第25話「押し倒し」

「――あ、あの……春野先輩……?」

「ん、なぁに?」


 三人でお昼を食べ始めて数分後、俺が少し戸惑いながら声をかけると春野先輩はかわいらしく小首を傾げる。

 一々かわいい人だな、と思ったけどそうじゃない。

 この笑顔に誤魔化されたら駄目だ。


「もう俺はいいんで、そろそろ先輩も食べてください。このままだと先輩が食べる分がなくなってしまいますよ」


 そう、ご飯を食べ始めてからずっと、春野先輩は自分で食べる事をせずに俺の口にばかりおかずやご飯を入れてきていたのだ。

 顔を赤らめながらだらしない笑みを浮かべて幸せそうだったためなかなか言えなかったのだけど、元々女の子という事で量が少なかったというのもあっていよいよ先輩の分がなくなりそうだった。

 だから止めに入ったのだけど――先輩は一回弁当に視線を落とした後ニコッと微笑んで口を開く。


「私もうお腹いっぱいだから大丈夫!」

「いえ、一口も食べてませんよね?」


 笑顔で発せられた言葉に俺は速攻でツッコミを入れる。

 一口も食べてないのにお腹いっぱいとかそんな不思議な事があるわけがない。


「幸せで胸いっぱいだから十分だよ」


 しかし、春野先輩は自分は食べる必要がないと主張をしてくる。

 幸せで胸いっぱいなんて、俺には勿体ない言葉だ。

 本当に俺の事を好きでいてくれてるんだなと胸が熱くなった。


「――無糖のコーヒーがほしい……」


 かわいらしい笑顔で嬉しい事を言ってくれる春野先輩の顔を見つめていると、若干げんなりした声が突然聞こえてきた。

 慌てて声がするほうを見てみれば、白雪先輩が物言いたげな表情で俺たちの顔を見つめている。

 怒っているわけではなさそうだけど、呆れられているのとうっおしそうに思われてるのが表情からわかった。


「喉乾いたの? お茶なら持ってるよ?」


 そして春野先輩は白雪先輩の言葉をそのままの意味で捉えてしまったのか、自分の水筒を白雪先輩に差し出してしまう。

 さすがのこれには白雪先輩も苦笑い――かと思えば、もう慣れてるのか少し溜め息をついた後お礼を言って水筒を受け取っていた。

 こんなやりとりがよく行われているんだろう。

 なんとなくわかってきたんだけど、どうやら春野先輩は結構天然が入ってるらしい。


 本当に大人っぽくて素敵な先輩というイメージが粉々に壊されていってるんだけど、これはこれでかわいいのでありだと思う。

 というか俺的にはこちらのほうが好きなくらいだ。

 やっぱり大人っぽいよりも抜けてて子供っぽいほうがかわいいと思ってしまうからね。


 まぁただ、白雪先輩の気分は害してしまっているようだから俺ぐらいは謝っていたほうがいいな。


「えっと、すみません白雪先輩」

「別にいいわ、こうなると思ってたし。むしろこの子にしては抑えてるほうだわ」


 うん、これで抑えてるほうってちょっと怖くなるんだけど。

 でも確かに、昨日一日の様子を見ていると結構凄いというのはわかる。

 春野先輩に対して見た目に似合わず暴走しそうな印象を持ってしまうほどだったからね。


「押し倒されないように気を付けたほうがいいと思うわ」


 挙げ句このアドバイスをもらう始末。

 いったい春野先輩が抑えなくなったらどうなるのか――そしてこのまま付き合い続けると俺は大丈夫なのか若干不安になってきた。


 後、既に押し倒されてしまったのでもう遅い気もする。


「何かよくわからないけどふぶきが私の事を酷く言ってる事だけはわかった」

「酷くは言ってないわよ、私はただ事実を言っただけですもの」

「そんな事実に身に覚えがありません」

「普段から私が付いていかなかったら捨てられた仔犬のような目で見つめてきたり、私が行く場所に勝手に付いてきたり、挙げ句遊びに行く時に誘わなかったら拗ねる子がよく言うわね。それに一回押し倒された事、まだ私は忘れてないわよ?」


 ……えっ?

 今白雪先輩、なんて言った……?


「あ、あれは事故だって何回も言ったじゃん! 足がもつれてこけちゃっただけだって!」

「その際に人のいろんなところを――」

「あっ、あぁ! わっ! わっ! 言っちゃだめ! 冬月君に聞かせちゃだめ!」


 先程から聞き捨てならない言葉ばかり聞こえてくると思っていると、最後のはよほどまずい事なのか春野先輩が両手を振って会話を切ろうとする。

 俺の読みは少し外れていて白雪先輩じゃなく春野先輩が白雪先輩を連れ歩いていたのには少し驚いたけど、それ以上にこの二人の間に何があったのか気になった。

 だけど聞いてしまうのは怖いし、聞けるような雰囲気でもない。

 白雪先輩は春野先輩をからかっているだけで核心をつくつもりもないようだし。


 後、意外と思ってたほど白雪先輩の態度はきつくない。

 ジッと見つめたり、過度にいちゃつかなければ特に邪険に扱われる事はなさそうだ。


「冬月君に愛想をつかされなければいいけどね」

「だからなんでそんないじわるばかり言うの!」


 俺は再度じゃれあい始めた二人を横目に、女の子っていろんな一面を持ってるんだなと思うのだった。

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