第54話「失敗」

「にぃに、あいす……!」

「はいはい、食べようね」


 まなの誕生日当日、朝早くからまなを連れ出した俺は岡山駅の前にある大型モールの中をまなと二人で歩いていた。

 まぁ歩いているとは言っても、まなが早々に抱っこを求めてきたので実際に歩いてるのは俺だけだけど。


 今日はまなの誕生日なため、そのおかげで本人は俺と共に遊びに行けていると思っているらしい。

 本当は遊園地に行きたかったようだけど、まなの年齢や身長だと乗れないアトラクションが多いため、大きくなったら行こうと約束しておいた。


 ショッピングモールの中にはぬいぐるみ屋さんもあったり、まなの好きなアニメキャラのグッズもあるためまなは上機嫌だ。

 ただ、今のところまなは食べ物以外で何かを買ってというおねだりはしてきていない。


 まなを抱っこしてるのに荷物を持たせる事を気にしているのか、それとも何かを買ってしまったら自分が歩かされると思ってるのかはわからないけど――まぁ、おそらくそのどちらかだろう。


 まなはアイスクリームを買うと目を輝かせてバニラアイスを見つめていた。

 帰ってからの事があるからあまり食べさせるわけにいかないのだけど、これくらいなら問題ないだろう。


「あ~ん」


 小さいのに大きく開かれた口。

 俺はスプーンで小さく掬ったバニラアイスをゆっくりとまなの口の中に入れる。

 するとまなはアイスの味に満足したのか嬉しそうに頬を緩めた。

 本当にかわいい妹だと思う。


 それから俺たちは約束の時間まで遊び続けるのだった。



          ◆



「にぃに、もうおうち……?」


 18時を過ぎた頃、そろそろかなと思って帰路に着くと、まなが甘えたそうな表情で俺の顔を見上げてきた。

 その表情は寂しそうにも見える。

 孤児院に帰ってしまえばもう終わりだと思ってるんだろう。


 普段のまなならまだ自分の誕生日を祝ってもらえてない事からこれで終わりじゃない事を気付いたはず。

 だけど今日は折角の誕生日でまだ遊びたいのか、そちらに頭が回っていないようだった。


「ごめんね、もう帰らないといけないんだ」

「むぅ……」


 もう帰ると伝えるとまなは不服そうに頬を膨らませる。

 だけどこういう場合は我が儘を言っても通らないと理解しているため、まなは何も言わず俺の胸に顔を押し付けてきた。

 じきに寝てしまうだろう。

 今日はよくはしゃいでいたからね。


 俺は少しして聞こえてきたかわいらしい寝息に耳を傾けながら孤児院を目指した。


「――まな、まな、起きて。着いたよ」


 そして孤児院に着くと、まなの体を優しく叩いて起こす。


 すると――

「むぅ……!」

 ――頬をパンパンに膨らませたまなに、物言いたげな目を向けられてしまった。


 相変わらず寝起きは機嫌が悪い。

 そして俺の頬をペチペチと叩いた後、もう起こすなと言いたげな目を俺に向けて顔を押し付けてきた。

 もう一度寝るらしい。


「駄目だよ、まな。もう起きないと」

「むぅ……!」

「こら、叩いても駄目だってば」

「にぃに、いじわる……!」


 普段なら聞き分けのいいまななのだけど、寝起きは本当に聞き分けが悪い。

 半分寝ぼけているから理性がちゃんとは働いていないんだろう。


 だけど、ちゃんと奥の手は用意しておいた。


「まな、チョコだよ。食べる?」

「……んっ!」


 まなの前に板チョコを出すと、まなは数秒考えた後に勢いよく頷いた。

 食欲で眠気が吹っ飛んだらしい。

 今度は早くチョコを剥けという意味でパンパンと俺の肩ら辺を叩いてきた。

 自分でチョコを取り出して食べるつもりがないのがまなという女の子だ。


 だけど、目を覚ました事で俺はチョコを剥かずにぶら下げていたエコ袋へとしまった。

 それを見てまなが頬を膨らませて暴れ始める。


「むぅ! むぅ!」

「ごめんごめん、でも、ちゃんとおいしい物は用意してるから」

「ちょこ……! たべる……! はやく……!」


 さっさと寄越せとでも言いたげにまなは俺の頬を叩いてくる。

 激おこだった。


 さすがにお菓子で釣った後にお預けしたのはまずかったらしい。


 優しく頭を撫でたりしても全然機嫌が直らない。

 これは早く、豪華な料理やケーキの山がある会場に入ったほうが良さそうだ。


 そう思って孤児院の門をくぐった直後――

「「「「「お誕生日おめでとう、まなちゃん!!」」」」」

 ――たくさんのクラッカーの音共に、まなの誕生日を祝う声が聞こえてきた。


 予め帰る事はメールで伝えていたから、みんなスタンバイしてくれていたようだ。

 しかし、まさかクラッカーを持ち出すとは……最悪だ、と俺は思った。


 なんせ――

「わぁあああああん!」

 ――まだ幼いまなは、大きな音に慣れてないのだから。


 俺は大声で泣き出したまなをあやしながら、ちょっと頭を抱えたくなるのだった。

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