第18話「甘々な雰囲気」

 にぎにぎ……恋人繋ぎになっても、先輩は俺の手を握って遊び始める。

 感触を楽しんでいるんだなって事はわかるけど、本当に子供っぽいところがあると思う。

 ただ、かわいいので何も言う事はしなかった。

 むしろちょっと反応を見てみたくてこちらからもにぎにぎと握ってみる。

 すると、先輩は嬉しそうな声を出した後更に握ってくる手に力を込めてきた。


 チラッと先輩の顔に視線を向けてみれば、同じようにこちらを見てきた先輩と目が合ってしまう。

 少し照れ臭い気持ちになるのだけど、先輩はそれ以上に恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている。


 ……というか、なんだか先輩の顔はもう真っ赤なイメージしかないのだけど。


「えへへ……」

「ご機嫌ですね」

「うん、とても幸せな気分……」


 やばい、どうしよう。

 先輩は本当に幸せなのか、蕩けた笑みを浮かべて熱っぽい息を吐いているんだけど、そのせいでとても色っぽく見える。


 何よりそんな彼女を見ていて俺はとてつもなく恥ずかしくなってきた。

 こんなふうに好意を向けられるのなんて今日が初めてだし、女の子からこんな事を言われるのも初めてだ。

 だからどう反応したらいいのかわからなくなってしまう。


「えっと……それはよかったです……」

「うん……」


 結局会話が続かなくなり、俺は窓の外に視線を逃すという形で逃げてしまった。

 ただ、それでも先輩はにぎにぎと俺の手を握ってくる。


 数分後にもう一度顔を見てみれば、また先輩と目が合ってしまった。

 おそらくずっとこちらを見ていたのだろう。

 目が合うととても嬉しそうに先輩は笑ってくれる。

 正直その笑顔を見てとてもかわいいと思ってしまった。

 同時に、なぜか直視できなくなっていて、俺はまたすぐに顔を背けてしまう。


 すると、またにぎにぎと先輩は手を握ってくる。

 もしかしたらこれは『かまって』というアピールなのかもしれない。

 だけど、ちょっと今は顔が熱くて先輩のほうを見えれそうになかった。

 多分見てもすぐに顔を背けてしまうだろう。


「むぅ……」


 しかし、先輩のほうを見ないでいると、なんだか拗ねたような声が聞こえてきた。

 窓の反射で先輩の様子を見てみると、子供みたいにぷくっと頬を膨らませて俺のほうを見ている事に気が付く。

 先程まで幸せと言って頬を緩めていたのに、 俺が相手をしなくなったせいで拗ねてしまったようだ。


 学校では高嶺の花と呼ばれている先輩なのに本当に子供っぽい一面を持っている。

 今まで大人みたいな人だと思っていたけど、年相応というか、むしろ年下のように見える態度だ。

 だけど拗ねられるのは困るので、顔が熱いのを我慢して先輩と目を合わせてみた。


 すると――

「えへへ……」

 ――瞬く間に機嫌は直り、先輩はとても嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。


 やっぱりこの人は反則級にかわいいと思うのは俺だけなのだろうか?

 さっきから言葉が単調になっているけど、そんな事気にならないくらいかわいく見えてしまう。

 正直今が人生で一番幸せな時かもしれない。


 この一時ひとときがずっと続けばいいのに――ふと、そんな事を考えてしまった。

 しかしこの世は非情な物で、この幸せな時間も早々に終わりを告げてしまう。


 それは――

「何この甘い雰囲気!? 確かにそういうのを期待していたけど! 期待していたけど――いくらなんでもこれは甘々すぎでしょ! 糖分過多で私死んじゃうわ! てか君たち私の事忘れてるでしょ!?」

 ――ずっと黙って車を運転していた美優さんの、発狂に近い叫びによってだった。


 ちなみにこの後は春野先輩を家まで送った後、俺の家に着くまでの間彼氏いない歴イコール年齢となってしまっている美優さんの愚痴を長々と聞く羽目になってしまった。

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