第26話「冷たさと優しさ」

「――それで、今日は生徒会がお休みだけどお二人さんはデートでもするおつもりなのかしら?」


 先輩たちのじゃれつきあいが終わり、お弁当も残り少なくなったところで白雪先輩が若干からかうような口調で言ってきた。

 視線は俺じゃなく春野先輩を捉えているのでどうやらまたからかおうとしているらしい。

 澄ましているイメージが強いのに意外とからかい好きのようだ。


「デ、デートって、そんな……。ふ、冬月君はアルバイトがあるもんね……?」


 春野先輩は白雪先輩の言葉を受け、恥ずかしそうに頬を赤らめながらチラチラと俺の顔を見上げてくる。

 こういう反応をするから多分白雪先輩は春野先輩をからかってしまうんだと思う。

 俺だってこういうかわいい反応を見せられると、いじわるしてみたいなぁって思ってしまうくらいだし……。


 ただ、チラチラと俺の顔を見上げてくるのは照れてるだけじゃない気がする。

 遠慮がち……という感じかな。

 バイトの事を真っ先に口にしたし、昨日の約束をちゃんと守ってくれようとしてるんだろう。


 だけどこの様子を見るに、やっぱりデートはしたいみたいだ。


「昨日あんな話をしたばかりであれなのですけど、実は今日バイトはないんです」

「えっ……!?」


 美優さんのほうは休みの日だし、もう一つのバイト先のオーナー――美優さんのお父さんからは、いい加減休めと言われて今日はバイトを入れる事ができなかった。

 その事を春野先輩に伝えると凄く目を輝かせて期待するような目で俺の顔を見つめてくる。


 だけど、申し訳ない。


 バイトがないなら俺には行かないといけないところがある。

 それは、春野先輩と付き合う際に言っていた彼女よりも優先しないといけない事だ。


「すみません、バイトはないんですけど、行くところがあるんです。だからデートには行けません」


 期待させて申し訳ないなと思いつつ、今日はデートに行けない事を伝えてみる。

 すると、春野先輩はかなり落ち込んでしまいシュンとしてしまっていた。

 やっぱりデートに行けると思わせてしまったみたいだ。


 そして俺が春野先輩を落ち込ませてしまったからか、それとも彼女の事を優先できない男に苛立ちを覚えたのかはわからないけど、白雪先輩がとても冷たい目で俺の顔を見つめてくる。

 全身から殺気でも出してるんじゃないかと思うような表情だ。


「いや、えっと、そういう約束でお付き合いをしたわけなので……」


 絶対にこのままだと何か文句を言われる、そう思った俺は白雪先輩に対して先手を打つ。

 しかし、それは悪手でしかなかった。


「付き合うのに条件を出すのっておかしいと思うのだけど」


 部屋の温度が数度下がった――そう思うくらいに白雪先輩の表情が更に冷たくなる。

 絶対に今の一言で怒らせてしまった。


「いい、いいのいいの! 私が無理に頼み込んだんだから仕方ないんだよ!」


 さすがに空気の悪さを感じて落ち込んでいる場合じゃないと思ったのか、春野先輩が慌てて間に入ってくれる。


 同時に、春野先輩が間に入ってくれた事でホッとしている自分を情けなく思う。


「美琴をほっといてまでする用事って何? 塾や習い事はしてなかったわよね?」


 春野先輩が間に入ってくれたおかげで少しは話し合いをしようと思ったのか、白雪先輩は少し威圧的ではあるけど用事について聞いてくれた。


 ただ、ちょっと待ってほしい。

 なんで俺が習い事をしてない事までバレてるの?

 バイト先の住所も春野先輩に知られていたし、俺の情報が筒抜けすぎないかな?


 あまりにも俺の事に対して色々な事を春野先輩や白雪先輩が知っているので俺は戸惑いを隠せない。


 だけど、よく考えてみると一つだけ心当たりがあった。


 何を思ったのかはわからないけど、この二人に情報を流してるのは翔太しかいない。

 俺について詳しく知ってる人間はこの学校に翔太しかいないし、翔太は昨日も春野先輩に色々と協力をしていた。


 普段なら口が軽い人間ではないのだけど、何か利害が一致したのなら話してる可能性は十分にある。


 ……もしくは、白雪先輩の怖さにひれ伏し全てを打ち明けたかだ。

 その可能性もなきしにもあらず。

 白雪先輩は普通に怖いので生徒会室で一緒にいないといけない以上彼女に逆らえなくても不思議じゃない。


 現に俺一人だけ残してあいつ逃げてるし。


 俺は後で色々と翔太の事を問い詰めようと心に決めつつ、今は白雪先輩の質問に答える事にする。

 本来なら答える義務がないため誤魔化してもいいのだけど、春野先輩までもが気になっているようでチラチラと俺の顔を見てきていたからここで誤魔化すわけにはいかなかった。


 彼女が自分より優先される事が気になるのは当然の事だし、自分が酷い扱いを受けていても俺の事を庇ってくれる優しい人でもある。

 こういう人を無下にできるほど俺は無神経じゃない。


「いつもそうなんですけど、俺はバイトがない時は自分を育ててくれた孤児院に顔を出してるんです。だから、今日も孤児院に行くつもりです」


 俺は普段暇さえあれば、古巣である孤児院に顔を出していた。

 もちろん、それにも色々と理由があるのだけど……これに関してはあまり話したくない。


 しかしこれだけだとまだ何か言われるかと思ったけど、意外にも二人は納得いった様子を見せる。

 特に白雪先輩の纏う雰囲気なんて数段優しくなった。


 先程まであった怖い雰囲気はなく、むしろ若干笑っているようにも見える。


「そう、そういう事ね。ごめんなさい、私が悪かったわ」

「あっ、えっと……いや……」


 いきなり謝られ、俺は何が何やら訳がわからなくなる。

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