第60話「爆弾発言」
「どうしてですか?」
「美琴から聞いただけなんだけど、まなちゃんって冬月君が料理を作ってる姿をいつも大人しく座って眺めているのよね?」
「えぇ、そうですね」
今までで例外はなく、まなはずっとそうしてきた。
飽きないのかな、と思って聞いた事もあるけど、まなはあそこに座っていたいらしい。
「多分それがまなちゃんの楽しみだったんだと思う。冬月君が一人で料理する姿を眺める事がね。でも、夏目さんが来た時は夏目さんと一緒に料理をしてるんでしょ?」
「そうですね、美優さんがいつも手伝ってくれてます」
「それを見てまなちゃんは、夏目さんにあなたを盗られたと思ったんじゃないかしら? そして自分の楽しみを邪魔されてるって。幼い子供って思い込みが激しいから、そこから美優さんの事が気に入らなくなったのかも」
まさかそんな事は……と思ったけど、確かに美優さんと一緒に来て料理を作った後のまなは機嫌が悪かった気がする。
いつもなら好き嫌いをしないのに、美優さんが作った物に関してはピンポイントで食べる事を拒否していた。
その日は食べたい気分じゃないのかな、と思っていたのだけど、つまりそういう事だったらしい。
「どうしてそんな事がわかったんですか?」
率直な疑問。
ここまでまなの事を理解した行動を見せられれば誰だって気になるだろう。
「…………」
しかし先輩は話したくないのか、渋った表情を俺に向ける。
そんな嫌そうな顔をしなくてもいいのに、と思わざるを得ない表情だ。
「昔の私がそうだったから、よ。昔の私はまなちゃんによく似た子供だった、ただそれだけの話」
嫌そうにしながらも発せられた言葉は、不思議と納得がいくものだった。
確かに見た目は違えど、まなと白雪先輩の雰囲気は結構似ている。
幼かった頃の白雪先輩がまなと同じような子だったとしても不思議じゃない。
先輩はそれ以上言うつもりがないようでそっぽを向いてしまった。
俺が彼女と親しければ幼かった時の事ももっと教えてくれたのだろう。
白雪先輩がどこでラテアートを覚えたのかなど気になるけど、それはいつか教えてもらえる時がくれば幸運ぐらいに考えておいたほうが良さそうだ。
まぁそれはそうと、幼かった頃の白雪先輩に似ていたという事はまなも将来今の白雪先輩みたいになるかもしれないのか。
男嫌いになられると困るけど、白雪先輩に似るなら将来が楽しみかもしれない。
この人はしっかりしていて本当に頼りになる人だと思うからね。
「それでしたら、美優さんとまなを仲良くしようと思ったらどうしたらいいのでしょうか?」
「まずは他の子たちと仲良くなってから、そこでちゃんと言葉で説明したらいいんじゃないかしら? 家族以外の人に警戒しなくなれば、きっと夏目さんの事も敵対視しなくなると思うわよ。まなちゃんは賢いみたいだからね。もちろん、冬月君の説明の仕方が悪かったら更なる誤解を生むでしょうけど」
「なんで最後プレッシャーをかけてきたんですか……?」
「何も考えずに説明をしたら駄目っていう忠告だからよ」
つまり、余計な事とか誤解を生むような言葉は使うなというわけか。
なんで素直にそう言ってくれないんだろう?
この人はいわゆるツンデレでもあるのかな?
「ふふ、先程言ったばかりなのにすぐに顔に出すなんて……喧嘩を売ってるなら買うわよ?」
白雪先輩の事を心の中でだけツンデレ扱いしていると、ドスが効いた声でとても素敵な笑顔を向けられた。
女の人の笑顔ってどうしてこんなにも怖いんだろう。
俺はブンブンと首を横に振って、喧嘩を売っていないと主張をした。
すると先輩は溜め息をついて今度は春野先輩に視線を向ける。
なんだかもうお前には用がないとでも言われたようだった。
「美琴、今日は他の子たちもいるのだからだらしない笑顔をやめなさい。あなたが今まで築き上げた物を一夜で全て失うわよ」
白雪先輩は優しく春野先輩の頬を叩きながらこちらの世界に呼び戻す。
ふにゃあっとだらしない笑顔をしていたから仕方ないのだけど、頬じゃなくて肩でよかったんじゃないのかな、と思った。
それにだらしない笑顔といっても、春野先輩の場合幼く見えるとてもかわいい笑顔だし、正直個人的には好きだ。
だけど春野先輩は、高嶺の花と呼ばれる生徒たちから憧れるような先輩でいたいようだから、そんな人が見せていい笑顔ではないという事なのだろう。
「だ、大丈夫。私はちゃんとしてる」
「今まで脳内が冬月君に埋め尽くされていたくせにどの口が言うのよ」
「むぅ、ふぶきは最近本当に冷たいよ……! あっ――もしかして嫉妬してるの?」
春野先輩は文句を言ってる途中で何かを閃いたような顔をしたと思ったら、とんでもない爆弾発言をした。
俺はそっとこの場を離れたくけど、まなたちはまだ楽しそうに話をしているし、かわいい彼女である春野先輩を放っておくわけにもいかず、仕方なく全てを諦めてその場に残った。
「だ、れ、が、嫉妬してるって……?」
「い、いひゃい……! ひょひょをひっぱたらいひゃいよ……!」
ニコニコの素敵な笑顔をした白雪先輩に両頬を引っ張られる春野先輩。
それでもかわいい顔になっているのは元が美少女だからだろうか。
春野先輩は涙目で俺に助けを求めてくるけど、今回の場合は春野先輩が完全に悪いので助けていいのかどうか悩む。
だけどやっぱり先輩がかわいそうなので白雪先輩を止める事にした。
「白雪先輩、春野先輩には悪気がないので……」
「この場合、悪気がないほうが問題じゃないの?」
ごもっともです。
「言いたい事はわかりますけど……子供たちも見てますから、ね?」
俺がそう言うと、ハッとしたように白雪先輩が子供たちのほうを見る。
すると子供たちはバッチリとこちらを見ていた。
こういう時の子供たちはめざといからね。
しかし、てっきり白雪先輩を怖がると思ったのだけど、まなたちは予想外の行動をとり始めた。
というか、まなが予想外の行動をとったのだ。
それは――隣にいる一年生二人組のうち、片方の両頬を急に引っ張り始めたという事。
きゃっきゃっと楽しそうにまなは頬を引っ張っている。
まるで新しいおもちゃができたとでも喜んでいるかのようだ。
……まぁ力が弱いから引っ張られているほうは痛くないようだけどね。
それどころか、今まで遊べなかったまながこんな事をしてきたのが嬉しかったのか、一年生二人組は両方とも楽しそうに笑っていた。
だからより三人が仲良くなっているようでよかったのだけど、これは覚えてほしくない遊びだ。
今度駄目だという事を教えておかないと、俺の頬や春野先輩の頬も餌食になるだろう。
白雪先輩は大人げない事をしたと呟いて、春野先輩の頬から両手を放した。
「ふぶきは酷いよ、もう……!」
「春野先輩は素の時でももう少し言葉を選びましょうね。いつも取り繕ってるせいか、素のあなたはちょっと発言が危なすぎます」
「ふ、冬月君がふぶきの肩を持った……!」
優しく注意をすると、かなりショックを受けた表情をされてしまった。
白雪先輩ではなく自分の味方をしてくれると思っていたんだろう。
確かに俺は基本春野先輩の肩を持つけど、彼女が間違っている時はちゃんと注意をする。
……そう考えれば、全然俺はバカップルじゃないよね?
なのにどうしてみんなからバカップルと言われるんだろうか?
少し納得いかないと思う俺だった。
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