第37話「賢くて甘えん坊な妹」
「贔屓はよくないね、優君」
子供たちの相手に困っていると、他の子供たちに交じった見覚えがある人に声をかけられた。
何も知らない人から見たら全員小学生と思われそうなくらいに馴染んでいる。
どうやらここにいなかった子供たちは遊びに行ってるんじゃなく、俺よりもこの人を選んでいたみたいだ。
そして俺にだっこしろと言っていた一年生二人組も、その人が近付いてきたとわかると俺に見向きもせずにその人に抱き着きに行った。
……現金な子たちめ。
「美優さん? いらしてたんですか?」
俺に声をかけてきたのは俺の名前を呼んだ時の呼び方でわかるように美優さんだった。
彼女も時々俺と一緒にこの施設に顔を出しているけど、一人で来ていたのは初めてかもしれない。
「今日は優君学校帰りに寄るだろうから、ケーキを持ってこれないと思って代わりに持ってきたんだよ。とはいっても、新作の試しで作ったものだけどね。もちろん味は保証するよ」
どうやら美優さんは子供たちのためにケーキを持ってきてくれたようだ。
いつもは土曜日に俺がケーキ作りを美優さんに教えてもらい、そこで作ったケーキを子供たちに持って来ていた。
だけど今日は当然学校があったので作れておらず、持ってくる事なんてできるはずもない。
しかしそうなると俺が来ればケーキが食べられると思い込んでいる子供たちにがっかりとさせてしまうため、美優さんは休日なのにもかかわらずわざわざケーキを作って持って来てくれたんだろう。
新作の試しで作ったというのは材料費などを俺に気にさせないための口実だ。
相変わらず優しくて頭が上がらない。
「ありがとうございます。俺のじゃなくて美優さんのになると子供たちはいつも以上に喜んでたんじゃないですか?」
「別に、そんな事はないよ。ね、みんな?」
美優さんは自分を取り巻く子供たちに優しく笑みを向ける。
だけど子供たちは一応頷きはすれど、全員俺から視線を逸らした。
うん、この子たちには今度からケーキはいらないかな。
「あ、あはは、でもあれだよ、まなちゃんは食べてくれなかったの」
微妙に嘘がつけない子供たちに美優さんは苦笑いをして、話を変えるように俺の腕の中で甘えてきているまなの話をしてきた。
まながケーキを食べなかった?
そんな事はありえないはずなんだけどなぁ。
まなはケーキが嫌いという事はなく、むしろ女の子らしく凄く大好きだ。
いつも俺が持ってきたケーキは目を輝かせて食べてるくらいだしね。
俺のケーキが美優さんのケーキよりおいしいなんて事はまずないし、見た目だって美優さんが作るもののほうが圧倒的においしそうに見える。
今日は何か嫌いなものでも入っていたのかな?
「まな、何か食べられないものでも入ってたの?」
「…………」
まなに質問をしてみると、無言で小さく首を横に振った。
どうやら食べられないものが入っていたわけではないらしい。
「じゃあどうして食べなかったの?」
「にぃに……」
「えっ?」
「にぃにじゃないと、やっ……」
「もしかして、俺が食べさせないと食べないって事?」
「んっ……」
今度はコクリと小さく頷くまな。
なんでそんなわがままを言うんだろう?
「いつもは俺がいなくてもご飯をちゃんと食べてるんでしょ? だったらケーキも食べればいいのに……」
ブンブン――さっきよりも勢いづいてまなは首を横に振る。
どうやら抗議をしているらしい。
「あれじゃないかな、私が来たら君も来るってわかってたんだと思うよ。だから食べずに君が来るのを待って食べさせてもらおうと思ってたんじゃないかな? ほら、その子幼くても賢いし」
「そうなの?」
「んっ」
再度まなに質問をしてみると、美優さんの言葉を肯定するようにまなは大きく頷く。
確かに俺が一人で来る事はあっても美優さんが今まで一人で来る事はなかったため、そういう考えに至るのは不思議じゃない。
でも、まなはまだ四歳だよ?
四歳でそんな判断ができるものなのかな?
とはいえ、実際にできているんだからできるものなんだろうね。
俺に食べさせてもらうために待つというのは少し思うところがあるけど、まなもまだ甘えたい年頃なため仕方ないと思う。
いつもは一週間に一度くらいしか会えないんだしこのくらいのわがままは許してあげようと思った。
「じゃあ後で食べようね」
「んっ……!」
俺の事を待っていたとはいえ内心は凄くケーキが食べたかったのか、まなはとてもいい笑みをうかべて大きく頷いた。
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