第55話「単純な妹」

「ぐすっ……ぐすっ……」


 驚かされたまなは未だに俺の腕の中で泣いていた。

 先程よりは落ち着いたようだけど、ぐずってしまっている。

 みんなに懐かせようと思っていたのに初っぱなから躓いてしまった。

 いや、むしろ逆効果だったと思う。


 辺りを見回せば中華、フランス料理を始めとした世界中の有名な料理だけではなく、龍や虎などの生物を模した料理や、宝石を模した綺麗に彩られたデザートなどがある。

 子供たちを喜ばせようと、美優さんのお店で働くみんなが全力で作ってくれた物だ。


 その各テーブルの前には制服を着た女の子たちがいる。

 彼女たちは白雪先輩が選んだ信用できる人たちらしく、子供たちがお皿を取れるようフォローをしてくれる役だ。

 春野先輩に選ばせると、酷い性格な人間でもいい人として連れてくるため駄目だとの事。

 いつか詐欺師に騙されないか心配になる。


 ――とまぁせっかくここまで準備をしてくれていたのに、このままだと思いっきり失敗しそうだ。


 まなを除いた子供たちは豪華な料理に大はしゃぎだけど、肝心のまなだけはいっさいそれらの料理を気にしていない。

 というか、未だに泣いてるからそんな余裕がなかった。


「ご、ごめんね、まなちゃん……」


 まなを慰めていると、ビデオカメラを片手に持った美優さんが謝ってきた。

 ビデオカメラを持っているという事は、まず間違いなく動画撮影してるんだろう。

 だけど、まなを泣かせてしまった事でそれどころじゃないらしい。


「きらい……!」


 まなは美優さんが元凶だと思ったのか、顔をあげて指をさし、美優さんの事を嫌いだと言ってしまった。

 そのせいで美優さんが凄く落ち込んでしまう。


「まな、俺のせいなんだ。だから美優さんに怒らないでよ」

「にぃに、ばか……!」


 うん、凄く怒ってるね。

 馬鹿なんて言われたの初めてだ。


「まなちゃん、ごめんね」


 どうにかまなの機嫌を直せないかと思い謝りながら頭を撫でていると、申し訳なさそうな顔をして春野先輩がまなの顔を覗き込んだ。


 するとまなは、『おまえもか』とでも言いたげな目で春野先輩を睨む。

 懐いていた頃の面影が一切ない。


 だけど――春野先輩の手の上にある、綺麗な光沢を持つオレンジタルトを見て目の色を変えた。


「これ、食べられるかな?」

「んっ!」


 先輩がタルトが乗った小さな皿をまなに差し出すと、まなは嬉しそうに皿を受け取る。

 どうやら先輩は、まなのためにこのタルトを取ってきてくれたらしい。


「にぃに、んっ」


 そしてまなは、俺に食べさせろと皿を渡してくる。

 さっきまで怒ってたくせに随分と都合がいい妹だ。

 だけど、機嫌が直ったのならこちらも都合がいい。


「はい、フォークだよ」

「ありがとうございます。まなも、先輩にお礼を言おうね」

「んっ、あーとん」


 まなはちゃんとは言えないまでも、俺の真似をして頭を下げてお礼を言ってくれた。

 タルト一つで機嫌が直るなんて、どうやら俺の妹は思っていたよりも単純らしい。

 逆に言うと、タルトなどを取り上げられると怒るという事なんだろう。

 もうお預けにするのはやめておこうと思った。


「おいしい?」

「んっ!」


 おいしいかと聞く先輩に対して、まなは元気よく頷く。

 味がお気に召したようだ。


 そして――

「わぁ……!」

 ――庭内に広がる料理の山を目にし、歓喜の声をあげた。


 やっと気が付いてくれたみたいだ。


 特に目が止まっているのは、宝石を模したデザートが置いてあるテーブル。

 やはり女の子だけあって、かっこいい龍よりはキラキラとした宝石のほうが好きらしい。


 バンッバンッと俺の足を叩いて、あのデザートを取りに行けと指示をしてくる。

 俺は兄ではなく召し使いと思われてるんじゃないかと思った。


「よかったよかった、機嫌が直ったようで」


 まなの機嫌が直ったと思い、近寄ってきた美優さん。

 しかし――。


「んっ、きらい」


 まなは美優さんに厳しかった。


「ま、まなちゃん……」


 あぁ、美優さん泣きそうになってるじゃないか。

 気を遣える美優さんが主犯じゃないはずなのに、なんだかまなに目を付けられてるようだ。


「誰がクラッカーの案を持ち出したのですか?」


 とりあえず、クラッカーを使おうと言い出した人について春野先輩に聞いてみる。

 昨日までは使うなんて話は持ち上がってなかったはずだ。

 知っていれば当然俺が止めていた。


 俺は春野先輩の言葉を待ってみる。

 しかし、なぜか先輩は俺から目を背けてしまった。


 まさか……。


「発案者、あなたですか?」


 コクリ――小さく頷く先輩。


 ごめんまな、犯人は君がお姉ちゃんだと思ってる人らしい。

 でも、この人の場合まなが喜ぶと思ってやってるんだよな……。


「だからやめときなさいって言ったのに……。すみません、夏目さん。美琴が馬鹿な事を言ったせいで……」


 そう言って近付いてきたのは、小学一年生の女の子二人にくっつかれている白雪先輩だった。

 いつの間にか懐かれていたらしい。


 しかし、よくこの甘えん坊二人がクールな白雪先輩に懐いたものだ。

 どちらかと言うと怖くて怯えそうなイメージなのに。


 春野先輩は物言いたげな目で白雪先輩を見るけど、自分が悪いと自覚しているのか何も言わなかった。

 だからなのか、白雪先輩は落ち込む美優さんに一瞬視線を向けたと思ったら、再度春野先輩に視線を向けた。

 それを見て春野先輩はコクりと頷く。


「ごめんね、まなちゃん。驚かせちゃったのは私のせいなの」


 どうやら先程の目配せは、美優さんへの誤解を解くためにちゃんと白状しろという事だったらしい。

 春野先輩も誤解させたままではよくないと思っていたのか、すんなり頷いてまなに説明をする。


「…………」


 ぷっく~。


 春野先輩が自首した事によってまなの怒りが春野先輩に向く。

 頬をパンパンに膨らませて春野先輩の顔を見つめていた。

 せっかく機嫌が直っていたのに、またご機嫌をとらないといけないらしい。


 ――しかし、一回機嫌が直っていたからか、それともおいしいタルトを持ってきたのが春野先輩だったからかはわからないけど、先程までとは怒り具合が違ったようだ。

 まなは春野先輩に対して両腕を広げ、抱っこしろアピールをした。

 本気で怒っている時はさっきみたいに怒り散らすだけで、抱っこを求める事はない。

 つまり怒りはそこまで達していないという事だ。


「いいの?」

「んっ」


 予想外の反応だった春野先輩は抱っこしてもいいのかとまなに尋ねるけど、まなは頬を膨らませたままコクりと頷く。

 すると先輩は俺に視線を向けてきて本当に問題がないのか確かめてきた。

 だから俺も頷き、まなを抱っこしてもらうように頼む。

 それを見て、春野先輩は俺の腕からまなを受け取った。

 優しく包むように抱きしめ、大切な物を抱いてるかのように扱いが丁寧だ。


 まなは抱っこをしてもらうと頭を先輩に差し出した。

 それは撫でろという主張であり、これには見覚えがある春野先輩も理解をしてすぐに頭を撫で始める。

 すると、途端にまなは頬を緩めて気持ち良さそうな表情を見せた。


 ――単純な妹である。

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