第56話「ロリコン」
まぁ実際のところを言うと、先程の拗ね方は普段まなが俺にする時の拗ね方だ。
怒ってはいるけど、そこまで怒ってなくて拗ねている時に見せる態度。
そういう時まなは、許してほしかったら甘やかせという態度を見せるのだ。
つまり、甘やかしさえすればまなの機嫌はすぐに直る。
素っ気なく見えるけど根は甘えん坊だからね、この子は。
俺は甘えん坊のかわいい妹の機嫌が直った事でホッと息を吐く。
しかし、どうやらまだ休ませてはもらえないようだ。
「――ねぇねぇ、なんでまなちゃんだけおだんじょうびかいおおきいの?」
「またまなちゃんだけひいき?」
服の袖をクイクイと引っ張られたと思ったら、白雪先輩にくっついていた小学一年生の二人組が小首を傾げていた。
盛大にお誕生日を祝ってもらえているまなが羨ましいんだろう。
当たり前の反応だ。
「これからはちゃんとみんなの誕生日をこんなふうに祝うんだよ。ね、優君?」
俺が答えようとすると、いつの間にか復活した美優さんが子供たちの頭を撫でながらまなだけをひいきしているわけじゃないと説明をしてくれた。
ここでまなだけをひいきしていると言うわけにはいかない。
そんな事を言ったリすれば、まなは完全にこの孤児院で浮いてしまうからだ。
しかし、このパーティとも呼べるような規模のお誕生日会を、施設の子たちの数だけ行えるのか?
いくら料理関係は自分たちで用意していると言っても、材料費はかかるし、お店の人たちへの手当てもかかる。
ましてや今は夏なのだから熱中症にならないよう夕方からお誕生日会を始めているため、暗くなってからは光があるようにナイター設備も用意していた。
正直子供の誕生日会でかけるべきではない額がかけられているんだ。
本当に大丈夫なのかな?
「こら、君が心配そうな顔をしたら子供たちが心配するでしょ?」
俺は顔に出してしまっていたのか、服を引っ張られて顔を美優さんの元まで持っていかれると、子供たちに聞こえないよう耳打ちをされた。
そして美優さんはビデオカメラを俺に見せてくる。
それで彼女が何を考えているのかわかった。
この人は誕生日会の光景を動画として配信するつもりなのだ。
そうすれば材料費などは必要経費で落とせるし、ここで作られている芸術とも呼べる料理たちで広告収益も見込める。
本当に料理だけではなく、お金稼ぎにも才能があるようだ、彼女は。
もちろん、子供たちの顔にはモザイクをするか、そもそも映らないように編集するだろう。
子供たちは自分たちの時もこんなふうに祝ってもらえると聞いて満足したのか、再び白雪先輩の腰にしがみつき始める。
普段なら美優さんに抱き着くのに、珍しい態度だ。
白雪先輩が初めて来ている人だからというわけでもないだろう。
春野先輩の時は近寄ろうとすらしなかったのだから。
「もしかして子供に好かれるんですか?」
俺は寂しそうな美優さんを横目に、気になったので白雪先輩に直接訪ねてみる。
すると、白雪先輩は子供たちの頭を優しく撫でて口を開いた。
「女の子限定だけどね」
つまり、幼い女の子には好かれるというわけだ。
本当に意外だと思う。
「それよりも目的、忘れてないでしょうね?」
今度は白雪先輩が俺に耳打ちをしてきた。
男嫌いであるこの人がこんな事を俺にしてくるのは意外だったけど、間違ってもまなに聞かれるわけにいかないから仕方ないのだろう。
「忘れてはないのですけど――」
「――っ!」
同じように白雪先輩の耳元に口を寄せて返事をしようとした途端、白雪先輩の体がビクッと震えた。
そしてなぜか頬にほんのりと赤みがさしており、凄く不機嫌そうな目で睨まれる。
「えっと……?」
「くすぐったいじゃない。思いっきり耳に息がかかった」
「あっ、す、すみません」
どうやら俺の息がかかってくすぐったかったから睨まれたようだ。
こんな事中々しないから距離感なんてつかめないんだよね。
「えっと、それで……さっきの事があったんで、どうしたらいいのかわからないんですよ」
俺は先程の事を反省し、先輩から少しだけ距離を離して現状が手詰まりの事を伝えた。
その間春野先輩はまなのご機嫌取りをしてくれているようで、会話に参加する気配はない。
美優さんはとぼとぼと一人で何処かに行ってしまったのだけど、後でこちらもフォローをしておかないといけないだろう。
あれ?
そういえば翔太はどこにいるんだろう?
先程から何処にも姿が見えないな。
白雪先輩が来るという事は伝えてないし、翔太からもちゃんと参加すると聞いていたんだけどな。
「そう……」
翔太の姿を探していると、話を聞いた先輩が春野先輩の腕の中で満足そうに頬を緩ませているまなに視線を向ける。
まなはすりすりと春野先輩の胸に頬を擦り付けて甘えん坊モード全開だった。
春野先輩を母親に重ねているのかもしれない。
「話には聞いていたけど、本当に将来が楽しみになるくらいかわいい子ね。冬月君の妹さんとは思えないわ」
「あの、最後の一言いりました?」
「それで、どれだけ甘やかそうと冬月君と美琴以外には懐かない、と。なるほどね……」
うん、普通に流された。
この人は実にいいお耳をお持ちのようだ。
白雪先輩はまなから視線を外すと、今度は自分にくっついている子たちに視線を向ける。
すると子供たちはかまってもらえると思ったのか、目を輝かせた。
本当に随分と懐かれているようだ。
いったい何をしたらこんな短時間で懐かれるのか。
先輩がただ綺麗という事だけじゃないと思うけど……。
「ねぇ、冬月君」
「はい?」
「あの子の事、私に任せてもらえないかしら?」
実に意外な言葉だった。
見た感じかなり面倒ごとが嫌いそうなのに、まさか自分から首を突っ込んでくるとは。
「あなたもう少し顔に出すのをやめなさいよ? 考えている事丸わかりだから」
白雪先輩の態度を意外に思っていると、かなりのジト目を向けられてしまった。
どうやら俺は顔に出てしまうタイプらしい。
「す、すみません……」
「ふふ、まぁいいけど。素直な子は嫌いじゃないわ。じゃっ、行ってくるわね」
あれ……?
白雪先輩が俺に微笑んだ?
しかも鼻歌まで歌っているし、かなりご機嫌のご様子だ。
まなを任されてから態度が一変したように見える。
まさか先輩――ロリコンだった!?
「後でしばく」
「すみませんでした……!」
どうやらまた俺は顔に出していたようで、恐怖を感じざるを得ない目を向けられたため即座に頭を下げるのだった。
――でも、小学一年生二人組や、まな、それに美優さんに向ける目はとても優しい。
絶対子供好きだと思った。
……美優さんを一緒に扱った事がばれたらまた怒られそうだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます