第13話「いじらしくてかわいい彼女」

「春野先輩、どうしてここに……?」


 現在深夜0時を過ぎてしまってる。

 女子高校生で、なおかつ優等生として知られる彼女がこんな時間に出歩くとは思えない。

 何より、服装が制服のままだ。

 生徒会が終わってから家に帰ってないんじゃないだろうか?


「あっ、えっと……お話、したくて……」


 恥ずかしそうに両手の指を合わせてモジモジしながら春野先輩はチラチラと俺の顔を見上げてくる。


 かわいい……と思わず思ってしまうのは、彼女と付き合う事になったからなのかな?

 なんだかんだ言っても、やっぱり俺は春野先輩の事をかわいいと思ってるんだよね……。


 ただ、それよりも俺はもっと彼女に気を遣ってあげなければいけなかった。

 付き合い始めた初日なのだから彼氏と一緒にいたくなったり、話をしたくなるのは当たり前なんだ。

 今日別れる時だって、春野先輩は名残惜しそうにしてくれていたわけなんだし。


「すみません、気が回らなくて……」

「い、いいよいいよ! 私の一方通行だって事はわかってるから……!」


 一方通行――その言葉を聞いて少し胸が苦しくなった。

 先輩がこの言葉をどんな思いで言ってるのかを咄嗟に想像しまったからだ。

 しかし、今はまだそれが事実だから否定はできない。

 ここで安易に取り繕うような事はしたくなかった。


「店内に入ってこられてもよかったのに……。それに、いったいいつから待っててくださったんですか……?」


 俺は考えてる事はおくびにも出さず、気になってる事を訪ねてみる。

 すると春野先輩は言いづらそうに視線を逸らしたけど、ここで嘘をつくのはよくないと思ったのか再度俺の顔を見て口を開いた。


「お仕事のお邪魔したくなかったから……。時間は、生徒会が終わってから来たから……19時くらいかな……?」

「五時間も待ってたの!?」


 春野先輩の言葉を聞き、沈黙に徹していた美優さんが大きな声を出して驚く。

 今が深夜だと思い出して慌てて口に手を当てて黙り込むも、信じられない目で春野先輩を見つめていた。

 俺は多分そうなんじゃないかと思っていたからそこまで驚かない。


 正直言えば、先輩が俺を好きでいてくれてる事が凄く伝わってきて嬉しいと思ってしまっている。


 だけど、先輩がしている事はほめられた事じゃない。

 生意気かもしれないけど、それだけはちゃんと伝えよう。


「先輩、待っててくださって有り難いのですけど、こんな夜分遅くに一人で外にいるのは危ないですよ。いくらここら辺は治安がいいからといっても、先輩のようなかわいい人が真っ暗な中に一人でいれば変な気を起こす人が出てくるかもしれませんから」


 長時間待ってまで話がしたいと言ってくれるのは本当に嬉しいのだけど、俺としては彼女の事が心配になるからもっと気を付けてほしいという思いがある。


 しかし――。


「か、かわいい……! かわいいって言ってもらえた……!」


 どうやら、先輩に俺の言葉は届いてなさそうだ。

 嬉しそうに頬を緩めてしまっている。


 その様子を見て俺の隣では、『うわぁ……』と全てを察した様子の美優さんがいた。

 キラキラと期待に満ち溢れた目で俺の顔を見上げてきたので、おそらく全てバレてしまったのだろう。

 美優さんはクイクイッと俺の服の袖を引っ張って『紹介して』と促してきた。


「えっと……こちら、今日からお付き合いさせて頂くようになった、春野美琴さんです」

「は、初めまして、春野美琴です」


 俺に紹介され、春野先輩は緊張した様子で頭を下げる。

 俺はそんな彼女を横目に今度は美優さんのほうに手を差し出した。


「こちら、俺がいつもお世話になってるこのお店の店長さんで、翔太のお姉さんでもある夏目美優さんです」

「初めまして、夏目美優だよ。一応こんな見た目でも、二十歳は越えてるからよろしくね」


 子供扱いされたくない美優さんは、シレッと大人アピールをする。

 だけど年齢をきちんと口にしなかったのは、年上過ぎるように見られるのも嫌なんだろう。

 そこら辺はやはり女の人らしいこだわりだ。


「あっ、やっぱり……ふぶきが大ファンの人だ……」

「大ファン?」


 春野先輩がボソッと呟いた言葉が耳に入り、俺は首を傾げる。

 すると、春野先輩は言ってもいいのかどうか少し悩んだ後、ゆっくり口を開いた。


「えっと、よく雑誌に載られていますよね? 料理コンテストやパティシエの方が出場されるコンテストでいつも優勝されているとかで」


 まさか、春野先輩がその事を知っているとは思わなかった。

 確かに美優さん――というか、ちょっと訳ありでうちの従業員はコンテストがあればなるべく誰かが出場しないといけない事になっているのだけど、美優さんが出た時は必ずコンテストで優勝をしていた。

 俺が出る時は美優さんは出ないので本気になった美優さんの凄さは体感した事がないのだけど、残された結果から凄い事だけは容易に想像がつく。


 だから美優さんに取材をしたがる雑誌も多いのだ。


 ……まぁでも、美優さんは取材を受けた時などでお店の名前は絶対に出さない。

 というか、他のメンバーも同じだ。

 それも美優さんの方針になるのだけど、常連になってくれた地元の人たちを大切にしたいという事らしい。


 その考えにメンバーで不満を持つ人はいなかった。

 みんな同じ考えなのだ。


 ……まぁ俺は一度も取材の話がきた事がないのだけど、きっと花がないからだろう。

 取材されても困るだけなので別にいいのだけど。


「知っててくれたんだ、嬉しいなぁ。でも、ここで働いてる事は他の人に内緒ね?」


 俺が一人ちょっと悲しげな感じになっている横では、美優さんが春野先輩に対して鼻の前で人差し指を立ててウィンクをしていた。

 美優さんはフロアに顔を出さないから常連さんにもバレてないのだけど、バレて広まったりしたらお客さんがいっぱい来て困ると思って内緒にしたいのかもしれない。

 そうなると、常連さんたちを長い時間待たせる事になるかもしれないからね。


 でも、実際ケーキの味やコーヒーの味、それに夜の部で出される料理によってこのお店は既に口コミで広まってるのだから、今更な気もするんだけど……まぁ、美優さんの存在が明らかになるかどうかでまた変わるのかもしれないな。


「あっ……はい……」


 春野先輩は聞き分けがいい人だから、美優さんの言葉に素直に頷いてくれる。

 だけど、どこか反応がおかしかった。

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