第57話「やきもち焼きな彼女」

「まなちゃん、こっちも食べる?」

「むっ……」


 白雪先輩は近くにあったオレンジで彩られたショートケーキをまなに差し出す。

 まなは家族以外の人間が近付いてきた事に不機嫌な様子を見せるけど、先輩の手にあるショートケーキを目にして視線がそちらに釘付けになっていた。

 そういえば、まなはフルーツ系はどれも好きだけどその中でもみかんが大好きだった。

 オレンジとみかんではまた少し違うのだけど、先程のオレンジタルトはおいしそうに食べきっている。

 だから先輩はオレンジのショートケーキを持って行ったのかもしれない。

 ケーキの形は違えど、味は近しいものだからまなが気に入ると思ったんだろう。

 

 しかし、ここからどうするつもりなんだ?

 今のまなは先輩の事を警戒している。

 下手に頭を撫でてご機嫌を取ろうとすれば逆効果だし、とはいってもケーキで釣ろうとしてもあげた後は素っ気なくされるだけだ。

 

「ほしい?」

「んっ」


 先輩は首を傾げてまなの前でケーキを左右に振ると、まなはそれを視線で追いながらコクリと頷く。

 そして春野先輩の手をペチペチと優しめに叩いて白雪先輩から受け取るように指示をした。

 

 しかし――。

 

「じゃ、あっちで食べようか?」


 白雪先輩は春野先輩が受け取ろうとした瞬間にヒュイッと皿を引いて渡さなかった。

 それにはまなだけでなく春野先輩もプクッと頬を膨らませる。

 先輩がもらうわけでもなかったのに、目の前でお預けを喰らった気分になったらしい。

 

「むぅ! むぅ!」

「ふぶき、いじわるしたらだめだよ!」


 プリプリと怒る子供ふた――幼女と、先輩。

 二人は白雪先輩にケーキを渡せと抗議をし始めた。


 おそらく白雪先輩の中ではまなの反応は予想通りだったのだろう。

 だけど春野先輩の反応は予想外だったのか、『どうしてあなたまで一緒になってるのよ』とでも言いたげな目で春野先輩の顔を見つめていた。


 しかし相手をするつもりはないのか、まなに向かって優しい笑みを浮かべる。

 

「椅子に座って食べるだけだよ。立って食べるのは行儀が悪いからね」


 まるで女神かと思うほどの素敵な笑顔。

 あんな笑顔を白雪先輩がするとは思わなかった。

 これがギャップ萌えという奴なのか。

 白雪先輩の顔が見える位置にいた、先輩が連れてきた女の子たちが歓声を上げて喜んでいた。

 どうやら彼女たちは先輩の追っかけらしい。

 

 見れば同じクラスの子もいるのだけど、連れてきているのは三年生だけじゃなかったのか。

 確かに信用できる人間と聞いていただけで、同級生とは言ってなかったけど……。

 クラスで変な噂を立てられないか心配だね。

 

 俺はクラスメイトの姿があった事に不安を覚えるけど、行儀に関しては理解があるまなが白雪先輩に付いて行く意思を見せたため、俺も五人の後をついて移動をした。

 

 開いていたテーブルに着くと、白雪先輩はまず小学一年生二人をそれぞれ抱っこして椅子に座らせた後、まなたちにも座るように指示をする。

 俺も席につこうかと思ったけど、白雪先輩が席につかないので座る事をやめた。

 

「座らないのですか?」

「ちょっと取ってくる物があるからね。冬月君は座ってくれてていいわよ」

「俺がとってきましょうか?」

「うぅん、大丈夫。それよりも、よかったらこの二人のケーキを取ってきてくれるかしら?」


 先輩の手に釣られて視線を向けてみると、小学一年生二人組が物欲しそうな目で俺の顔を見つめていた。

 どうやらケーキを取ってこいと言っているらしい。

 

「わかりました。二人ともなんのケーキが食べたい?」

「ちょこー!」

「いちごー!」


 なるほど、チョコにイチゴか。

 

「ショートケーキ? タルト? それとも他の奴?」

「「?」」


 ケーキと言ってもここにはたくさんの種類がある。

 しかもチョコなんて種類が豊富すぎるというレベルであった。

 だからほしいのを聞いたのだけど、二人はケーキの種類がわからないようだ。

 

「こういうのがいい? それともクッキーの上にケーキがあるのがいいのか、もしくは宝石みたいなのがいいかって話だよ」


 とりあえず見本があるまなのケーキを指さした後、この子たちがわかるように説明をしてみた。

 その際にまなは渡さないとでも言いたげに自分のケーキを腕で隠したけど、誰も君のを盗ろうだなんて思ってないんだけどな。

 食い意地がはった妹で困る。

 

「くっきー!」

「これー!」


 そして二人はそれぞれ、タルトとショートケーキがいいと答えた。

 

 うん……結構距離が離れてる二つだね。

 

 一応大分類にわけると料理とケーキは真ん中でわかれるようにして固められている。

 だけど、その中でもショートケーキとタルトはそれぞれケーキの端っこにあった。

 まぁ庭といっても大金持ちの庭ほど広いわけではないからそれほど困らないのだけど、この二人わざと言ってないよな?

 

 白雪先輩はこの間に必要と言っていた物を取りに行くのか、クスクスと笑いながら美優さんたちがいるほうへと歩いて行ってしまった。

 そして、春野先輩が何か物言いたげな目で俺の顔を見つめてくる。

 

「どうしました?」

「……なんか二人が仲良くなってる」


 若干頬を膨らませながら見つめてくる春野先輩。

 なんだろ、拗ねてるのかな?


「二人? もしかして白雪先輩とですか? ……ご冗談でしょ?」


 白雪先輩に嫌われている自覚はあっても、仲良くなれている自覚がない俺は春野先輩の言葉に首を傾げた。

 実際白雪先輩の機嫌がいいから冷たい言葉は言われてないけど、だからといって仲良くなれているとは言わない。

 先輩の機嫌がいいのは幼女たちに囲まれているからだしね。

 

「おにいちゃんケーキ~!」

「はやく~!」


 頬を膨らませながらこちらを見ている春野先輩の顔を見ていると、一年生二人組が駄々をこね始めてしまった。

 

「ごめんごめん、すぐに取りに行くから」


 このまま放っておくと段々うるさくなっていくため、よくわからないまま拗ねている先輩には悪いけど俺は彼女たちを残してケーキを取りに行く事にした。


 ――まぁ結局、まなが駄々をこねたらしく春野先輩たちもついてきてしまったというのはここだけの話。

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