「馬鹿になるスキル」をLV上げする馬鹿がいる
@seidou_system
第1話 毎晩、美女で満員のお風呂に入りたい!!
「新人の面倒、ですか?」
「ええ、三船君にお願いしたくて」
ダンジョン受付嬢の小鳥遊さんが困ったように言う。そんなこと言われてもなあ。
「普通そう言うの、もうチーム組んでるとこに頼むべき奴では?ソロの潜り屋に任せてもいいことないですよ?」
断ったのは単純に人付き合いめんどくさいと思ったからだけども、事実でもある。連携も報酬配分もメンタアルケアも、すでにチームを組んでるからこそ身につく技術であって、ソロの人間から学べるものじゃない。そのあたりは小鳥遊さんも知ってそうなもんだけども。
「それがね、その新人君がまだ高校生でね……」
「……え?定時制?」
「現役なのよ」
「はあ!?なんでそんなガキが!?こんなサイテー商売に!?」
「サイテー商売って、自分で言っちゃう?……ていうか、そのサイテー商売の斡旋してる私は何?」
「ダンジョン潜り屋なんて、よくて政府公認の傭兵みたいなもんじゃないですか」
ダンジョン発生から10年がたっていろいろと対策が確立してきたみたいだけども、今でもはやり死亡率は高い。そらそうだよな。魔物と殺し合いする商売だもんな。
「……まあそれは否定しづらいけども」
図星をつかれた小鳥遊さんは一瞬ひるんだが、すぐにい居佇まいを直してくる。
「まあその、そういう命の危険があるところに、見知らぬ新人を連れていきたくないって人ばっかりで……」
「あー……そういう……」
まあ確かに、チームだからこそ、よく知らないガキを迎え入れて足を引っ張られたくないってのはあるか。どんどん深層に潜りたいってチームには足手まといになるし、手頃なところで稼ぎたいってチームには頭数だけ報酬が減ることになるし。自分もそうやって断られてソロやってるクチなので理解できる。
「三船君なら浅い階層での稼ぎがほとんどでしょ?戦力として期待できなくても荷物持ちにはできると思うのよ」
「そりゃ相手が歩きキノコとかトカゲ犬程度なら、盾構えて震えてろとか言っときゃ生き残れるかもしれないですけどね」
「それに三船君と彼はクラスメイトだから、きっと仲良くできると思うの」
「今なんつったコラ」
クラス、メイト?
「そう、三船君のクラスメイトの新田野郎君って子」
「よりによってあの馬鹿かああああああ!?」
思わず頭を抱えて絶叫すると、小鳥遊さんが驚いて身をすくめる。驚かせてしまってすまない。だが、俺のせいじゃない。
「何であの馬鹿が!?いや、馬鹿だからか!馬鹿だからこんな仕事やりたがるのか!というかこういう事やりそうな馬鹿だったよド畜生!」
「……あ、あの?三船君?」
ひとしきり叫んで息が切れたところにおそるおそる小鳥遊さんが声をかけてくる。すっかりおびえさせてしまったのは悪いと思うが、職務と思ってあきらめてほしい。というかそっちの面倒見る余裕がない。息を整えてからゆっくりと答える。
「あー、えっと、申し訳ありませんがその申し出は……」
断りかけたところで、気付いた。気付いてしまった。舌の先まででかかった否定の言葉を飲み込む。苦渋ってこんな味するんだろうな。
「……引き受けます」
「ふえ?」
突如態度を変えたことに面食らったのか、小鳥遊さんが存外にかわいい声を出す。
「引き受けますんで、なんか便宜はかって下さい」
「え、ええと、うん。面倒見てくれてる間は、買い取りに色つけてあげるから……」
何かを察してくれたのか、小鳥遊さんの声には同情が混じっていた。
ダンジョン受付所のロビーには大したモノはない。狭めのフードコートぐらいの広さに机と椅子。そして数台の自動販売機と無料のウォーターサーバーがあるぐらいだ。だが、ちゃんとした椅子と机があるというのはダンジョン潜りからするとありがたいことで。浅い階層の素材狩り目当ての連中などに休憩所として使われることが日常化している。素材狩りしてここで休憩して素材狩りしてここで弁当食って素材狩りしてここで休憩して素材狩りして売って酒飲んで帰る、みたいな事をする奴もいるらしい。
休日の釣り人か。
というわけで存外人の出入りが多いこのロビーで、俺は人を待っていた。主に放課後が活動時間の俺としては、時間ロスは収入の減少につながるのでホントやめてほしいが、これも平和な生活を守るためだ。仕方ない。平和、平和はすばらしい。そう、植物のように平穏な人生こそが俺の求めるもの……。
「マジだー!!マジで三船が冒険者やってる!!スッゲー!やっぱアレ?ドラゴンたおせんの?それとも学校に秘密で動画配信してる系?それとも勇者とか目指して」
「30分遅刻だまず謝れ馬鹿野郎!!」
平和を乱す邪悪の使途に決断的脳天チョップを決めてまず黙らせる。周囲にいた潜り屋共がこちらに視線を向けるが、にらみ返すと何かを察したか視線を逸らした。静かになったならいいことだ。頭を押さえながら野郎が俺に向き直る。
「お、おおお、いきなり何を……」
「待ち合わせの予定時刻に30分遅れた事による私的制裁だ」
「それはもしかしてリンチというやつでは」
「もしかしなくてもそうだが、んなこたどうでもいいんだよ。なんで冒険者免許登録やってて30分遅刻できるんだよ」
「免許証用の写真が気に入らなくて取り直してたらいつの間にか」
「はいすらぁ!」
「痛い!」
二度目の私的制裁(今度は側頭手刀打ち)で黙らせる。割と本気で打ったが、痛いですむとは頑丈な奴だな。
「まあ、遅刻に関しての制裁はとりあえずこのあたりにして、だ」
「お、おう」
当てた部分をさすりながら新田も椅子に座る。向き直るのを待ってから口を開いた。
「まず何よりも先に言っておくことがある」
「うん?なんだ。」
「俺がダンジョン潜りをやってることを、学校で言いふらすなよ」
「え?ダメなん?」
「よくないし、知られたくない。ダンジョン潜ってるなら金持ってるだろと思われる節あるからな。妙なタカリ屋に絡まれたくない」
「ふーん?」
「ついでに言えばダンジョン潜ってるからって興味本位で話しかけてくる奴も来る」
「いいじゃん、そういうの。人気者じゃん」
「めんどくさいんだよそう言うの」
「だからぼっちなんでは?」
「好きでぼっちしてんだよ。文句あんのか」
「まあ、ないけど。じゃあとりあえず、三船が冒険者してるってばらさなきゃいいんだな?」
「ああ、新田がダンジョン潜りやってる事を言うのはかまわないが、俺のことは出すな」
「OK了解」
「んじゃ、潜るための具体的な話行くか」
そういって俺はメモ帳を出して新田に向き直った。
「さてと、潜ろうってことは、魔力適合はしてるんだよな?」
「おう!献血ついでに検査してたからやってみた!適合してた!」
「最近の赤十字は変なサービスしてるな……」
ちょっと前にアニメキャラとのコラボ企画で人権団体から抗議を受けて一悶着あったらしいが、それに懲りて変な方向に舵切ったのかな?こっちの方が問題になりそうな気もするが。
「つかそれでダンジョン潜りなんてやろうなんて思ったのか」
「おう!せっかく冒険者やれるんだから、冒険して美少女と出会って大活躍して美幼女を助けて大金を稼いで美女にモテたい!俺中心のハーレムを作りたい!毎晩、美女で満員のお風呂に入りたい!!」
「正直を悪とはいわんが、もうちょっと発言謹んでくれねえか。話が進まねえから」
「おっと、いかん。がっつきすぎるとモテないらしいからな」
テーブルの上に片足乗せてまで天高く吼えていた新田が、襟を正して座り直す。
「まあいいや、そんで免許取るときスキルの検査も受けたと思うけど、なんかあったか?魔法とかあると助かるんだが」
「おおそれだ!聞いてくれ、俺のスキルはな……」
お、こいつマジでスキル持ちか。初心者でスキル持ってんのは2割か3割程度なんだが、運が良かったな。
「[馬鹿になる]スキルだ!!」
脳が、理解を拒否する言葉ってあるんだな。どこか他人事のように思いつつ、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「……すいませんが、よく聞き取れませんでした。もう一度言っていただけますか?」
「どうした三船。言葉遣いが変だぞ」
「うるせえ。で、なんだって?馬鹿だって?」
「おう![馬鹿になる]スキルだ!」
「それ以上馬鹿になってどうすんだお前!?」
「む、どうやら三船は俺と同じ勘違いをしているみたいだな……。教えてやろう!この[馬鹿になる]スキルは確かに馬鹿になるスキルだが馬鹿になるのではなく馬鹿になるスキルなのだ!!」
「日本語をしゃべれ馬鹿野郎!!」
「だから!頭が馬鹿になるんじゃなくて!馬鹿に変身するスキルなんだよ!!」
「……もとから馬鹿野郎が馬鹿に変身してなんか意味あるのか!?」
「あー、そこからわかってないのかー。三船も人のこと馬鹿馬鹿言う割には馬鹿だなあ」
「うっわむかつく。何その上から目線」
「仕方ないなー、理解力の足りない三船にもうちょっと詳しく教えてやる」
「ほうそりゃありがたい。言葉を選んで発言しろよ」
第三の私的制裁(顎狙いの水平手刀)をいつでも放てるように構える。新田は気付かずに十分もったい付けてから言い放った。
「つまり!このスキルと使うと!上半身が馬に、下半身が鹿になるんだ!!」
「馬鹿だけでわかるか馬鹿野郎!!」
狙い澄ました手刀は、大開きの顎に吸い込まれるようにはいり、きれいに顎をはずした。
5分後、外した顎をはめ直すなどしてようやく落ち着きを取り戻したロビーで改めて話を再開する。目立ってしまったため、ほかの潜り屋連中の視線はそれなりに痛い。が、無視する。
「で、上半身が馬で下半身が鹿になるスキルでいいんだっけ?」
「おう!」
「ほぼ馬じゃねえかそれ?」
「ははは、何言ってるんだ三船。いいか、鹿には馬とは違って頭に角が生えてるんだぞ」
「いや、だって、スキル使ったら頭は馬になるんだろ?」
「そうだな」
「馬には角が生えてないだろ?」
「そうだな」
「つうことはお前が変身しても角が生えてこないことになるだろ」
「……ホントだ!?」
気付いてなかったのか…こいつ……。
「いやしかし、下半身は鹿なんだから、そこで馬とは違った持ち味を出していけると思う」
「持ち味て」
「ほらこう、しっぽがポニーテールなのが馬で、短くなってるのが鹿、みたいな」
「言いたいことはわからんでもないが、お前はそれでいいのか」
「なんでだ、ポニテ美少女最高だろうが」
「まあ、納得してるなら俺から言うことは何もないが……」
どの間違いから指摘すればいいのかわからないので、とりあえず流しておく。疲労感だけが募る。
「スキルのレベルをあげていけば、ポニテ美少女になれるかもしれんだろうが」
「なりたいんならVtuberでも始めた方が早いぞ」
とりあえず頭を切り替える。変身系のスキルか。レアスキルだが、馬になれると言われても。まあ体格が馬と同等になれば、1層ぐらいのモンスターなら筋力差で戦えはするか。問題は馬用の装備とかがないって事だよな。長続きはしないだろうが……まあ別に長続きさせる必要もないか。怯えるなり飽きるなりしてダンジョンに来なくなるなら願ったりだ。
「馬に変身って事は、武器防具のたぐいはそろえるだけ無駄だな。とりあえず今日のところは軽く潜ってダンジョンに慣れるって方向で行くか」
「ん?なんかクエストを受けたりはしないのか?」
「俺は基本的に素材狩りしかしないからな。というかソロの潜り屋にそこまでする余裕も能力もない」
「優秀じゃないとソロってつとまらないんじゃないか?」
「んなことはない。飢えた野犬1~2匹をバットで殴り殺せるなら、1層で素材狩りするぐらいはいける。ま、実際は見た方が早いだろ」
「おう!そんじゃ行くか!」
「行くか」
そういうことになった。
ダンジョン入り口はいろいろあるらしいが、ここ達川町のダンジョン入り口は雑居ビル地下の店舗入り口がそのままダンジョンの扉になっている。その扉を開いて、潜り屋の一団が姿を現す。ゲームめいた武器防具に身を包んだ、いかにもな冒険者集団だ。だいぶんくたびれているようなので狭い階段を譲る。「お疲れさまです」と軽く会釈をして通り過ぎるのをまとうとしたら、向こうの方から声をかけてきた。
「おや、三船君。今日はソロじゃないのかい?」
「初心者の面倒見るように小鳥遊さんに頼まれまして」
「君がそういう頼みごと受けるなんて意外だな」
「まあ、ちょっとした事情がありまして。ほら新田、お前も挨拶しろよ」
「はじめまして!新田野郎です!大もうけしてハーレム作るために冒険者始めました!」
うっわあ。馬鹿さがすがすがしい。
「こりゃまた凄い新人がでたもんだなあ」「やる気があるようでいんじゃない?」「若いっていいなあ」「まあがんばって俺たちに追いついてみな」「命だけは大事にしとけよ」……
そんな軽い挨拶を交わして彼らを見送り、今度は俺たちが階段を下りる。その短い時間に、新田が話しかけてきた。
「なあ、ホントに俺の装備これでいいのか?」
そういった新田の装備は、上下が学校指定のジャージで足はスニーカー、手には軍手、と言った次第だ。対して俺の装備は工事用ライト付きヘルメット、登山用バックパックに、これも登山用のポケットの多いベスト。服はホームセンターで売ってる3着いくらの作業服。そして安全靴だった。
「ん?まあ今日のところはお前が戦うことはないと思うから、むしろ逃げやすい格好の方がいいだろ。制服が破れたら割と困るけど、ジャージなら安く買えるし」
「え?戦わないの?」
「基本的に、今日は戦闘のたぐいは俺がやる。今日の主な目的はお前のスキルの性能の確認と、できれば殺し合いの現場の空気を実感してもらうことだからな。納得できなくてもとりあえず今日は先輩命令ってことで従ってもらう」
「ふうん?まあそういうことなら」
新田は理解してないようだが、というか、あまりこれを理解してる奴は少ないが、生き物を平気で殺せる奴ってのは存外に少ない。生きてる魚に包丁入れて捌くだけでも、できるやつとできない奴がいる。まして、それが生きてる人型の動物なら?それがこっちを殺そうと向かってきていたら?現代で普通に生きてきた奴は、ほぼ間違いなく立ちすくむ。喧嘩慣れした不良や格闘技経験者なんかはちょっとはマシだが、それでも殺し合いの空気に飲まれて動けなくなる奴はいる。そういうのは、やっかいなことに事前にはわからない。実際に放り込んでみるしかない。
一応、安全な状態でこの手の度胸つける方法はあるんだが。俺としては新田に潜り屋やめてもらった方が楽なのでわざわざそれをする気もない。だいたいアレは犯罪だしな。
そんなやりとりをしている内にダンジョンにはいる。現代的な階段を下りた先の扉をくぐると、そこはいつも通り石畳の廊下になっていた。通路の途中途中に松明がかけられ、ほの暗く通路を照らしている。
「おおー、いかにもダンジョンって感じだな」
「まあ、このあたりはな。深く潜っていくと変わってくるそうだが、それよか、ほれ」
そういって長さ1メートル、直径3センチほどの棒を手渡す。
「……なにこれ?」
「何って、棒だが」
「いや、お前さっきまでこんな棒持ってたっけ?」
「あ、言ってなかったか。スキルで作った」
「お前スキルつかえんの?」
「ああ魔力を固めて棒を作るしかできないスキルだけどな。頑丈さも材木程度だ」
そういって自分の分の棒(こっちは2メートルぐらい)も作る。重さと堅さは材木程度だが、外見は艶のないゴムかプラスチックに見える。というよりそう見えるように作っている。やろうと思えば色ぐらいは変えられるが、道具として使うモノはこの外観に統一していた。
「なんつうか地味だなー。もっとこう、ビームとか炎とか雷とかビームとかそういうのでるスキルないの?そういう動画見たぜ?」
「そういうの使える奴はいるが、少なくとも俺のスキルはこれしかない。あと回復魔法もないから怪我とかするなよ。お前に渡した棒は魔物が近寄ってきたときにめちゃめちゃに振り回して近寄る気をなくさせる為のもんだからな」
「武器ですらないのか……。まあ俺の記念すべき最初の武器が棒ってのもアレだからいいけども」
「うし、納得できたところで移動すんぞ」
1層はかなりの部分が踏破され、2層に続く道はほぼ安全なルートが確立されている。そのため目的の場所につくにはそれほど危険はなかった。
「まあこの辺かな」
「ん?そろそろモンスターが出るのか?」
「いや、逆。この辺は探索され尽くしてモンスターも罠もないところ」
「あれ?殺し合いの空気云々ってのは?」
「それより先にスキルの確認って言ったろ。とりあえず服脱げ」
「うぇっ!?お前、もしかして……」
「男の体には興味ねえよ!変身して服が破れたら取り返しがつかないから脱げって言ってんだよ!破れてもいいなら着とけ!」
「お、おう……」
こうして、スキル検証会が始まった。あれこれ1時間ほどかけて試してわかったことは、以下の通り。
・変身するのには意識を集中し始めてから5~10秒ほどかかる。魔力か体力を消費するのか、疲れる。
・大きさはやはり馬程度。つまり、高さ2メートル近く、体長2メートル半ほど。
・体格にあわせて重量も増えているようだ(400~500キログラムほど?重量計がないので不明)。
・上半身の毛色は黒。下半身は茶色に白の斑点。
・体が膨れ上がるように変身するので、服は破れる。
・特に動きに支障はない。が、関節構造を越えた動きはできない。日本語もしゃべれる。
・視界が広くて高い。馬だし。
・変身を解くこともできる。これも5~10秒ほどかかる。
・変身状態の維持は疲労しないらしい。30分ほど変身して歩いてみたが問題なし。
・軽く走ってみたが、馬と同等程度には早そう。ただしダンジョンが狭いため全力疾走時の速度は不明。要検証
・草を食うかどうかは不明。要検証
「とまあ、現段階ではこんなもんか」
結果をメモに箇条書きにまとめる。新田は人間の姿に戻ってジャージに着替えていた。
「ういー、でもこの検証って意味あるのか?」
「知っておかないといざ使おうって時に当てが外れる場合がある。たとえば人間と同じサイズの、お前だったら体重60キログラム程度の馬になったとして、普通の野生馬とはぜんぜん戦闘力が違うからな」
「そんなもん?」
「これはおおざっぱな話になるんだが」
前置きをして壁に背中を預ける。いろいろ試したせいで肉体的にはともかく神経はかなり疲れた。
「体重差ってのは筋肉の総量に比例し、筋肉の総量はHPと攻撃力に比例すると考えろ」
「お、おう?」
「つまり体重が2倍になればHPと攻撃力が2倍になる。両方が2倍になるってことは、戦力としては4倍だ」
「お、おお!つええ!!」
「つうわけで、仮に60キログラムの馬と300キログラムの馬とでは、体重が5倍差なので25倍の戦力差があることになる。もちろんこれは大ざっぱに単純化した話であって、実際はもっといろんな要素が絡むけどな」
「いやでも、普段の俺より25倍強いんだろ?最強じゃん!」
「んなわきゃねー。普段のお前より100倍強い魔物が居たら普通に負ける。武器も防具も使えないから槍とかでちくちくされたら普通に負ける。普段のお前と同じぐらいの5匹に囲まれたら普通に負ける」
「……そんなに負ける?」
「1層の敵は人間より下か同じぐらいの体格の魔物がせいぜいだから、変身した状態で暴れればまあ結構勝てると思うよ。ただ、攻撃手段が蹄か体当たりだろ?戦う度に負傷して消耗が激しくなるし、馬鹿の姿じゃヒールポーション取り出して飲めないからな。一度勝てても後が続かない」
ポケットから出したドリンク剤のような小瓶を見せる。大手製薬メーカーの作る一番やすいヒールポーション。落として割れないようにボトル缶。打ち身、擦り傷ぐらいならすぐ治る。これが一本三万円なり。高いと見るか安いと見るか。
「戦闘終わって治すにしても、ヒールポーション頼みになるからな。正直ソロだと採算あわないと思うぞ」
「うーん、すると回復魔法を覚えるしかないのか……」
「あれも才能ないと難しいらしいからな。ちなみに俺は無理だった。一番可能性があるのは回復魔法持ちのチームに入ることだけども」
「おお!そんな手があるのか!!」
「コネもないのに[馬鹿になる]スキルしかない初心者が入れるチームがあるかというと、ないだろーなー」
「おおおお!神様!何故俺にこのような艱難辛苦を!?いったい俺が何をしたというのか!?」
「艱難辛苦じゃなくて、お前には才能ないからやめとけっていう慈悲の類じゃねえかなあ」
「うおおおおーーん!結局世の中生まれ持った才能がすべてと……あれ?」
大げさに泣きわめいていた馬鹿が、何かに気付いたように俺の方に振り向く。
「なあ、三船。お前のスキルって黒い棒を出すだけなんだよな?ほかに魔法もないんだよな?」
「ああ、それがどうした?」
「……なんでそれで冒険者続けてられるんだ?」
……イヤなところに気付きやがったなこいつ。
「まあ、1層ぐらいの魔物ならスキルで作った棒で殴れば倒せるからな。素材狩りぐらいなら何とかやってける」
「そうか!つまりスキルを使わなくても、武器で戦えばいいのか!!そうかそうか、人間ファイター俺のハーレム無双すりゃいいんだな!!」
「戦士っていうけどさあ……お前、格闘技とか武術の経験あんのか?」
「いや、ないけど……」
「あったとして、ダンジョン用の武器防具の値段知ってんのか?ショートソードで10万近く。ロングソードで15万だぞ?すでに聞いてるとは思うが一応言っとくぞ。ダンジョンの外から鉈とか持ち込んでも意味ねえからな?」
「えっ!?ないの!?」
「魔力のこもった武器じゃなきゃ意味ねえって免許取るときの講習で言ってただろ!!それができてりゃとっくに軍隊がダンジョン踏破しとるわ!!」
「そ、そんなことを言ってた気がする!!」
ちなみに最低限の布鎧でも5万円。戦士始めるなら着ておきたいチェインメイルで45万円。ダンジョン由来の素材を使用するからとは言え、このお値段である。気軽に始められる初期投資の値段ではないが。なので、追いつめられた債務者が防具もつけずにナイフだけもってトカゲ犬あたりに挑み、返り討ちにあうという話が月に一度は聞かれるわけだ。
「まあ、あれだ。向いてないし始められないってことがわかったんならすっぱりダンジョン潜りはあきらめて勉強なりスポーツなりで学内でモテる努力をしたほうがいいって」
「無理だー!チビデブブサオタがモテるなんて、勉強でもスポーツでも芸術でもなく経済力しかないじゃないかーっ!!!ダンジョンで一旗揚げる以外に方法なんかねー!!」
「イヤな現実を叫ぶなよ……」
おもちゃ売場でだだをこねる子供と同じように転がりながらジタバタする新田。実際のところ経済力だけあってもタカリに会うだけでモテるのとは別だと思うが。そんな風に思っていると、いつの間にか新田が静かになり、俺に向かって土下座していた。
「三船様。恐れながらお頼みしたいことが」
「……なにかな?」
「三船様はどうやらおひとりでもダンジョンに潜りつつ素材を狩れる猛者のご様子」
「いやー、底辺の底辺だよー。尊敬に値しないよー」
「そこでこの新田野郎に、学びの機会をいただけないでしょうか」
「いやー、俺の棒を出すスキルはユニークスキルだからなー。教えようないなー」
「機会をいただければ荷物持ちでも料理番でも囮でも夜伽でもいたしましょう」
「夜伽はマジでやめろマジで」
「機会をいただけず、冒険者の道をあきらめるのであればこの新田野郎。今宵の武勇伝をクラスの皆様方に喧伝いたす所存」
「―っ!」
こ、こいつ……!こんな時だけ知恵が回りやがる!
「なにとぞ!なにとぞ機会を!!なにとぞ!なにとぞ!!」
「ぐぬぬ……」
頭の中にはいろいろな可能性がよぎる。クラスにバラされて面倒が増える可能性。こいつを連れ回して面倒が増える可能性。そしてこいつが俺の忠告を聞かずにダンジョンに挑む可能性……。ん?あれ?それが一番やばくないか?もしそれで新田が死んだら、新田の家族に「どうして止めなかったんですか!?」みたいな八つ当たりの訴訟される可能性が。無関係?確かにそうだ。ダンジョン潜りは自己責任だ。自己責任のはずだが。クラスバレした上でこいつが勝手に死んだとき、その責任をとらされるのは、最後に関わった俺なのでは?
…………仕方ない、か。
「一ヶ月だ」
はっとして新田が顔を上げる。
「一ヶ月、俺の荷物持ちの代わりにダンジョン潜りの訓練見てやる。それでダメならあきらめろ」
「いいいいやったああああああああ!!!」
喜ぶ奴の姿を見ながら、俺は苦虫を噛み潰した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます