第59話「きっかけ」
カップを持っていくと子供たち三人は早速白雪先輩指導の元、それぞれラテアートを作り始めた。
先輩は自分のスマホで子供たちが大好きなかわいらしいキャラの画像を出してあげて、どうやって作ればいいのかを教えている。
ここで白雪先輩がやり手だと思ったのは、先輩は自分の膝の上にまなを座らせていて、両隣に一年生二人組を座らせるようにしている事。
そして、作り方を教えながらみんなに話題を振り、まなが他の子たちと会話をせざるを得ない状況に持っていっている事だ。
最初は他の子たちを気にしてあまり喋らなかったまなだけど、ラテアートを作るのが楽しくて気持ちが高揚しているのか、段々と他の子たちとも話すようになっていた。
元々歳が近い分話しやすい相手ではあるのだろうけど、あのまながこんなふうに話すとは思わなかった。
だけど、これは大きな進歩だ。
まなはこの一年生二人組ともろくに喋る事はなかったからね。
一緒に作る事が楽しいのか、自分から話しかけてもいるので本当に凄いと思う。
ニコッ――。
まなたちを見つめていると、目が合った白雪先輩が俺に対して笑みを浮かべてきた。
幼女たちに囲まれて幸せなのかかなりご機嫌のご様子。
それに比べて……春野先輩はなんだか拗ねているようだった。
一人黙々と、俺が飲んでいたカップにラテアートを作っている。
まなを白雪先輩に取られてご機嫌斜めのようだ。
「先輩は何を作っているんですか?」
ほっとくわけにもいかず声を掛けると、頬をかわいらしくプクッと膨らませた春野先輩が俺の顔を見上げてくる。
ここには他の生徒たちもいるのに、この人は素を見せていて大丈夫なのかな?
「冬月君作ってる……」
「俺をですか?」
見れば、春野先輩のカップには人の顔らしきものが描かれていた。
しかし、ちょっとぐちゃっとなっててお世辞にも俺には見えない。
「ぐちゃってなって難しい……」
「初めてなのに人の顔は挑戦しすぎましたね。あの子たちみたいに簡単なキャラものでやったほうがいいですよ」
初心者が簡単にできるほどラテアートは甘い物ではない。
白雪先輩がチョイスしたように簡単なイラストで挑戦するべきだ。
でも、春野先輩はそれだと納得がいかないらしい。
「描きたい……」
「う~ん、じゃあ、一緒にやってみましょうか。ただ、俺の顔は恥ずかしいので白雪先輩の顔でいきましょう」
そう言った途端、白雪先輩のいる位置から殺気のような気配を感じたけど、俺は気づかないふりをして春野先輩の手に自分の手を添えた。
自分の顔を自分で描くのは嫌だし、それは春野先輩も同じだろう。
だからといって先程のようにキャラものだと認めてもらえないようなので、仲のいい白雪先輩の顔を提案したというわけだ。
春野先輩も白雪先輩の顔なら文句はないのか、コクコクと嬉しそうに頷いたので俺たちはそのまま二人で白雪先輩の顔を描き始めた。
気になるのは、周りにいる女生徒たちが凄く高い黄色い声をあげた事なのだけど、白雪先輩が連れてきた人たちは随分と元気がいいらしい。
もう子供たちも結構食べたから、お手伝いさんたちもみんな食事に入っているはずなのになんだかこちらに視線を感じる気がするし……。
「冬月君?」
「あぁ、すみません。じゃあ描いていきましょうか」
周りの視線が少し気になったけど、春野先輩が俺の顔を見上げてきたので俺はラテアートに集中する事にした。
――それから俺たちが白雪先輩の顔を描き終えるとほぼ同じタイミングで、子供たちのほうもラテアートが完成したらしい。
俺は春野先輩の手を放してまなたちのカップを覗きこむ。
その際に春野先輩がなんだか名残惜しそうな声を出したのだけど、まだラテアートを描きたかったのかもしれない。
ただ、まなたちを放っておくわけにもいかないため、俺は先輩に謝った後再度まなたちのカップを覗き込んだ。
三人が作った物は全員同じイラストなのだけど、やはりそれぞれ出来具合にはばらつきがある。
歳から考えると十分上手にできているのだけど、先程まで白雪先輩のラテアートを見ていたからかどうしても見栄えは落ちているに見えてしまう。
小学一年生二人組はそんな事は気にしていないのだけど、まなだけはそれが気になったようでぷくっと頬を膨らませていた。
上手にできなかった事が気に入らなかったらしい。
フォローをしたほうがいいな、そう思った俺は口を開こうとする。
しかし、白雪先輩のアイコンタクトによってそれは止められた。
余計な事をするなとでも言いたげな目だ。
「むぅ……」
頬を膨らませているまなは、物言いたげな目で俺の顔を見上げる。
もう一度やらせろとでも言いたげな目だ。
だけど――。
「まなちゃんじょうず~!」
「すご~い!」
一年生二人組があげた声により、まなの表情が変わる。
確かに三人の中では一番幼いまなが一番上手にできていた。
理由はまなのセンスというよりも、白雪先輩が一番フォローしていたからだろう。
正面にいるまなにどうしてもフォローが偏るのは仕方ないけど、おそらく白雪先輩はわざと他の二人が不満を覚えない程度にまなをフォローしていたはずだ。
じゃないと白雪先輩のような完璧主義者のような人が、誰か一人に肩入れして教える事などしないだろうからね。
「じょう、ず……?」
まなは言われた言葉に対して小首を傾げて尋ねる。
すると、一年生二人は目を輝かせてコクコクと頷いた。
純粋な子は本当に素晴らしいと思う。
そしてその様子からまなはおだてられているんじゃなく、本当にそう思ってもらえているんだと理解した。
だから嬉しそうに頬を緩める。
「んっ、じょう、ず」
そしてまなも、他の二人のラテアートも上手だと褒める。
あのまなが誰かを褒めるところなんて初めて見た。
まなが変わってきている証だ。
その様子を見て白雪先輩はまなを膝からおろし、三人だけで会話を始めさせる。
三人ともラテアートの話題に夢中なようで、白雪先輩が離れた事に関して特に気にしていないようだった。
後ははしゃいでこぼさないようにだけは気を遣っておいたほうがいいだろう。
「きっかけは作れたわ。後はあの二人と話しているうちに段々と友達を増やしていけると思う」
まなたちの様子を満足げに見ながら頬を緩ませる白雪先輩。
俺も彼女に同感だった。
今までまなは俺や春野先輩以外にはそもそも関心を示そうとしなかった。
関心を示そうとしなければ仲良くなれるはずもない。
だけどまなは今一年生二人組にもちゃんと興味を持っている。
このままこの二人と仲良くなれば、そこを拠点に交遊関係は広がっていくだろう。
「これなら、美優さんとも仲良くしてもらえるかな?」
「それは多分難しいんじゃないかしら」
「えっ?」
何気なく呟いた独り言だったのだけど、その独り言を聞いていた白雪先輩がなぜか首を横に振った。
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