第33話「一目惚れ」
「――あっ、そうだ! それで俺の後を付いてきたんでしたら、どうしてその時に声をかけられなかったんですか?」
危うく春野先輩のかわいさにはぐらかされてしまうところだったけど、俺はなんとか当初の目的を思い出して聞いてみる。
すると、へにゃ~とだらしない笑みを浮かべてくっついてきていた春野先輩が、何かを思い出したかのように顔を赤くして俺から顔を背けてしまった。
うん、今何を思い出した?
「あの、なんで顔を背けるんですか?」
「な、何もないよ?」
「正直に言って頂ければ今ならどんな事でも許しますよ?」
「お、お昼と同じパターンは通じないよ?」
「じゃあ昼休みに聞けなかったんで怒ってもいいですか?」
「……だめです」
春野先輩との付き合い方がなんとなくわかってきたので昼休みの事を持ち出すと、春野先輩はあっさりと降参してくれた。
そしてニギニギと何かをアピールするかのように手を強めに握ってくるのだけど、そんなに不安になるような内容なのかな?
とりあえず春野先輩が話してくれるのを待ってみる。
すると数十秒経った頃に先輩はゆっくりと口を開いた。
「その、ね? 見ちゃったの」
「何をですか?」
「冬月君が、料理コンテストで得た賞金を全て施設の方に寄付しているところを」
あぁ、そっか。
料理コンテストの後から付いて来ていたのならそのやりとりを見られていたとしてもおかしくない。
ただ、声が聞こえる範囲にいたという事は大分近付かれていたんだね。
なんで気付かなかったんだろ?
この人も白雪先輩もいるだけで凄く目立つのに。
「ふぶきは、その……寄付するくらいなら必要最低限身なりにお金を使ってから寄付するべきとか、他にも……いや、うん、まぁそれはいいとして、間違ってるみたいな事を言ってたんだけど、私は素直に凄く優しい人だと思ったの」
春野先輩はその時の事を思い出しているのか、とても優しい目つきをしながら話してくれた。
言うのを辞めた部分ではおそらく白雪先輩に色々と批判されていたんだろうね。
そして多分それらは全て正論な気がする。
聞いてはいないから断言はできないけど、白雪先輩のような人なら俺がしている事は馬鹿な事に映ってしまうんだろう。
少なくとも、先程言っていた通り服とかに使うお金はちゃんと残しておく必要があるというのは正しい。
それらに関しては今まで翔太や美優さんにも言われてきた事なので俺自身もわかってはいる。
だけど、そういうわけにもいかない事があった。
「それにね、アルバイトで得たお給料も家賃とかに回した後の残りは全て施設の人に寄付してるんだよね? 賞金を渡してる時に毎月寄付してるのにって話が聞こえてきて、別の日に夏目君に確認とったらそういう事だって教えてくれたの」
なるほど、だから俺の事情に詳しかったわけだね。
そして翔太の奴、本当に口が軽いな。
今まで秘密事には口が堅いと思っていたのに、春野先輩たちには全て筒抜けじゃないか。
もし今後春野先輩との事で何かあっても翔太に相談するのはやめておいたほうがいいかもしれない。
そういう場合に頼れるのはやっぱり美優さんだね。
「あの、一応フォローをしておくと、話したくない夏目君に無理矢理話させてたのはふぶきだから、夏目君を責めるのはやめてあげてね?」
俺は考えている事を顔に出してしまっていたのか、優しい春野先輩が苦笑いをしながら翔太を怒るなと言ってきた。
なんとなく翔太に無理矢理吐かせている白雪先輩の姿が容易に想像できたため、彼女の言葉を信じ翔太を責めるのはやめようと思う。
それよりも、もうすぐ孤児院に着いてしまうので話を進めたほうがよさそうだ。
「はい、大丈夫です。あの、それで……もしかして俺が大金を孤児院に寄付するような人間だったから、春野先輩に好――気に入って頂けたのでしょうか?」
なんとなく好きになってもらえたという発言をするのが恥ずかしかった俺は、少し言葉を濁しながら今まで聞きたかった事を聞いてみる。
ただ、聞いておいてこれでは弱すぎるとも思っていた。
少なくとも、多くの男子に言い寄られている先輩がそんな簡単に惚れるとは思えなかったのだ。
ましてや話に聞く限りでは、言い寄ってきた中には女子から大人気のイケメン先輩や全国大会にも出場している運動部の先輩などもいたらしいし。
そんな人たちに言い寄られてもなびかない先輩が、大金を寄付していたからといってイケメンでもない俺に惚れるわけがない。
現に、先輩は凄く恥ずかしそうにしながらもゆっくりと首を横に振った。
「では、いったい何が理由でしょうか?」
「えっと、言わないと……だめ?」
「かわいらしく小首を傾げて誤魔化そうとしなくても、言いたくないような内容であれば言って頂かなくて大丈夫ですけど」
「別に誤魔化そうとしたわけじゃないけど……」
上目遣いでかわいく小首を傾げながら聞いてきたのでツッコミを入れると、春野先輩は不満そうに頬を少し膨らませた。
この人の事だから本当に素でやっているのだろうけど、俺が先輩のかわいさに流されそうになったので咄嗟にツッコんでしまったのだ。
「あの、ね? こんな事言ったら引かれてしまうかもしれないけど――」
先輩はとても言い辛そうに視線を彷徨わせ、ニギニギと俺の手を強めに握ってくる。
その表情からは緊張している事がわかった。
俺はここで余計な茶々を入れる事はせず、黙って先輩の言葉を聞く。
「その、ね? 一目惚れです……」
「えっ?」
「冬月君の笑顔に、一目惚れしました……」
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