第32話「甘えん坊でかわいい先輩」

「よく付いてこられましたね。確か二、三時間はかかるような距離だったと思うんですけど」


 県外で行われたコンテストだったからどうしても移動に時間がかかってしまう。

 まさかタクシーで追いかけてきたわけではないだろうけど、よくそんな距離をついてきたものだ。

 それに同じ車がある一定の距離間にずっといたのなら俺か美優さんが気付きそうなものだけど、あの時美優さんも気付いていたようにはなかった。

 本当に色々と疑問しかない。


「まぁ私は車に乗ってただけだし、ふぶきのメイドさんはそういうの慣れてるって言ってたからね」


 先輩は相変わらずにぎにぎと俺の手を握って遊びながら、世間話でもするかのように何気ない様子で教えてくれた。


「へぇ、白雪先輩のメイドさんが――メイド!?」

「きゃっ!? びっくりしたぁ……」


 俺が突然大声を出したからか、春野先輩は自分の豊満な胸に手を置いてジッとこちらを見つめてくる。

 一瞬視線が胸のほうへと行ってしまったけど、慌てて俺も先輩の顔を見つめた。


「すみません。ですが……メイドさんですか?」

「うん、メイドさん。あれ、知らない? ふぶきってお嬢様なんだよ?」


 初耳です!

 と思ったけど、よく思い出してみれば確かにそんな噂も聞いた事がある気がする。

 だけどあの人の場合、男子に冷たい事と春野先輩が大好きすぎるという噂で持ちきりなため普通に忘れていた。


 そっか、メイドさんがいるんだ。


 ……ところで尾行に慣れてるメイドさんってどういう事?

 そのメイドさんは普段何をしてるんだ、いったい。


 俺は踏み込んでもいいのかどうか躊躇してしまうものの、触らぬ神に祟りなしという事で余計な事を聞くのはやめた。


「美少女で勉強も出来、挙げ句に大金持ちですか。人生勝ち組コースですね」

「美少女……」


 白雪先輩の事を客観的に総すと、物言いたげな表情で春野先輩が俺の顔を見つめてきた。

 若干拗ねているような感じなのだけど、急にどうしたのだろう?


「どうかしましたか?」

「……別に」


 不機嫌そうな表情が気になって声をかけると、プイッとそっぽを向かれてしまった。

 よくわからないけど完全に拗ねてるようだ。


 そしてニギニギと握ってくる手の力が更に強くなったのだけど、これは構ってほしいというアピールでいいのかな?


 意外とめんどくさいよね、春野先輩って。

 素直じゃないし、そのくせ構ってほしたがりなんだから。


 でも、これはこれで子供が拗ねてるようで凄くかわいいから好きなのだけど。


「よしよし」

「――っ!? ななな、なんでっ!?」


 ただこのまま拗ねられているのもよくないのでご機嫌をとるために優しく頭を撫でてみると、春野先輩は顔を真っ赤にしながら慌てふためいてしまった。

 本当にかわいい人だ。


「いえ、拗ねられてたのであやそうかと」

「私赤ちゃんじゃないよ!?」


 うん、知ってる。

 後、俺は見た感じ平気そうにしてるけど、これは実際にやってみるとかなり恥ずかしかった。

 やっぱりたちにするのと先輩にするのとでは全然違うようだ。

 

 だけど、多分こうすると先輩は喜びそうだなって思ったからしてみたんだよ。

 だって先輩は、大人の見た目をしておきながら中身は子供だからね。


 そして俺の見立ては間違ってなかったんだと思う。

 なんせ先輩は頬を膨らませて抗議をしてきているけど、頭を撫でられてる事に関してはどこか嬉しそうだから。


「じゃあやめますね」

「あっ……」


 試しに撫でるのをやめてみると、とても残念そうな声が先輩の口から漏れる。

 そしてチラチラと俺の手と顔を交互に見てきて、お預けを喰らった仔犬のような表情を浮かべた。


 ちょっとかわいそうだったかな、と思いつつも、こんなかわいい表情をされたらもっと意地悪をしてしまいたくなってしまう。

 多分白雪先輩が春野先輩を弄ってる時の気持ちはこんな感情なんだろう。


「嫌そうだったんでやめました」

「嫌っていうか……子供扱いは困るけど、撫でられるのは嫌じゃないというか……うぅ……」


 もう撫でるつもりはないとアピールすると、先輩は体をモジモジとさせながら撫でてほしそうに俺の顔を見上げてくる。

 その姿があまりにもかわいすぎるので、今現在俺の鼓動はかなり速くなっていると思う。


 だけどこれ以上はさすがに悪質だし、先輩も嫌だろうか意地悪をするのはやめた。


「すみません、これでいいですか?」

「あっ……うん、えへへ……」


 軽く謝りながらもう一度優しく頭を撫でると、先輩は嬉しそうに頬を緩ませた。

 そしてトンッと体を俺に預けてくる。

 どうやら甘え度が一段階上がったらしい。


 どうしよう、やっぱり先輩はとてもかわいい。

 なんというかめちゃくちゃ甘やかしたくなってしまうような、そんな感じだ。


 気付けば周りから注目されていて男の人たちからは殺気のような感情が放たれているけど、それを差し引いても先輩のかわいい様子をこのまま見ていたいと思ってしまう。


 ただ願わくば、同じ学校の生徒はこの場にいないでほしい。

 今は春野先輩が甘えてくる幸せにより周りの負の感情を相殺しているけど、学校で一人いる時にこんな負の感情を向けられたらたまったもんじゃないからね。

 ましてや相手は学校内で高嶺の花と崇められている春野先輩なんだから、同じ学校の生徒にこんなところを見られたらどんな事をされるかわからない。


 まぁでも、もし誰かに見つかるリスクがあったとしても、こんなにも幸せそうにくっついてきている先輩を離す事なんてできないよね。

 歩き辛くて仕方ないけど、春野先輩は本当にかわいい人だと思う。


 ――あれ、そういえばなんの話をしていたんだっけ?

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