンド伝説が始まるんだな!?
じゅうじゅうと煙を上げて肉が焼ける。ロースがカルビがハラミがタンが、目の前で見る見るおいしそうになっていく。こいつをちょいとご飯に乗せて巻いて食べると……。
「うまい!!」
「……あのさ」
焼き網を挟んだ向かいには新田が怪訝な表情で何かをつぶやいている。つぶやいているようだが、焼き肉の方が重要なのでどうでもいい。
「なあ、三船。聞いてる?」
「そうだな、プロティンだな」
ロース、飯、カルビ、飯、カルビ、サラダ、ウーロン茶、タン、飯、ハラミ、飯。そういった物に思考が収束していく。次はレバーかなあ、ホルモンの前に豚もいいなあ。
「ちょっと言いたいことがあるんだけどさ」
「肉の追加ならタッチパネルでやれよ」
90分食べ放題4000円コースである。健全な男子高校生としては「ねえ次何頼むー?」みたいなことを言う時間はない。「注文した!」なら使っていい。というか注文したくなったので豚ロース、焼きしゃぶ、角切りステーキ、ナムル盛り合わせを素早く打ち込みロースターに向き直る。
「俺このままじゃいけないと思う……というか、俺の考えてた冒険者ってこういうんじゃないと思うんだ」
皿に残ってる肉を網に移動させる。このとき気をつけなければならないのは、肉で網を埋め尽くしてはいけないと言うことだ。空気の通りが悪くなり火力が落ちる。肉と肉の間に常に1センチほどの余裕を持たせ適正な火力を維持しなければならない。
「そりゃ、理想と現実が違うなんてことはよくあるのはわかる。わかるけどさあ。限度というか方向性がさあ」
ロース、飯、タン、飯、塩キャベツ、豚ロース、ウーロン茶、焼きしゃぶ、飯、ナムル、カルビ。焼き肉に集中する。いや、肉に研ぎ澄まされるというべきか。いつしか俺の脳内から雑音は消えていた。
「いやあ、くったなー」
「食い過ぎだろう、お前」
ラストオーダー10分前。杏仁豆腐を頼んでとりあえず一息ついたところで、新田が話しかけてきた。
「まあダンジョン潜りは体が資本だからな。つうか新田はあんま食ってなかったみたいだな。小食?」
「いやなんか勢いに圧されて」
「稼ぎの半分はお前の何だから遠慮せず食えばいいのに」
「つうかそれだ。それを言いたかったんだ」
「ん?」
そういえばなんか言いたそうにしてたな、などとコーラをすすりながら思い返す。まあ焼き肉より重要な話などそうはないだろうと思って聞き流していたが。
「俺さ……今日初めての本格的なダンジョンアタックだったわけだよな?」
「そうだな。いやあ、助かった。まさかあの[馬鹿になるスキル]がこんな役に立つとはなあ」
「俺、荷物持ちしかしてねえんだけど!?」
「え?はぎとりとか結晶の回収の時の見張りもしてただろ?」
「ほぼ何もしてねえだろ!!戦うの全部お前一人でやってたし!!」
コーラをすすりながら今日の仕事を振り返る。
初顔合わせとスキル確認をした翌日、日曜日。俺たちは素材狩りを開始した。まず新田には馬鹿に変身してもらい、その胴体に防具も兼ねた鞄をくくりつけた。もちろん乗馬用の鞍なんかないので胴体周りにロープでスポーツバッグをくくりつけたわけだが。
その後はほぼいつも通りだ。魔物を狩って素材をはぎ取って新田に乗せて、生えてる魔結晶を回収して新田に乗せる。荷物を運ぶ必要がないから非常に軽快に歩き回れたし、見張りを任せることができたので手早くはぎ取りや回収ができた。なによりも普段よりも運べる素材量が桁違いなので普段ならあきらめる素材もすべて回収した。その結果、普段の数倍の素材を売り払い、こうして豪遊をすることができているのである。すばらしい。積載量とはこれほどすばらしいものか。そりゃマジックバッグが高額で取り引きされる訳だ。
「なあ、新田よ」
「なんだ、三船」
「もう、お前荷物持ちで十分冒険者やってけるんじゃないかな」
「そうじゃねえんだよ!?」
新田が強く机をたたく。飛び跳ねたお冷やのコップが倒れないように受け止めてもどす。
「でも浅い階層の素材狩りに混ざればだいぶんありがたいと思うぞ。報酬の分配で揉めるかもしれないけど、売却品頭割りでも元の取れる活躍だと思うし」
「俺は!冒険者として!大成功して!モテモテウハウハになりたいの!」
「スキル使う度に全裸になる都合上、動画配信で収益化するの難しいと思う」
「そうじゃなくて!すげえ冒険者になれば有名で尊敬されてモテモテだろうって言ってんの!」
「あー、スポーツ選手になりたいってかんじのアレかー」
高レベルのダンジョン潜りがモテるかどうかというと、はやりそれなりにモテるらしい。すべての女性がそうとは言わないが、強くて高収入の男とつきあいたいみたいな女性は一定の割合で存在し続けるのだろう。
「つうかお前はそういうのないのか!ダンジョンで一旗揚げてデカい男になって札束風呂でモテまくりたいという衝動が!だからダンジョンにソロで潜ってるんじゃないのか!」
「うんにゃ、生活費と将来のための貯蓄」
「……あれ、これ聞かない方がよかった話?」
「お前が思ってるような凄惨な話じゃないとおもうぞ。だいたい両親も妹も普通に生きてるし」
「え、じゃあ家出したとか?」
「したというか、追い出された」
「追い出されたってお前……」
「だから凄惨な話じゃないって」
デザートの杏仁豆腐を受け取る。新田の方も話しているうちに落ち着いたのかソフトクリームを受け取っていた。
「俺の家は合気道の道場やってんだけどな」
「合気道」
「オヤジが何を血迷ったのか、高校受かった途端に「学費は出す。生活費はダンジョンで稼げ。コレは修行だ」とか言い出してな」
「ごめん、何を言っているのかわからない」
「安心しろ、俺もわからない。とはいえ、俺も一人暮らししたかったのは確かだから渡りに船だってことで」
「うーん、かける言葉が見つからない。……ってかあれ?特に敵をつかんで投げたりしないで、ほとんど棒で戦ってたよな?」
「うん?ああ、うちの流派だと剣と杖と短刀も使うの。対武器練習用の型稽古しかしないけども、実践でも使えるって初めて知ったわ」
「道理で雑魚相手でも複数軽々捌いてて、妙に強いなーとは思ってたがそういう……」
「習いたいんなら道場の方に行ってくれ。まあお前のスキルとはかみ合わないからダンジョンじゃ使えないけど」
「何故!?」
「そらおめー、腕でつかんで関節極めたり投げたりする技術と[馬鹿になる]スキルのどこにかみ合うところがあるのか」
「確かに!?」
「武器術にしても、手が蹄になる時点であきらめるしかないだろ。常識的に考えて」
「く、口にくわえればなんとか」
「合気道のほうに口にくわえた武器を使う技がねえよ」
もしかしたら探せば口にくわえた武器をふるうための技術があるのかもしれないが、少なくとも俺はしらない。
「……もしかして、スキル使わずふつうに武器を持った方が強い?」
「その可能性はあるが、お前の体格を考えるとおすすめはできない。どうしたって殴り合いは体格が大きい方が有利で、人間相手の技が成立しない魔物相手だとなおさらな」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「冒険者になるのをあきらめるのが一番おすすめだが、そうする気はないんだろ?」
「ああ」
こいつ、すごい冒険者になりたいってところだけはぜんぜんぶれねえな。迷惑だけど。
「じゃあ思いつくのは一つだ。スキルを使いこなす」
「……うん?[馬鹿になるスキル]には限界あるとか言ってなかったっけ?」
「今のまま運用するなら、だ」
杏仁豆腐を食べ終える。お冷やで口をすすいで飲み込む。食事とともに、話に結論を出す。
「月曜から、稽古と稼ぎを交互にやるぞ。覚悟しとけ」
月曜日の放課後。ダンジョン。初日にスキルを試した袋小路である。
「はい残り一分」
「のおおおおおお!!」
「脚さがってきてるぞー」
「おにいいいいいい!!」
新田がやっているのは、両手を広げた片足立ちである。目標5分で現在は4分15秒。この健康体操程度で鬼呼ばわりは甚だ遺憾である。
「はい五分、しゅーりょー」
「だあぁぁぁ」
終了を告げると同時にすっころんで尻餅をつく。もう脚がガクガクになっている。普段から運動不足だなあ。よくこれでダンジョン潜りになろうと思ったもんだ。ひどく呼吸を荒げながら新田が聞いてくる。
「な、なあ。スキル上げにこの筋トレ必要なのか?なんの意味があるんだこれ?」
「なんか勘違いしてるようだが、これ、目的は筋トレじゃないぞ」
「き、筋トレじゃないの!?」
「ああ、この稽古の目的はバランスとかの内覚を鍛えることだ。まあやってる途中でイヤでも筋肉つくけど」
「ないかく?俺のワガママボディと総理大臣のあいだに何か秘密の関係が?」
「そっちじゃない。肉体の内部感覚、略して内覚。平たく言うと、今自分の体がどういう姿勢でどんな状態にあるのかを察する感覚だ」
「いや、そんなもん鍛えなくてもふつうに体動くけど……」
「人間って言うのはな、自分で思ってるほど自分の体を正確に動かせるわけじゃないんだよ。みんなが完璧に動けたらゴルフとかビリヤードとかの静止目標を叩くゲームに差が出なくなっちまうだろ?」
「そういうのって、素振りみたいなのを繰り返してうまくなってくもんじゃないの?」
「そういう面はもちろんある。あるが、そういう具体的な動作の前に、動作を支える人間の機能そのものを鍛える。それが今やってる片足立ちだ。まあどこの部活でもやってる走り込みみたいなもんだな」
「うおおお……体育会系……呪われろー……モテモテスポーツマンよ呪われろー……僕の方が先に好きだったのにー……」
「俺にそんな呪詛を垂れ流されても。……ともあれどんなスキルもってようとも、ダンジョン潜りで最後に物を言うのは基礎体力だからな。時間があったら走り込みも自主的にやっとけ」
「うぐぐぐ」
「よし、そろそろ休憩終わり。逆脚で片足立ち始め!」
「鬼ーっ!!」
「き、きつい。脚もだけどなんか胴体周りの筋肉が痛い……」
「バランスを維持するために体幹の筋肉も使うからな。明日あたり背筋も筋肉痛になるから湿布買っておいた方がいいぞ」
「そうする……」
「最終的には目隠しで10分を目指してもらう。なるたけこまめに自主トレしとけ」
「ぐぬぬ……脳筋め……筋肉がすべて解決すると思うなよ」
「どんな呪詛だそれは。それはともかく、具体的なスキルの訓練すんぞ」
「へーい」
もそもそと新田が服を脱ぐ。とりあえずぶらぶらするものをだしっぱしというのも間抜けなので、ゴムひもとタオルをピン留めした物を腰に巻いてもらう。それはそれで間抜けな気もするが、まあ文明人であろうとする意志を捨てるよりはマシだ。
「さて、[馬鹿になる]のスキル訓練をするわけだが、お前、今のところ変身に長くて10秒ぐらいかかるよな?」
「ああ」
「変身までの時間、そして変身を戻す時間を短縮するところをまず目指そう。理想は一瞬だな」
「……それになんの意味があるんだ?」
「そうだな、こんな意味がある」
「うわっ!?」
突然脈絡もなく目の前に突きつけられた棒の先に、新田が驚いて飛び退く。退いた足が地面につく前に棒は消えた。
「何すんだいきなり!」
「棒が突きつけられたの見えなかったろ?」
「あ、ああ確かにそうだけども」
「なんでかっていうと、最初からお前の鼻先に突きつけるような場所に作ったからだ。突きこんで止めたんじゃない。最初から動きがないから、見えない」
「イヤだからってお前」
「つまり、一瞬でスキルが使えるってことは、とっさに使って間に合うようになるってことだ」
ようやく俺の言いたいことが飲み込めたのか、新田が聞く姿勢に入った
「俺も最初のうちは、1メートルの棒を作るのに10秒かかった。消えるのはすぐ消えるんだけどな」
今度は30センチほどの棒を両手に作って地面に落とす。両方とも軽くはねて地面を転がった。
「長さも1メートル固定だったし、手から離したら勝手に消えた、もちろん二つ同時に作るなんてのもできなかったな」
今度はジュースの350ml缶ぐらいの円柱を作り出し手のひらでもてあそぶ。軽く新田に放り投げて、受け止めようとしたとこで消して見せた。
「円柱の形は変えられないようだが、太さを変えられることを発見することができた。作った後で棒をのばせるかどうかは今後の課題だな」
受け止めようとした手と俺を交互に見てアホ面をさらす。話を聞いているのかちょっと心配になったがそのまま続ける。
「いいか、スキルがあるってのと、スキルが使えるってのはこうも違う。じゃあそのスキルが使えるようになるためにはどうするか。まずその[馬鹿になる]ってアホみたいなスキルに鍛える余地があるのかどうかを検証する必要がある。だから手始めに、まず反復練習で時間を短縮できるかを試す」
「お、おお!りろんはわかった!」
「ダメなやつじゃねえかそれ。まあいいや、じゃあ今日のところは20時ぐらいまでひたすら変身と変身解除を繰り返す練習な」
「じ、地道な……」
「稽古ってのはそんなもんだ」
元気よく言って新田が変身を始める。まってるのも暇なので、俺も型稽古をすることにした。そういやしばらく基礎とかやってなかったなあ。これもいい機会か。
それから2週間。俺たちは稼ぎと稽古を繰り返した。月・水・金曜日が稽古の日。火・木・土曜日が稼ぎの日。日曜日は休養日。毎日ダンジョン潜ると神経がまいるらしいのでこんな潜り方する奴はそうはいない。といわれているが、実際のところ毎日命のやりとりをすると神経がすり減っていくという話だろう。半分を安全に稽古に当ててればこんなもんである。稼ぎにしたって元々俺一人でできていたわけで、それが素材の重さと警戒の負担から解き放たれればより楽になる。山分けにしても稼ぎはむしろ増えていた。
肝心の新田のスキルは、コレは順調に練れていった。変身も変身解除も1秒未満まで短縮できた。この調子ならそろそろ次の段階に挑戦してもいいかもしれない。アレができるようになれば、個人で十分戦っていけるスキルになるはずだ。基礎体力と内覚に関してはまだまだだが、そもそもこの手の基礎は2週間程度で目立った効果が出るようなもんじゃない。むしろちゃんと習慣づけてやっていることを誉めるべきだろう。
そして新田に関してもう一つわかったことがあった。こいつは動物を殺すことができる側の人間だった。稼ぎ中に一度、挟み撃ちをもらって新田の方に歩きキノコが向かっていったことがあったが、特に取り乱すこともなく蹴って殺した。人間相手に同じことができるかどうかは不明だが、動物が殺せればダンジョン潜りには十分向いている。
意外なほどの意欲と才能。あと2週間もすれば、本当に本格的なダンジョン潜りになるのかも。そう思わせるほどの順調ぶりだった。そこに話しかけてきたのが、大槻さんだった。
「三船君、ちょっといいかね?」
素材を売り払い新田と別れたところで後ろから声をかけられた。大槻さんもこのダンジョンを狩り場にするダンジョン潜りだ。胡散臭い感じの抜けない中年男性だがその体はがっしりと鍛えられている。が、この人は積極的に深いところに行くタイプではなく、浅い階層で素材狩りをやってる連中(つまりは俺とかだが)の利害調整などしつつ儲けを出すといった人だ。そういったことをしている為か、初心者に仕事回す代わりに搾取してるだの安全圏から指示するだけだのといろいろ言われている。中古の武器防具を仲介して中抜きしてるとか何とかそんな話も。そんだけいろいろ言われているにも関わらず、口のうまさと押しの強さ、遊びのうまさでなんだかんだうまく世渡りしているようだ。
「まあかまいませんが、それって長い話になります?」
「そうだね、ちょっと長い話になるから一緒に夕食でもどうかな?もちろん私のおごりだ」
ふむ、大槻さんのおごりか。この人結構、金払いが渋いところあるのにこう言ってくるってことは結構面倒な話だな。……面倒な話は無視したいところだけども、素材狩りの連中に嫌われながらも顔が広い人がもってくる面倒な話は無視するのも面倒そうだ。
「ま、そういうことならご相伴に預かります」
「おお、若いのに礼儀ができているねえ。ワシとしては嬉しいよ」
はっはっは、と笑いながら大槻さんの先導にしたがう。さて、どんな話になるのやら。
案内された店は、意外にも小さめのお好み焼き屋だった。ダンジョンからほど近く、表通りから一本裏に入ったような場所にあるお店。店構えはずいぶんと年季が入っているが、丁寧に掃除されていて清潔。席はほとんどがカウンター席で、店主がお好み焼きを目の前で焼いてくれる方式。プロの手際で焼かれたお好み焼きは、かりかりふわりとした食感にソースと鰹節の香ばしさがたまらない。いい店だなあ。ホントどうやってこういう店みつけてくるんだこのオッサン。
そんな感じでミックス玉と牛すじモダン焼きで腹を膨らせたところで大槻さんは本題を切り出した。
「いやあ、しかし三船君。最近調子がいいみたいじゃないか」
「ええ、まあ。稼がせてもらってます」
「うんうん、君の実力なら、本来今の稼ぎが正当なのかもしれないね」
「いやいや、新田の積載量のおかげですよ。荷物持ちって意味ではなかなか得難いスキルですね。あのスキル」
新田のスキルの内容に関しては、特に秘密にはしていなかった。というよりほかの冒険者と話すときに割と積極的にバラした。小鳥遊さんから頼まれたことも一緒に伝えれば「ああ、同年代のソロ冒険者にお目付役やらせてんだな」という事態に納得がもらえた。
「実に景気のいい話だね。うんうん。しかしね、それがちょっと問題になっていてね……」
申し訳なさそうな顔を作って、大槻さんが声のトーンを落とす。
「問題、ですか」
「ああ、君たちが素材を乱獲してると言い出す冒険者達が増えていてね……」
「……あー、そういう」
ダンジョンに潜る連中にはいくつか種類があるが、大別すると二つに分かれる。「より奥に進むもの」と「お金を稼ぐだけのもの」だ。そのうち金目当てでダンジョンに潜るものも「なるたけ貴重な素材を手に入れて一攫千金、人生の一発逆転」と「命が安全なところで必要な分だけ稼げりゃいいや」のタイプがいる。で、できるだけ安全なところで稼ぎたがる人はどういう人が多いかというと、様々な理由でまともな職業に就けなくて仕方なくやってる人になるわけで。そういう人たちの目の前で素材を大量に刈り尽くしていってると。そりゃ問題になるわ。
自分の生活費のためにダンジョン潜りやってるのでその人の気持ちは正直分かる。そんで追いつめられた人が何をするのかというと、まあだいたいろくなことにならないのもわかる。
「恨まれてますか」
「いやいや、恨むなんてそんな。冒険者というのは自己責任だからね。実力でとれる物をとって悪いわけがない。だがしかし、コレしか仕事のない人にとっては納得のいかない部分もどうしても出てくるものだよ」
それを恨まれてるっつーんじゃ。
「それに君の実力を考えれば、1階層で素材狩りに終始しているのは不相応だろう。君の実力は5階層でも通用するとワシは見ているよ?」
「持ち上げすぎですよ、それは……たあいえ、今のままの狩り場じゃ確かに問題ありますね」
「おや、そういってくれるかい。いやあ遠慮させちゃったようで悪いねえ」
何が悪いねえだ。コレが目的のくせに。とはいえ、俺もよけいな恨みを買いたくない。ダンジョンのやっかいなところは、人を殺して放っておいても魔物さんが片づけてくれるところだ。普段ならやらないことでも、追いつめられた奴はやり始める。
「しかし、ちょっと約束がありまして、新田の奴を一ヶ月、といってもあと2週間ほどですが面倒見つつ稽古付けなきゃならないんですよ。コレに関しては小鳥遊さんにも頼まれてる話なので、あいつを連れて2階層に行くってのはまだちょっと危険が大きいなと」
「おいおいおい、それじゃどうするつもりだい」
「ええ、そこでちょっと思いついたんですが……」
「さて、諸事情ありまして。今日から訓練内容、明日からの稼ぎ方法が変わります」
「諸事情?」
大槻さんとの話を終えての月曜日のダンジョン。新田を目の前にして方針変更する旨と諸々の説明をした。が、新田はどうにも納得言ってないようだ。
「あのさ、それおかしくね?」
「うん?なにがだ?」
「俺らが稼いでるから恨まれてるって話だよな?」
「ああ、その通りだ」
「そんなん逆恨みじゃんか。何でこっちが引くの。間違ってるだろ」
「まあ逆恨みってのは確かにその通り。ただ、逆恨みの方がめんどくせえんだよ」
「は?逆恨みの方がめんどくさいって、どういう」
「まっとうな恨みなら、謝罪するなり補償するなりで決着つけられるけど、逆恨みだと落としどころがないんだよ。特に今回みたいなよく知らない不特定多数から恨まれてる場合は特に」
「いや、だからって……」
「そんで俺らが知ったことかという態度とって、相手が喧嘩売ってきたとするぞ?負けたんなら死ぬだろうから心配の必要もないけど、もし勝ったらそのあとどうすんだよ。殺して死体は魔物に食わせるのか?」
「いやそれは……」
「毅然とした態度とれば突っぱねられる問題ってのもあるけどな。今回の場合相手も生活かかってるからそうもいかないし」
「だからっつって言われっぱなしっての問題あるだろ」
「なので、今回は折衷案でいきます」
「……折衷案?」
「そう、明日からの稼ぎは素材狩りじゃなくて未知領域の探索をします」
「おおっ!?ついにダンジョンを先の階層に!?」
「いえ、1階層のなかでまだ未探索部分を探っていきます」
「……あれ?1階層って未探索部分残ってるの?」
「残ってる。というか、全容すら明らかになってないぞ」
積極的に潜らない人間には意外と知られていないが、ダンジョンは1階層が割と広い。階層と言われているが巨大な建物と言うよりは一つの地域ぐらいの広さがある。現在踏破されたダンジョンの階層で最小の物が10キロ平方メートルあるというのだからほかのダンジョンも推して知るべきなのだろう。そして、基本的に階層を進んだ方が魔物が強くなり得られる素材も高価になる。となれば、上昇志向のある奴はどんどん進みそうでない奴は既知の領域で稼いで終わりとなる。わざわざ探索なんかしないわけだ。
だが、行政としては管理すべきダンジョンの不明部分はできる限り消したいという思惑がある。なので、未探索部分を調査し地図を作製するという依頼があるのだが……これが人気がない。まず割り振れる予算はだいたいにおいて、より先の階層を目指すためのクエストに割り振られ依頼料は決して高くはない。素材狩りの方が儲かる場合も多い。そして未探索領域には未知の危険、未発動の罠などがあるので危険度は素材狩りよりも跳ね上がる。より深く潜るための修行として受ける奴もいるが、修行の結果が出れば未探索部分があっても先の階層へ向かうことを優先する。
つまりあまり儲けもなく危険だけがあがる仕事を受けると言うことになる。まあ、未探索地域だからこそ未発見の魔結晶採取場みたいな物はあり得るので単純に儲けが少ないわけでもないが……。
そんな説明をつらつらとすると、新田がいつの間にか目を輝かせていた。
「つまり!冒険だな!?」
「まあ、そうかな」
「ここから俺のレジェンド伝説が始まるんだな!?」
「まだ始まってない自覚はあったのか」
「ここからド派手な活躍でいろいろモテモテで美少女と出会ったり美少女を拾ったり美少女にぶつかったり美少女にもてたりするんだな!?」
「それの保証を俺に求められても困る」
「よーしなら早速いくぞ!まだ見ぬ美少女ハーレムをこの手に!」
「今日は訓練だっての」
「なんで!!」
「新しいところいく前にさわりだけでも教えときたい技術があんだよ。今までとは危険が段違いだからな」
「おうなんだ!必殺技か!今ならどんな特訓でもできるぜ!」
「特訓、というほどのもんじゃないが……まあいつもの訓練に二つ追加する。片方は痛くてきついからな、覚悟しとけ」
「おう!覚悟ならできてるぜ!!」
この威勢のいい返事から10分後。ダンジョンに男の悲鳴が響くことになった。
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