第49話「豪華なお誕生日会」
「それにしても、家族って事でしたら……夏目さんも冬月君のお義姉さんですよね? それをまなちゃんに教えてあげたら態度は変わるのではないですか?」
「あぁ、それは無理だと思うよ」
「えっと……?」
「気付かなかった? まなちゃんはみこちゃんに懐く前に優君とみこちゃんの顔を何度も見ていたよね? あの子は言葉だけじゃなく、二人の雰囲気から家族だと思ったんだよ。でも、優君は私の事を義姉だとは思ってないし、家族とも思ってない。それなのにまなちゃんが私の事を義姉と認める事はないと思うな」
確かにあの時まなは何度も交互に俺と春野先輩の顔を見ていた。
つまり、あの時に俺と春野先輩の関係性を観察していたという事か。
特に会話をしていたわけでもないから、もしかしたらあの施設に訪れてからの俺と春野先輩の会話も思い出していたのかもしれない。
ただ――。
「春野先輩の事も家族とは思ってないので、それは違うのでは?」
「ふ、ん、い、きって言ったでしょう!」
否定をしたら怒られてしまった。
そんな大声を出さなくてもいいでしょうに。
「優君のみこちゃんを見る目は凄く優しいし、何より二人とも無意識に甘々オーラ全開に出してるんだもん! 誰が見たってすぐに恋人だってわかるよ! まなちゃんだってそういうのを判断して家族なんだって思ったんでしょ!」
「甘々って……」
なんだその雰囲気。
俺たちはお菓子とでも思われているのだろうか?
そして春野先輩、恥ずかしそうに顔を両手で押さえているのに、指の隙間からちらちらと俺の顔を見るのはやめてください。
恥ずかしくて顔が熱くなります。
「優君が私の事をお姉ちゃんって呼んでくれたら変わるかもね」
「絶対に無理ですね」
「昔はみゆおねえちゃんって抱き着いてきてたくせに」
ピクッ――。
美優さんの言葉を聞いた瞬間、春野先輩の体が一瞬震えた。
そして指の隙間から物言いたげな目で俺の顔を見つめてくる。
「捏造しないでください! 一回もそんな事はなかったはずです!」
「昔は一緒にお風呂にも入った仲なのに」
「――っ!」
「いや、春野先輩? 冗談ですからね? 一回もそんな事はないですからね?」
プクッと頬を膨らませて俺の服をクイクイと引っ張り始めた春野先輩に俺は無実を主張する。
実際そんな事は一度もなかったのだし、美優さんが悪ふざけをしているだけだ。
「私も――」
「先輩落ち着いてください! それ以上は言ったら駄目な言葉です! 美優さんもケラケラと楽しそうに笑わないでください! これあなたのせいですよ!」
拗ねてやきもちを焼いた先輩がとんでもない事を言い出そうとし、それを止める俺の様子を見て楽しそうに笑う美優さん。
美優さんに関しては絶対にさっきのまなの事を憂さ晴らししていた。
「まっ、それにしてもあのままじゃよくないよね」
「何一人だけシレッと元の会話に戻ろうとしてるんですか」
「あれ、やっぱり名残惜しいの? 本当はみこちゃんと一緒に――」
「それで、何があのままだとよくないんですかね!?」
自ら地雷を踏みそうになった俺は早々に美優さんの話に合わせる事にした。
この人は本当に話の持っていき方がうまい人だ。
「家族だけが大切。それ以外は近寄らせないってのは今はまだ幼いからいいかもしれないけど、このまま大人になっていくと絶対によくないよ。大きくなったら心も成長するかもしれないけど、小さい頃の考えは意外と後にまで引きずるから、今のうちにどうにかしておいたほうがいいと思う」
「具体的には何か案があるのですか?」
「う~ん、そう言われると厳しいなぁ。あの子同じ施設の子たちにも心開かないし、正直取り付く島もないんだよね」
美優さんの言う通り、まなは一緒に暮らす子供たちにも心を開いていない。
孤児院にいる子たちはみんな優しいからいじめとかは起きないけど、小学校に上がれば環境は変わってしまう。
孤児院出身というだけでも変な扱いを受けるかもしれないのに、まなは兄の贔屓目なしにしてもかわいい。
将来美人になる事は間違いなかった。
そんな子だと他の女の子から嫌われてしまうかもしれない。
だからできるだけ波風は立てないほうがいいのに、今のまなの性格だとまず間違いなく喧嘩を誘発してしまうだろう。
確かに手を打てるなら打っておくべきだけど、いい案があるならとっくに手を打っている。
「あの……ちょっといいかな?」
「どうしました?」
俺はこちらの様子を窺いながら小さく手を挙げた春野先輩に視線を移す。
「まなちゃんのお誕生日を、盛大に祝うのはどうかな?」
「えっと?」
「お誕生日を祝われるって誰一人例外なく嬉しいと思うの。だからね、みんなで盛大にお祝いしたら、まなちゃんも心を開いてくれるんじゃないかなって」
確かに、それも一つの手だと思う。
祝われて嬉しくない人なんていない。
まぁ歳をとってくるとまた違うのかもしれないけど、まなのような幼い子は特に嬉しいだろう。
しかし――。
「難しいでしょうね」
「どうして?」
「来た時から面倒を見てくれてる職員さんにも心を開かないんです。誕生日会で祝ったところで効果は見込めません。ましてや、盛大に祝うような予算もないです」
孤児院は庭があり結構広いため、場所自体は十分にある。
しかし、肝心の会場を彩る飾りや食材などにかけるお金がなかった。
つまり春野先輩の言う盛大にというのは無理なのだ。
孤児院には結構な数の子供がいるわけなのだし。
「あっ、いや……予算なら私のほうでどうにかできるかも。それに優君の妹ちゃんの誕生日を祝いたいんだって言ったらうちのお店の子たちも喜んで手伝ってくれると思うの。そしたら結構大きなお誕生日会ができると思わない?」
美優さんが予算を出してくれて、お店の人たちが手伝ってくれるのなら確かに可能だ。
というか、お店の人たちが手伝ってくれるのならそこら辺の金持ちが開くパーティよりも盛大な物になってしまうかもしれない。
美優さんのお店で働いている人たちはみんな元々有名店のエース的存在だった人たちで、コンテストでも結果を出していた人ばかりだからだ。
そんな人たちが喜んで作ったものとなると、とんでもなく豪華な料理が完成する気しかしない。
どうしてそんな人たちが美優さんのお店にいるかというと、美優さんがお店を出すと聞いて働いているお店を辞めてまできてくれたからだ。
……まぁそのせいで美優さんが引き抜きをしたと思いっきり叩かれたりもしているのだけど。
実際は美優さんが誘ったわけではなく、彼女たちが自主的にきたのだからそれについて文句を言うのはおかしいんだけどね。
「さすがにまなの事でお金を出してもらうのも、お店の人たちに手伝ってもらうのも気が引けますよ」
「お店の子たちには給料をちゃんと出すし、お金自体は回収できる見込みがあるから大丈夫だよ。それに――まなちゃんの心を掴むチャンス、みすみす逃す手はない……!」
うん、最後のが本音だな。
まぁここまでやる気になっているのなら俺が止めても聞かないし、妹の事を祝ってもらえるのなら俺も嬉しい。
お金も回収できる手があるのなら問題はないとみていいのかな?
いったいどういうやり方で回収するのかは知らないけど。
それにそこまでしてまなが心を開く保証がないところも気になるけど、本当に豪華なお誕生日会になるならやってみる価値はあると思った。
「えっとね、話が決まりって方向だったら冬月君にお願いしたい事があるの」
俺がまなの誕生日会へと考えを巡らせていると、また春野先輩が声をかけてきた。
「なんでしょうか?」
「私も、まなちゃんにまた手料理を食べてもらいたいなって思ってて……お料理、今日みたいに教えてもらえないかな?」
恥ずかしそうに身をよじりながら上目遣いに言われた言葉。
それは、一種のおねだりだった。
「完全に味をしめたんだね」
「~~~~~っ!」
思わず出たような感じで呟かれた美優さんの言葉を聞くと、春野先輩は途端に恥ずかしそうに顔を両手で塞ぎ、体を左右に振り始めてしまった。
完全に悶えている。
――うん、俺の彼女かわいすぎじゃないかな?
当然こんな姿を見せられたら断れるはずもなく、これから時間を作って手取り足取り料理を教えようと思う俺だった。
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