第30話「二人きりで」

「――それでは行きましょうか」


 放課後学校から少し離れた位置にいた俺は、待ち人が来た事を確認して声をかける。

 すると待ち人――春野先輩は、とても嬉しそうに頬を緩ませて頷いた。


 結局、昼休みに彼女からされたお願いを俺は受けてしまったのだ。

 だけど別に彼女のかわいさに押し切られてしまったというわけではない。


 いや、もちろん、上目遣いに潤んだ瞳で見られて断り辛かったというのもあるのだけど、俺は俺自身で解消できない疑問を抱えていたから、孤児院に向かう道中にでも彼女にその事を聞けたらいいと思ったんだ。

 ただ、春野先輩が付いて来るというのなら白雪先輩も付いて来るかと思ったのだけど、意外にも彼女は姿を見せていない。

 本当に春野先輩が求めるから今までは春野先輩に付いて行動していただけかもしれないね。


 後は、もしかしたら俺たち――というよりも、春野先輩に気を遣ったのかもしれない。

 孤児院に向かっているとはいえ、今現在俺たちは二人きりになっている。

 デートに関しては人それぞれ基準があるみたいだけど、二人きりになって一緒に行動しているこれも見方によってはデートだ。

 実際隣を歩く春野先輩は頬を赤く染めながら嬉しそうにしている。

 両手の指を合わせながらモジモジとしているのは少し照れているんだろう。

 正直俺もこの状況は少し照れくさかった。


 多分白雪先輩は、この状況を作るために付いてこなかったんだと思う。

 春野先輩がデートしたがっていた事を白雪先輩は察していたからね。

 本当に春野先輩には優しい人だ。


 ……まぁその分弄り倒していた部分もあるけれど。


 女の子には優しくて男子には冷たいだけという結構割り切った人だと思っていたけど、昼休みの感じを見る限り意外と掴みどころがない先輩だと思った。


 一つわかってるのは、あの人が翔太を毛嫌いしているという事だね。

 翔太は無条件に女の子にモテる奴だと思ってたのに意外な天敵がいたものだ。

 そういうところは白雪先輩と美優さんは話が合うんだと思う。


 ……翔太にとっては最悪でしかないだろうけど。


「…………」

「ん?」


 天敵が一人から二人に増えている事で翔太に同情をしていると、春野先輩がチラチラと俺の顔を見上げていた。

 何か言いたそうにしているけど、いったいどうしたのだろう?


「どうされました?」

「うぅん、なんでもないよ……!」


 気になって声をかけてみると、春野先輩は慌てたように両手を顔の前で振って誤魔化した。

 そして俯いてしまい、小さく溜息をつく。


 さっきまで嬉しそうにしていたはずなのに本当にどうしたのだろう?

 もしかして俺が違う事に気をやっていたからその事を気にしてるのかな?


 先輩の態度が気になった俺は少し彼女の事を観察してみる。

 すると、俯ている先輩は何やら俺の右手を見ているようだった。


 もしかして――。


 昨日の車の中での事を思い出した俺は、ソッと春野先輩の左手に自分の右手を伸ばし包み込むように優しく先輩の手を握った。


「あっ、えへへ……」


 そしてその対応が正解だったというかのように、昨日と同じでだらしない笑みを浮かべる先輩。

 もっと自己主張してもいいのに本当に奥手な人だと思う。

 だけど同時にそんな先輩がかわいく思えてしかたなかった。


 あぁ、なんなんだろうね、この気持ちは。

 昨日までは好きじゃなかったのに、今はどんどんと春野先輩に惹かれてしまっている。


 みんながどうして先輩の事を好きだというのか、それは多分俺が見て惹かれている部分とは違うのだろう。

 だけど俺は、今のこの照れ屋でかわいい先輩のほうに惹かれていた。

 別にどっちが正解だとかそんな事を言うつもりはないし、俺が偉そうに言えるような事でもない。


 ただ事実として揺るがないのは、俺が春野先輩に惹かれてしまっているという事なんだ。

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