第28話「鬼才」

「――それでね、どうにか出来ないかなって思って冬月君について調べ初めたの」

「要は何が原因で学校をサボりまくるのかを突き止めてやろうと思ったわけね」


「……で、そんな時にふぶきから冬月君が料理コンテストに出ていたって話を聞いたんだけど……」

「今まであまり興味がなさそうたったのに、あの時は異様な食い付き方をしてきたわよね」


「それで次に冬月君がコンテストに出るって日にちを聞いて、学校を休んでまで頑張る理由が知りたくて見に行ったの。実際にコンテストに出てる冬月君を見て凄いなぁって思ったんだけど……」

「本当は、いくら料理を頑張っていても学生は学業が優先なのに信じられない。捕まえて注意しないとっていきこんでたわよね」


「…………」


 頑張って一生懸命に言葉を選んで説明をする春野先輩の横で、容赦のない白雪先輩が事実を教えてくれる。

 先程じゃれつきあいが終わったばかりなのに、また春野先輩が白雪先輩に怒りそうな雰囲気だ。

 実際ジト目で見てるし。


「先輩、気にしませんから話を進めてください」

「冬月君……」


 俺が気にしないと言うと、嬉しそうな目で春野先輩が俺の顔を見つめてくる。


 しかし――。


「白雪先輩が言ってる事が真実なんだろうなぁってわかってますので」

「冬月君!?」


 俺が春野先輩の言葉じゃなく白雪先輩の言葉を信じてる事を伝えると、またすっとんきょうな声を出した。

 物言いたげに俺の服を掴んできてグイグイと引っ張ってくる。


 いや、そりゃあ俺だって春野先輩の言葉を信じたいのだけど、こうまで言葉を選んでる姿を見せられると、ね。

 どうしても白雪先輩が言ってる事のほうが真実に見えてしまう。


「筋が通ってる事なら怒らないでしょ、彼は。それよりもこのまま誤魔化しながら話してると最後に辻褄が合わなくなって逆に信用を失くすわよ。ゆるそうな顔をしていても意外と彼は鋭いみたいだし」


 なんだろ、褒められてるのか貶されてるのかわからない言われようだ。

 ゆるそうな顔って何?

 俺は馬鹿そうな顔をしてるって事?


「えっと、ちょっと白雪先輩には言いたい事があるのですけど――」

「言ってみなさい」

「――どんな内容であろうと、白雪先輩の言う通り正直に話してくれるほうが俺は嬉しいです」


 ニコッと微笑んできた笑顔に恐怖を感じた俺は、白雪先輩の言葉をスルーして話を続けた。

 実際文句を言いたかったわけではなかったのだけど、これは反応してはいけないと本能が告げたんだ。


「……本当に怒らない?」


 まだ正直に話すかどうか悩んでるらしき春野先輩が上目遣いに聞いてくる。

 美少女の上目遣いはかわいくて反則だなぁ、と思いつつも俺はコクりと頷いた。


 すると、先輩はおずおずとゆっくり口を開く。


「その、ね? 本当の事を言うと、最初は君の事を凄い問題児だと思ってたの。話した事はなかったし、よくない噂ばかり聞いてたから……」

「まぁ、そうですよね。噂については俺も知ってますから当然の反応だと思います」


「それにこの学校って県でも有名な進学校でしょ? 今まで留年をしそうな子はおろか、複数回にわたって学校を休む子自体がほとんどいなかった中、君は出席日数が足りなくなりそうなほど頻繁に休んでたよね? 留年なんてさせたら学校のイメージダウンになっちゃうから、学校や生徒会からしたら君を問題児と判断せざるをえなかったの」


 確かにこの学校は岡山五校の一つと呼ばれるほどの進学校だ。

 俺は徒歩で通える距離にある学校がそうだと知った時は絶望したし、施設の人や翔太に教えてもらいながら一生懸命勉強したのを今でも覚えてる。

 あの時は本当に地獄だった。


「まぁ、先生から何回か呼び出しも喰らいましたからね……」

「うん、そうだよね。でもね、学校側にだけ任せきりにしてるわけにもいかなかったから、私たちのほうでも君について調べようとしたの。それで、その時君について知っていた人が二人いたんだけど……」

「一人は翔太ですね。もう一人は……?」

「ふぶきだよ。昨日言ったよね、ふぶきは料理コンテストとかをよく見に行ってるって」


 視線を向けれてみれば、白雪先輩が『何勝手に話してるの?』という目で春野先輩を見ていた。


 また後で喧嘩にならなければいいのだけど……。


 傍から見ていると凄く仲がいい二人に見えていたのに、一緒にいてみるとなんだか喧嘩ばっかりしてる気がする。

 とはいえ女子がするガチの喧嘩ではなくじゃれているようなものだし、喧嘩するほど仲がいい言葉もあるくらいだからこれでいいのだろうけど。


 それよりも今は、白雪先輩に知られていた事だね。


「コンテストって意外と多くありますよね? それに俺がコンテストに出る事ってほとんどないです。それなのにたまたま俺が出たコンテストに居合わせたんですか?」


 俺が出た事のあるコンテストは生憎全て県内で行われていなかった。

 県内で行われているコンテストで見られているのならともかく、県外で行われているコンテストだとバッティングする可能性は高くないと思う。

 なんせいろんな場所でコンテストは開かれているのであり、俺自体も滅多にコンテストは出ないのだからね。

 しかもその時期でいうと初めてコンテストに出たくらいの時だろう。

 いくらなんでも確率が低すぎると思う。


 白雪先輩は俺に疑われたのが気に入らなかったのか嫌そうな顔をしたけど、何やら自分の鞄から雑誌を取り出し始める。

 鞄はお弁当を入れていたから一緒に持って来ていたのだろうけど、副会長が雑誌を学校に持ち込んでもいいのかな?


 ――というツッコミは怖くてできない。

 だってそんなツッコミをしたら絶対に目を付けられるだろうから。


 まぁでも、この人厳しそうな雰囲気の割に意外と自由人だよね。


「これにあなたが載ってる」


 そう言って渡された雑誌の一面には、大きな見出しでこう書かれていた。

『鬼才、現る!!』

 ――と。


 そして一面一杯に広がる写真には見覚えがある人物が包丁を使って魚をさばいていた。

 ――そう、初めてコンテストに出た時の俺だ。


「なんですか、これ……?」

「何って、雑誌だけど?」

「いや、えっと、なんで俺が映ってるんです?」

「このコンテストで優勝したからじゃないの? 名が売れてる料理人を数人だけ集めたコンテストだったらしいわね。そしてそんな人たちを押さえて、普通なら出場資格すらないはずの初出場であるあなたが優勝した。しかも審査員全員が口を揃えて他の料理人と格が違うというほどの実力差を見せつけたんだもの。さすがにそうなれば雑誌に取り上げられて当然よね?」


 先輩が口にしているのは全てこの雑誌に記載されている事だ。

 確かに凄く料理が上手な人ばかりいて技術を盗み放題だなと思って当時参加していたのは覚えてるけど、俺は初めてのコンテストだったわけで普通コンテストに参加する人は皆そのくらいのレベルだと思っていた。

 人数が少なかったから規模が小さいコンテストなんだと思ってたのに、そんな名が売れてる料理人しか出ていないって今初めて知ったんだけど。

 しかも何より、自分が雑誌に載ってる事なんて初めて知った。


 これ半年くらい前の雑誌だよね?

 なんで美優さん教えてくれなかったんだ。

 それに勝手に写真載せられてるし、記事も大袈裟に書かれていて正直迷惑なんだけど……。


 やばい、頭痛がしてきた……。


「まぁでも、驚きはしても不思議ではないわよね。だって君、あの夏目美優さんの弟子なんでしょ?」


 色々と文句を言いたい事が出てきて頭を押さえていると、話を続けていた白雪先輩の声色が変わったのがわかった。

 だから先輩の顔に視線を戻すと、興味ありげな瞳の中に嫉妬の色が含まれている事に気が付く。


 そういえば白雪先輩、美優さんの大ファンだったっけ……。


「えっと、それよりも、この雑誌に載った事が理由で白雪先輩に興味を持って頂けたという事でいいんでしょうか?」


 このままだと絶対にめんどくさい事になると本能が警告音を鳴らしていたので、俺は速攻で話の軌道を戻す事にした。

 もちろん、機嫌を悪くしないように最大限に言葉を選んだよ。

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