第45話「どちらが大切?」
「実際、お父さんのお店の人たちはみんなみこちゃんと同じ考えを抱いただろうね。でも、違うんだ~。優君はね、二回目にこそ真価を発揮するの」
美優さんはとても楽しそうにニコニコと笑みを浮かべて語っている。
真価とかリアルで言う人初めて見た。
自慢げに話してくれるのは嬉しいけど、正直居心地が悪いな。
「えっと、どうしてですか……?」
「この子はね、大抵の技術なら一回見ただけで盗めるの。高等技術だったとしても、作っている横で真似て料理をすれば一回で盗んじゃうんだよね」
「そんな事が……でも、だったらどうして一回目じゃなくて二回目なのですか?」
「一回目は手元の食材じゃなく、技術を持っている人の動作に集中してソックリに真似をしながら料理をしているからだよ。例えば作っている人と全く同じ動きで料理をした場合、手本の人は自分の手元にある食材に対して最善の調理を勧めてるわけじゃん? そりゃあソックリに真似たって完璧には仕上げられないよね?」
春野先輩は美優さんの話を聞いて理解出来なかったようで、キョトンとした表情でかわいらしく小首を傾げる。
そして困ったように俺に視線を向けてきた。
いくらなんでもわかり辛すぎるし、美優さんはわざとわかりにくい言い方をしたね。
これで理解できるのは料理人くらいだろう。
「食材も人間と同じで、それぞれ個体差があります。限りなく近い食材は用意できるかもしれませんが、全く同一の物は存在しないんですよ。だから、お手本の人が作っている調理をそのまま真似てしまうと、自分の手元にある食材の旨味成分を奪ってしまうかもしれないって事です」
さすがに助けを求める瞳を向けられたら無視はできず、俺は美優さんの言葉を要約した。
実際料理は目の前にある食材に対して切る角度や包丁を入れる深さ、焼き加減などを調整しながら料理をしないといけない。
それなのに他の事に集中したら食材の旨味を全て引き出せるわけがないんだ。
「それが二回目だとちゃんとできるのですか?」
答えを知った春野先輩は再び美優さんへと質問をする。
「二回目は食材に全神経を集中させているから、完璧に調理する事ができるんだよ。優君はね、調理方法さえ知っていればその食材の一番旨味を引き出せる最適解が感覚でわかるの。だから、普通の料理人には出せない味を引き出せるってわけ。自分が得意としていた料理を完璧に真似をされ、自分以上の美味しさを引きだされたら認めるしかないよね? そして、自分たちでは作れない料理を出された人たちも同じく優君を認めるしかなかったってわけ」
美優さんは本当に楽しそうに話している。
まるで今まで話したかったのにずっと我慢していたのが溢れ出ているかのような感じだ。
一向に話が止まる気配がない。
まぁ俺が認めてもらうためにこの方法を考えたのは美優さんだったから、それが上手くいった事を誰かに自慢したかったんだろう。
だけど、異様な持ち上げ方をされて俺は恥ずかしさが込み上げていた。
今すぐこの部屋から出ていきたい気分だ。
「冬月君、本当に凄いんだね……!」
「いえ、そんな……わかるといっても、なんとなくってだけですし……」
「そのなんとなくわかるって感覚を身に着けるのにみんながどれだけ苦労をしているか――少なくとも、日本にはほんの一握りしかいないよ」
そのほんの一握りに入っている人が何を言うのか。
俺を煽てて何か欲しい物でもあるのかな?
でも、お金でいったら美優さんが持ってる額ってもうそこら辺のお金持ちよりも遥かに多く持っているはず。
欲しい物があるのなら自分で買ってほしいな。
俺はお金をほとんど持ってないんだし。
「なんかめっちゃ不愉快な勘違いのされ方をされてる気がする」
「誰にですか?」
「君にだよ、優君」
なんだか知らないけどジト目を向けられてしまった。
何も言っていないのにおかしいなぁ。
「――むぅ……うっちゃい……!」
話をしていると、突如俺の腕の中からかわいらしい声が聞こえてきた。
視線を向けてみれば、先程まで寝ていたはずのまなが頬を膨らませて俺の顔を見上げていた。
どうやら話し声がうるさくて起きてしまったようだ。
「あぁ、ごめんねまな。まだ寝る?」
とりあえずご機嫌を取るために優しく頭を撫でてみる。
すると、まなの頬はすぐに元に戻りグッと顔を俺の胸へと押し付けてきた。
まだ眠いのだろう。
「本当に甘えん坊さんだね」
その様子を見ていた春野先輩は、かわいさからかまなの頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし、それはまなに対してやったらいけない行動だった。
「んっ……!」
俺の手とは違う感触だと理解したのか、春野先輩が頭を撫でるとまなは途端に頭を振って先輩の手を跳ねのけた。
そして物言いたげな目で春野先輩の顔を見つめる。
「あっ、えっと……」
こんな反応をされると思っていなかった春野先輩は途端に慌て始めた。
拒絶されたのがかなりショックだったのか、涙目にもなっている。
「すみません、先輩。こう見えてまなは警戒心が強いんですよ……」
「そうだね、私が頭を撫でようとしても嫌がるからそんなに落ち込まなくていいよ」
若干泣きそうになっている春野先輩に対して俺と美優さんはすぐにフォローを入れる。
その間もまなはジッと春野先輩の事を見つめていた。
若干睨んでいるような気もする。
「にぃに、だれ」
そして、この人は誰かと俺に聞いてくる。
最初からずっといたのにまるで今気づいたかのような反応だ。
他人に興味がなさすぎるだろ、妹よ。
「お兄ちゃんの大切な人だよ」
「たいせつ……まなより……?」
うん、この子はこの歳でなんて答えづらい質問をしてくるのかな。
どちらかを選べばどちらかを傷つけるような質問じゃないか。
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