第12話「合法ロリとの料理修行と動画撮影」

「うぅん……何年の付き合いだと思ってるの? そんな見え見えのやせ我慢しても意味がないよね?」


 俺が嘘を付いた事はすぐにバレてしまい、美優さんが優しくたしなめてくる。

 言葉の通り、長い付き合いのせいで俺の嘘なんてすぐにわかってしまうのだろう。

 孤児院出身な俺だけど、実は美優さんと翔太とは小学一年生の頃からの付き合いになる。

 だから美優さんとはお互いの事について結構理解し合ってしまっているのだ。


「いや、でも……」

「言い辛い事?」

「まぁ……」

「そっか、じゃあ話したくなったら話してくれたらいいよ」


 美優さんは俺の様子を見て無理に聞き出すような真似はせず、遠回しに『聞いてほしくなればいつでも相談に乗るよ』と言ってくれていた。

 本当に優しくて気が利くいい人だと思う。


「ありがとうございます」

「うん――それじゃあ、行こっか」


 優しく微笑む美優さんに、おいでおいでと手招きをされた俺はそのまま彼女の後について行く。

 一旦掃除を終えて他の従業員が帰ってから俺たち二人だけで行われる事――それは、俺の料理修行だった。


 料理とっていってもジャンルは不問。

 美優さんに苦手分野はなく、そしてある程度の料理はマスターしている人だからこそいろんな事を教えてくれる。

 極たまにとんでもない食材が出てくる事もあるのだけど、美優さん曰く捌き方や調理の仕方を知っていて損はないからとの事らしい。


 ただ、土曜日だけは決まってパティシエとしての技術を教えてくれていた。

 それはまた、別の理由も関わってくるのだけど。


「今日は何を作るんですか?」

「ん? ふふ――」


 厨房に移動する中今から作る料理に関して尋ねてみると、とてもいい笑顔を返されてしまった。

 これは、いい素材が手に入った時にだけ浮かべる美優さんの笑顔だ。

 そして、美優さんの隠されたもう一つの顔が表に出てくる事を意味する物でもある。


「――さぁ、今日手に入った食材は夏の高級魚『マゴチ』だよ! 今日も元気よく調理しながら弟子君に教えていくから、みんなも完成するのを楽しみにしててね!」


 おそらく、何も見ずにこれだけを聞けば美優さんが突然おかしくなってしまったのではないかと思われるだろう。

 だけどこれは、美優さんが高級な食材や珍しい食材を手に入れた時のみやっている、動画撮影なのだ。

 そして撮った動画は休みの日に編集して世界的に有名な動画サイトに投稿しているらしい。


 事の始まりは美優さんの修行仲間がかわいいケーキを作る動画を撮って配信していたらしく、美優さんもやってみれば絶対人気になると勧められたのが発端らしい。

 ただ、それだけでもない。


 元々俺の修行で使っていた食材は賞味期限が切れそうなお店の余り物ばかりだった。

 だからあまりいろんな料理は作る事ができなく、このままだと修行にもいつか限界がくる事がわかりきっていてどうしようか美優さんが頭を悩ませていた事があったんだ。

 そんな時に友達から動画のネタになって経費でも落とせると聞いて、俺にいろんな料理を作らせられるための費用になるならやってみるのはいいかもしれない、という事で美優さんがこの動画配信をするようになったのだ。


 そしてその結果――わずか半年で、動画登録者数三百万人越えという半端ない登録者数を獲得できたらしい。


 どうやらめちゃくちゃかわいい小学生がプロ顔負けの捌き方や調理をする、という事でバズッタ(?)らしく、大反響のようだ。

 もちろん美優さんは自分が大人だと公表しているし、小学生というコメントは全て否定しているけど、視聴者たちは小学生が背伸びしていてかわいいと捉えているらしい。

 その点においては美優さんは凄く不満そうだけど、褒められる事は嬉しいらしく今では立派な趣味としてやっている部分もある。


 ちなみにチャンネル名は『合法ロリが立派な弟子君を育て上げるまで』というものだ。


 ……うん、チャンネル名には問題がある気しかないのだけど、この名前を決めたのは美優さんの修行仲間らしい。


『合法ロリ』を抜きたい美優さんと、『合法ロリ』が必要という修行仲間の人で大いに揉めたと前に美優さんが言っていた。


 結局は美優さんが根負けしたようだけど、その事を聞いた俺はよく折れたなと思ったくらいだ。

 ただ、チャンネル名の通りこれは俺に美優さんが料理を教えてくれるところを動画配信しているわけで、当然俺の姿も映ってしまっている。

 だけど俺に関してはしっかりと顔が映らないように美優さんが配慮してくれていた。


 だからネットでは、小学生の女の子が教えている弟子は女の子の兄だという憶測が立てられており、兄妹の微笑ましい動画として女性にも大人気なんだとか。

 出演しているとの事で動画配信で得たお金を俺にもくれると美優さんは言ってくれたのだけど、材料費は結構かかるみたいだし、電気代やガス代などはお店の経費とは別に計算させてしまう手間をかけさせている事や、何より美優さんは大切な自分の時間を削って俺に料理を教えてくれているのに、お金までももらうわけにはいかないと思って断っていた。


 ……配信頻度は動画配信を本職にしている人たちに比べたら大分少ないらしいけど、配信時の視聴率が凄くて結構な額をもらっているらしい。

 なんだか聞いたらいけないような気がすると思って、額については詳しく聞かない事にした。

 知らないほうが幸せというのもあると思うんだ。


「弟子君、おいで」


 どうやらもういいようで、美優さんに呼ばれた俺は彼女の隣に行く。

 そして、動画を撮るためのカメラとライトの中、隣で手本としてもう一匹のマゴチを捌く美優さんの指示に従ってマゴチを捌き始める。


 まずはエラぶたにある棘の先を調理バサミでカットし、次に背びれにある棘を全てカットしてからヒレをカットしていく。

 その後は魚を調理する時にはかかせないうろこを綺麗に落としていき、うろこが綺麗に落ちれば内臓を傷つけないようにしながら頭部と胴体を包丁で切り離した。


 本来の美優さんの包丁捌きなら一瞬で切り分けていくのだろうけど、美優さんは俺に手本を見せるためにわざとゆっくりと丁寧に切り分けてくれていた。

 俺はそんな美優さんの注意ポイントを聞きながら見よう見まねで料理をする感じだ。


 それからはエラや血合いなどの食べられない部分を除去する。

 お腹の中には二匹とも白子がある事からオスのようだ。


 性別が統一しているのは、美優さんが俺に手本を見せてくれるためにわざとしている。

 白子と卵では当然調理の仕方が違うからね。


 俺はそのまま美優さんの言う事を聞きながら調理を進めていった。


 そして出来上がったのは――定番のお刺身に、カマと呼ばれるエラの下から胸ビレの部分までを切り落とした部分をハーブなどで味付けをして焼いたハーブ焼き、後は塩を振って十分ほど置いておいた白子を一分茹でた後に大根おろしやポン酢とえた白子ポン酢だった。


 他にも作ってみたかったけど、時間の関係上断念。

 マゴチは胃袋もおいしいらしく、身を昆布に巻いて一日寝かせたりしてもおいしいらしいので、明後日も他の部位を使いながらやってみようという事になった。


 そして料理が完成すれば、当然待っているのは出来上がった料理を食べる事。

 これが本日の俺や美優さんの晩御飯にもなる。

 いつの間にかこの動画用に美優さんは白ご飯も炊いていてくれて、俺たち二人は仲良く一緒に食べ始めた。


 ただ、この間も動画撮影は続いてる。

 とはいっても、ここまでくれば後に映るのは美優さんが食べている姿だけだ。

 元々は食事シーンになると料理だけを映して感想を美優さんが言うだけだったのだけど、美優さんが食べている姿を見たいという声がかなり多くてこういう形になった。

 ちなみに美優さんが食べているのは俺が作った料理であり、俺が食べているのは美優さんが作ってくれた料理だ。

 自分の出来栄えを確認するために自分が作ったほうも少し食べるんだけど、やっぱり美優さんが作った物とは形も劣れば味も劣っている気がする。

 だけど美優さんはそんな俺の手料理をおいしいおいしいと食べてくれていた。

 失敗した時は容赦なく言われるので、多分本心から言ってくれているのだろう。


 誰かに自分の手料理を食べてもらえて、そしておいしいと喜んで食べてもらえるのは俺が一番好きな瞬間であった。


「――じゃ、帰ろっか」


 厨房などを再度綺麗に掃除し、戸締りも終えた俺たちは二人してお店を出た。

 もう電車は動いていない時間なのだけど、俺と美優さんの家はすぐ近くなのでこのまま車で送ってもらうのがいつもの流れだ。


 ――しかし、今日だけはいつも通りとはいかないらしい。


「あ、あの……」


 突然暗闇から聞こえてきたのは、申し訳なさそうな弱々しい声。

 予想もしていなかったタイミングで声をかけられた事で俺と美優さんはビクッと驚いてしまうのだけど、暗闇から街灯が照らしている部分に姿を現した少女を見て俺は更に驚いてしまう。


 なんせ姿を見せたのは――

「え、えっと、こんばんは、冬月君」

 ――今日から俺の彼女になった、春野先輩だったのだから。

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