第17話「だらしない笑顔」
美優さんに言われ、俺は視線を春野先輩へと向けてみる。
すると、先輩はモジモジとしながら髪や耳をいじっていた。
チラチラと俺の顔を上目遣いに見上げてくるし、何かを期待しているように見える。
「……一緒に後ろに乗りましょうか」
「う、うん……!」
誘いをかけてみると、先輩は顔を赤く染めたままコクコクと一生懸命に頷いた。
俺はそんな先輩を見て少し照れくさい気持ちを抱きながら後部座席へと乗る。
美優さんが運転する車は五人乗りの普通車。
だから二人して後部座席に座ると、結構近い距離に先輩の体がくる。
ちょっと手を伸ばせば先輩の手に自分の手が当たってしまう距離だ。
「…………」
車が動き出す中、俺の視界の端では先輩が何やら俺の手と自分の手を交互に見ている姿が映る。
そして、そーっと手を伸ばしてきたかと思えば、ピュッと自分の元に手を戻すというような少し奇怪な動きをし始めた。
多分、手を繋ぎたいんだと思う。
だけどその勇気が湧かないようだ。
少しだけ先輩がどうするのか見守ってみると、数分後に諦めたように肩を落としてシュンとしてしまった。
どうやら勇気が湧かなかったらしい。
………………かわいそう、だよね……。
今日先輩は俺と話したいという事で遅くまで外で待ってくれていた。
お店で少し話せたとはいえ、あれはおそらく先輩の望んでいたような話ではなかっただろう。
その上でこんなふうに我慢させるのは、さすがに男としてどうなのだろうか。
俺からしたほうがいいよね……?
「先輩」
「――っ!? えっ、えっ……?」
優しく包み込むように先輩の手を握ると、先輩が目を白黒させながら俺の顔を見てくる。
さすがに自分から手を握った事で恥ずかしくなった俺が目を逸らすと、どうして俺が手を握ったのかわかったのか、『えへへ……』と嬉しそうに微笑んでいるようだった。
にぎにぎ……俺の手の感触を楽しむかのように先輩は手を握ってきている。
なんだろ、子供っぽくてかわいいと思う反面、不思議な恥ずかしさもあった。
それに先輩の手、温かくてとても柔らかい。
女の子らしい柔らかい手を握っていて、自分が今高嶺の花と呼ばれる春野先輩と手を繋いでるんだと実感する。
正直未だにどうして先輩が俺の事を好きでいてくれているのかはわからない。
ただ、こんなにも幸せそうな笑みを浮かべてくれる表情を見ると俺も嬉しかった。
「んっ……」
横目で先輩の顔を見ていると、俺の手をにぎにぎと握って遊んでいた先輩の手の動きが変わる。
一本一本、ゆっくりと指を絡めてきていた。
どうやら恋人繋ぎをしようとしているらしい。
既に手を繋いでるのにもかかわらず遠慮がちに指を絡めてきているのは、多分俺に拒まれる事を恐れているんだろう。
今まで多くの男子に言い寄られていただろうに、先輩は意外と奥手のようだ。
さっきみたいにこちらから恋人繋ぎに変えてもいいのだけど、今は先輩が勇気を出して恋人繋ぎをしようとしているみたいだから黙って見守る事にする。
「――あっ、えへへ……」
数十秒後、やっとの思いで恋人繋ぎに成功した春野先輩は頬をだらしなく緩めてまた幸せそうな笑みを浮かべた。
その笑顔を見て素直にかわいいと思ってしまう。
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