第46話「ねぇね」

 少し前なら即答でまなのほうが大切だと答えていたと思う。

 前に春野先輩に言ったように、俺は彼女よりもまなのほうが大切だったからだ。


 だけど、ここでまなを選んでしまうと少なからず先輩を傷付けてしまう。

 幼い子相手だから仕方ないと割りきってくれる可能性は十分にあるけど、数パーセントでも傷付けてしまう可能性があるのなら避けたかった。


 この短い期間で既に春野先輩という存在は俺の中でそれだけ大切な存在になっている。


 それに、意外と子供っぽい人だからここでまなを選んでしまうと先輩は拗ねてしまうかもしれない。

 今もじぃーっと俺の顔を見つめてきていて答えに興味津々の様子を見せているし。


「うっわ、きっつ」


 俺の状況を見てボソッと呟く美優さん。

 まるで俺の気持ちを代弁してくれたかのようだ。


 ただ、どうせなら助けてほしい。


「えっと……そうだね、二人とも同じくらい大切だよ」


 結局俺が選んだのは両方を傷つけない選択。

 俗に言う優柔不断という奴だ。


 だけど、春野先輩は俺の答えを聞くととても嬉しそうにした。

 多分俺がまなを選ぶと思っていたのに、まなと同じ扱いをされた事が嬉しかったんだろう。

 正直言えば、一番大切なのはやっぱりまなだ。

 血が繋がった家族だし、この子にはもう俺以外ちゃんと頼れる相手がいない。


 もちろん職員さんなどはよくしてくれているのだけど、この子が自分から頼れるかって言うたらまた別の話だ。

 だから俺が守ってあげたいと思う。


 とはいえ、そんな事をわざわざ口にするつもりはない。

 春野先輩が嬉しそうならそれでいいじゃないか。


 問題は――。


 俺は視線を自分の腕の中へと落とす。

 そこには、不機嫌そうに頬を膨らませるまながいた。

 春野先輩とは真逆の反応で、同じ扱いをされたのが気に入らなかったらしい。


「むぅ……!」

「あっ、こら、叩いたら駄目だよ」


 不満をぶつけるかのようにバシバシと俺の腕を叩き始めるまな。

 納得がいかない、そういう気持ちが伝わってくる。


「ご、ごめんね、まなちゃん」


 何も悪くないのに、まなの様子を見て春野先輩が申し訳なさそうに謝った。

 すると、まなは再び物言いたげな目で春野先輩を見上げる。


 まさか、春野先輩まで叩こうとしないよね?


 俺は心配になりつつ、まなが春野先輩に手を伸ばしたらすぐに反応できるように身構えた。

 しかし、まなはジッと春野先輩を見つめるだけで動こうとしない。

 そして何かを考える素振りを見せ、交互に俺の顔と春野先輩の顔を見始めた。

 いつの間にか頬の膨らみは直っている。


 いったい何を考えているのか――そう思って見つめていると、まなは手ではなく頭を春野先輩へと差し出した。


 春野先輩はまなの態度が理解出来なかったのか俺に視線を向けてきたけど、俺もまなの真意がわからず首を傾げた。

 だから先輩は答えを俺に求めるのはやめ、恐る恐るまなへと声をかけてみる。


「えっと、撫でてもいいって事?」

「んっ」


 どういう風の吹き回しなのだろう?

 あのまなが、俺以外に頭を撫でる事を許すなんて。


 ただ、撫でてもいいって何様だって話なのだけど、まなは幼いため許されてしまう。

 これが大きくなってからも続くようだと困る。

 まぁさすがにないと思うのだけど。


「あっ、ありがとう……!」


 春野先輩は嬉しそうにまなの頭を優しく撫で始める。

 認めてもらえたのが嬉しかったのか、頬がだらしなく緩んでいた。

 まなも撫でられるのが気持ちいいみたいでかわいらしく頬を緩ませているし、よくわからないけど結果オーライって事でいいのだろう。

 本当、どうしてまなが急に心変わりしたのかはわからないけど。


 しかし、こうなってくると蚊帳の外にいられない人間も出てくる。


「ねね、私も撫でていいかな?」


 今まで撫でさせてもらえず、撫でたいのを我慢していた美優さんが期待した声を出したのだ。

 美優さんも時々ここに顔を出しているんだけど、今までまなに頭を撫でさせてもらえた事は一度もない。

 ケーキを食べさせてご機嫌を取った後でも許してもらえなかったので、美優さんは今まで我慢をするしかなかった。


 だけど、今は先程まで嫌がられていた春野先輩が許してもらえたのだ。

 当然自分も許してもらえると思ってしまう。


 でも――。


「やっ」


 まなは、嫌だと首を横に振ってしまった。


「な、なんで!?」

「やっ」

「みこちゃんはいいのに、私はだめなの!?」

「んっ」

「そ、そんなぁ……!」


 自分だけ除け者にされた美優さんが縋るような声を出すけど、まなは無慈悲に美優さんを突っぱねる。

 今まで散々ケーキを頂いたりよくしてもらってきたのに酷い仕打ちだ。


「なんで美優さんに意地悪するの?」


 さすがにこうなってしまうと口を挟まずにはいられず、俺はまなに尋ねてみる。

 すると、まなはまず春野先輩に手を伸ばした。


「ねぇね」


 そして、春野先輩を姉だと呼ぶ。

 次に、美優さんへと手を伸ばした。


「ちがう」


 そして、美優さんは姉じゃないと言った。

 さすがのこれには全員息を呑む。


 まさか、この子……俺と春野先輩がそういう関係だと理解したという事のかな?

 いやいや馬鹿な。

 まだ四歳児だよ?

 いくらなんでも理解力がありすぎる。


 俺たち三人は顔を見合わせて驚き、視線を交わした後俺が代表してまなに聞いてみた。


「春野先輩は姉――つまり、家族だからいいけど、美優さんは家族じゃないから駄目って事?」

「んっ!」


 俺の質問に対して大きく頷くまな。

 まさかの頭を撫でていい判断基準は家族かどうかという事だったらしい。

 つまりまなは、春野先輩を自分の家族だと認識したというわけだ。


 普通ならありえない。

 だけど、まながどうしてそういう判断をしたかは予想がついた。


 まなの家族がどうかという判断基準は、おそらく『大切』かどうかなんだと思う。

 そして俺がまなと春野先輩を同等に大切といった事で、自分と同じ扱いをされた春野先輩は俺の家族――つまり、妹である自分の家族でもあると認識したんだ。

 頭がいい事は知っていたけど、まさかここまで頭がいいとは思わなかった。


 若干誤認識ではあるけど、四歳児にしては凄まじい理解力だ。

 俺たち三人は、幼いまなの理解力に再度息を呑むのだった。


 その後、俺たちは孤児院の子たちに手料理を振る舞うために買い物に出たのだけど、まなは珍しく俺の腕ではなく春野先輩の腕の中へと入っていった。

 初めて会った姉に甘えている、そういう感じだろう。

 春野先輩も甘えてくるまなが凄くかわいいのか、頭を撫でたり頬を突いたりしてめちゃくちゃ甘やかしていた。

 とても幸せそうで見ていてほっこりしたのだけど、その反対側では凄く羨ましそうに見つめる美優さんがおり、俺は途中から美優さんを宥めるのだった。

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