第50話「仲がいいのか悪いのか」
「――へぇ、それで普段から時間のない冬月君に手取り足取り料理を教えてもらってるんだ?」
春野先輩との料理教室が始まって数日、白雪先輩は素敵なジト目を俺ではなく春野先輩へと向けていた。
ここ数日春野先輩が浮かれに浮かれていた事で白雪先輩は怪訝に思っていたらしい。
話したのはこちらからの上に俺は怒られていないのだけど、不思議と胃が痛かった。
翔太の奴は昼休みに先輩たちが呼びに来た途端姿をくらましたのだけど、どれだけ白雪先輩が苦手なのか。
そしていい加減あいつは親友じゃないんじゃないかと思い始めたよ。
まぁまなの誕生日会には男手が必要だからと話を持っていたところ、笑顔で快諾してくれたから文句は言えないのだけど。
ただ、美優さんも来ると言った時に若干返答が怪しくなったところが気になる。
どうやらまた、俺が知らないところで美優さんを怒らせたようだ。
「でも、冬月君もアルバイト減らす事を考えてたって言ってたし……」
「それは美琴のために言っただけじゃないの?」
「そ、そうなの?」
白雪先輩に指摘をされ、春野先輩は不安そうに俺の顔を見上げてくる。
先輩のためにアルバイトを減らした、か……。
まぁそう聞かれるとそうなのだけど、それを答えると先輩が気にしてしまう。
だからもう一つの理由のほうを答えよう。
「実は春野先輩を送った後に、美優さんと話した事があるんです」
「えっ、何を……?」
「そんなに不安そうな顔をしなくても、先輩にとって悪い話ではないですよ。ただ、軽く説教をされただけです」
俺が美優さんとした話。
それは、これからはもっと自分の体に気を遣って、ちゃんと食事や身なりにもお金を使えという事だった。
理由は簡単。
俺に春野先輩という彼女が出来たからだ。
そしてこのタイミングで美優さんがその話をしてきたのは、俺が春野先輩に対して本気になっている事を感じ取ったからだろう。
食事に気を遣わなければ彼女を心配させるし、将来まなちゃんたちを養わないといけなくなった時に働けない体になっているかもしれない。
それだけではなく、見た目をちゃんとしないのは一緒にいる子たちに恥をかかせる行為だ。
だからこれからはちゃんとしろと言われた。
ただ、それは別に施設にお金を寄付するなという事ではなかった。
収入をもっと増やして自分の暮らしを裕福にするようにしろとの事だ。
とはいえそんな簡単に収入を増やせるわけではないのだけど――美優さんから言われたのは、動画で入る広告の収入をしっかり受け取れという事だった。
なんでも、美優さんが動画で得ている金額は年収に置き換えると数千万らしく、動画出演をしている俺にも給料を払うべきなんだとか。
そして渡されたのは、今まで俺が出演していた分だという一千万以上のお金が入った通帳だった。
今まで美優さんが動画で稼いだ分から、経費や税金分を引いた額の半分を入れ続けた俺用の通帳らしい。
前から俺が受け取る事を頑なに拒絶するものだから、卒業してからまなを引き取った際に渡すつもりだったらしいのだけど、今なら俺が受け取ると思ったとの事だ。
本当にあの人はお人好しというか、俺に甘いというか……。
でも、『これを孤児院に寄付すれば……』と呟いたら、めちゃくちゃ怒られた。
そんな事してたらまなや春野先輩を不幸にするだけだって。
あまりにも怖かったのでちゃんとこれから自分やまな、春野先輩のために使っていきますと約束したし、ちゃんとこれからはそうするつもりだ。
どうやら美優さんが前に春野先輩に言っていたお金の心配がないというのは、動画収益だけでも十分お金が稼げるかららしい。
なんというか今までの金銭感覚が一気に壊されそうな額を急に渡されてしまったのだけど、とりあえず今度ちゃんとしたマンションに引っ越しする事だけは決まっている。
今のマンションだと春野先輩を家に連れ込めないからとの事だったけど、あの人はいったいどこまで先の事を考えているのか……。
だけど、いつかは引っ越さないといけないため仕方がない。
まぁというわけで、そこまでアルバイトを切り詰めなくてもよくなったのだ。
しかしアルバイトには修行という意味もあるため、美優さんのお店で働く時だけ早めに切り上げる事になっただけだけど。
美優さんのお父さんのお店で働く時だけはいつも通りだ。
だからその日以外の時間は春野先輩への料理教室になっている。
…………ただ、春野先輩の料理教室が終わった後は美優さんの俺への指導が始まるので実際の事を言うと結構ハードだ。
まぁ美優さんとの料理教室は春野先輩には内緒にしているのだけど。
この人に言うと気にしちゃいそうだからね。
「とりあえずお金もしっかり入ってくるようになったので、バイトを減らせるようになったんです。ですから特に問題はないですよ」
しかも、春野先輩が料理を覚えている事は今度のまなちゃんの誕生日会に向けてという事で、美優さんのお店の厨房の一部を貸してもらえている。
だから特段問題はないだろう。
あるとすれば、俺が春野先輩に料理を教えているところをお店の人たちがニマニマと見てくる事なのだけど、料理が始まれば俺は周りが気にならないからね。
春野先輩は気にするかと思ったけど、春野先輩も集中力が凄いのか料理が始まると周りが気にならなくなるようだ。
ただ、俺の声までもが時々聞こえてないようなので、それだけは困るのだけど。
後、意外なんだけど正直上達の速度も遅い。
春野先輩のお母さんや白雪先輩が教えないのもそのせいなのかもしれないね。
まぁ本人はやる気満々なので止める気はないんだけど……正直まなの誕生日会までに仕上げられるかが不安だった。
「ねぇ、美琴。冬月君凄く心配そうな顔をしてるけど、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ! ちゃんとおいしく作れてるもん!」
「いや、それは冬月君が作ってるようなものだからでしょ」
「だからなんでそんないじわる言うの……!」
「美琴が調子に乗って一人で料理をしないように釘を刺してるだけよ。おじさんが次の日から会社に行けなくなったら困るでしょ?」
「むぅ……!」
ちょっと考えを巡らせている間にまた春野先輩たちが喧嘩を始めてしまった。
といっても、春野先輩がムキになってるだけで白雪先輩は相変わらずクールに流しているのだけど。
この二人は本当に仲がいいのか悪いのかわからないな。
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