第19話「ざわつく教室」

「――冬月君はいるかな?」


 春野先輩と付き合い始めた二日目の昼休み、なんとなく想像はしていたけど春野先輩が俺の教室を訪れた。

 ちょっと意外だったのは朝や休憩時間にはこの教室に顔を出さなかった事。

 昨日の様子だと毎時間来るかと思っていたのだけど、彼女が今日初めて現れたのは昼休みだった。


 しかし――。


「えっ、今度は冬月狙い?」

「いやいやさすがにないだろ。ただ雑用を押し付けに来ただけだって」

「馬鹿、春野会長がそんな事するわけないだろ! それに冬月と面識ないんじゃないのか?」

「あれだろ、冬月が何か落とし物してたとか」

「だったら担任が持ってくるんじゃねぇの?」


「冬月君に用事なんて……どういう事なのかな?」

「もう夏目君は飽きたって事? でも、夏目君と冬月君だったら比べるまでもなく……ね?」

「そもそも冬月君を恋愛対象だなんて見てないでしょ」

「でもさ、見てよあの春野先輩の表情。昨日夏目君にも見せなかった乙女の表情をしてるよ……?」

「…………今日は、大雪かな」

「夏なのに!?」


 ――この学校カーストナンバーワンである春野先輩が、おそらくこの学校カースト最下位である俺の元を訪れた事にクラス内がざわめき始める。

 昨日翔太を求めて先輩が来ていた時よりも凄いざわつきようだ。

 気持ちはわからないでもないけど、耳に入る言葉はどれも気がいいものではない。

 昨日の事で俺に今朝結構文句を言われた目の前にいる翔太でさえ、顔をしかめてクラス内のざわつきようを見ていた。


 このままだと変な注目を集めてしまうし、春野先輩がクラス内に入ってくる前に俺は席を立って先輩の元に向かう。

 元々俺の席を先輩は把握していたため、俺が動いた事で嬉しそうに笑みをこぼした。

 それだけで背後から男子の嫉妬の視線が俺を襲い、ましてやクラス内の疑惑の声が大きくなる。


「何、あいつ夏目から春野会長を寝取ったの!?」

「そんなわけないでしょ!」


 一瞬とんでもない言葉が聞こえた気がしたのだけど、その後すぐにパチンッと快音がクラス内に鳴り響いていたので俺が何か言う必要はなさそうだ。

 女子って男子よりもすぐに手が出るよな、とかそんな事は考えていない。


 ……本当だよ?


「えっと、お昼を一緒にという事でしょうか?」

「う、うん、だめ、かな……?」


 昼休みにわざわざ教室に来る用事などわかりきっているため尋ねると、不安げに上目遣いで見つめられてしまった。

 両手の指を合わせてモジモジとしている。

 その様子を見てまたいっそう男子の嫉妬の視線が増したような気がする――というか、憎悪のような感情が向けられている気がするのだけど、俺は何もしていないのだから許してほしい。

 確かに今の春野先輩はとてもかわいいし、今まで高嶺の花として見せていた上品で大人っぽい印象とは全然違うギャップがあって半端なくかわいいのだけど――そんな、人を呪い殺しそうな感情を向けられても俺は困る。


「いえ、行きましょうか」


 この場にいたくない俺は、速攻笑顔で先輩の言葉に頷いた。


 ――ちなみに笑顔というのは苦笑いを意味する。


「う、うん! あっ――でもね……」

「えっ、どうかしましたか?」

「その……」


 何かよくわからないのだけど、春野先輩はとても言い辛そうに視線を自分の横に向ける。

 だけど俺の位置からだと教室のドアが邪魔で先輩が何を見ているのかわからない。

 そして再度俺に視線を向けてきた春野先輩は本当に申し訳なさそうな表情をしているのだけど、いったいドアの向こうには何がいるのか。


 ――それを知った時、俺は先輩の誘いを受けた事をかなり後悔した。


「私もいるけど、いいかしら?」


 ドアの向こう――俺の位置からは見えない場所から、最近聞いた覚えのある冷たい声が聞こえてきた。

 そしてヒョイッと顔を出したのは、雪女を連想させる白くて綺麗な肌をした美少女。

 態度だけでなく表情までも冷たい印象を相手に与える事で有名な、白雪先輩だった。


 白雪先輩は俺に問題ないか聞いているけど、その目からは俺が頷く事以外は許さないという脅迫の意思を感じる。


 ちなみに白雪先輩は今笑みを浮かべているのだけど、本来美少女が笑うと綺麗だったりかわいいはずなのに、この人が笑みを浮かべていると恐怖を感じるのは俺だけなのだろうか?

 昨日はいなかったはずなのにどうして今日はいるのか……考えるまでもないんだろうな。


「あっ、俺はお邪魔そうなのでやっぱりやめ――」

「えっ……そんなぁ……」

「――すみません、冗談です。すぐにパンを取ってきます」


 白雪先輩と一緒にご飯を食べるなど冗談じゃないと思って断ろうとしたのだけど、春野先輩がシュンと落ち込んでしまったので即座に俺はパンを席へと取りに行った。

 その際に自身の席でお弁当を広げようとしていた翔太がいたので、何も言わずに手を掴んで一緒に連行をする。


「人を生贄にしようとするのはどうなのかなぁ!?」


 長い付き合いだけあって翔太は俺の意図を汲んだようで文句を言ってきた。

 生贄とは人聞きが悪いけど、翔太を緩衝材にしようとしているのは事実だ。

 白雪先輩もイケメンで優男である翔太がいたら少しは優しくなるかもしれないからね。


 だけど――。


「…………」


 何も言わないけど、俺が翔太を連れてきた事によって確実に白雪先輩の機嫌は数段悪くなっていた。

 そういえばこの人、翔太でさえ例外にならない男嫌いだった。

 通りで機嫌が悪くなるわけだ。


「僕、帰ってもいいかな……?」

「頼む翔太、俺を見捨てないでよ」


 物凄く帰りたそうにする翔太を俺はなんとか引き留め、二人してこの後待ち受けるであろう地獄に乗り込む事にした。


「それじゃあ生徒会室に行こうね」


 一人だけご機嫌になっている春野先輩は空気が読めてないのだろうか?


 ……いや、多分浮かれてて気付いてないんだろうね。


 ウキウキ気分になってしまった春野先輩はちゃっかり俺の隣を位置取り、そのせいで横長に広がるわけにはいかない白雪先輩が翔太の後ろへと行く。

 どうやら翔太が相手でさえ男の隣に並ぶのは嫌らしい。


 二人は俺と春野先輩の後ろを歩いているため後ろから二つの意味を持つ視線を感じるようになったのだけど、これは振り向いたら負けの奴だと俺は知っている。

 しかし今気になるのはそれだけではない。


 俺以外はこの学校の生徒にとって超が付くほどの有名人で、しかも全員美男美少女なため物凄く視線を集めていたのだ。

 そしてそこかしこからヒソヒソ話が聞こえてくる。

 いったいどんな内容が話されているのかは聞かないほうが身のためだろう。


 ただはっきりしているのは、このメンバーで行動をするのはやめたほうがいいという事だ。


 多分このメンバーで遊びに行く事は一生ないね――と、密かに思ったのはここだけの話。

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