第11話「夢と大切にしたい物のため」

 俺がアルバイトをしている美優さんのお店――『喫茶店やすらぎ』は特殊なお店になる。

 というのも、営業時間とお店の営業の仕方が独特なんだ。


 喫茶店というのにも関わらず、営業時間は10時から17時と、19時から22時になっている。

 普通喫茶店なら朝6時や7時にはお店を開けて通勤するサラリーマンやOLをターゲットにしたり、閉店も遅くても20時くらいにはするものだ。


 それなのにこのような変わった時間になっているのは三つの理由がある。


 一つ目の理由は、お店の立地的に近くに会社などがあまり多くないため、喫茶店としての・・・・・・・ターゲットを主婦や学生に絞っている事。

 だから子供が学校に行く準備なのでほとんどの主婦がこれない事や、学校に行かないといけない学生がこれないという理由であえて遅めに開店している。

 だけど、こうなってくると本格的なターゲットはお金をあまり使えない学生よりも主婦になってくるのに、子供が帰ってくるためほとんどの主婦が帰らないといけない17時までお店を開けている理由は、学生が学校帰りに友達と寄って雑談をして楽しめるようにしているからなんだ。

 本当なら15時や16時に閉めるほうが個人的にはいいとは思うのだけど、学生たちが楽しく過ごせる集まり場を作ってあげたいという美優さんの優しさから17時まで開けている。

 これは、本人が学生時代に忙しくて友達と放課後に遊べなかった事が関わっているのだと思う。


 まぁそんな事美優さんは一言も口にしていないから、彼女が放課後遊べなかった事が関わっているというのは事情を知る俺が勝手に思い込んでいるだけなんだけどね。

 さすがに本人の気持ちを考えると言葉にして尋ねるのは気が引けたから本人には確認をしていないんだ。


 二つ目の理由は、閉店時間から開店までのスパンにある。

 22時に終わって片付けをしているとどうしても遅い時間になるのに、翌営業日に朝6時や7時から営業しようとすればかなりの負担がありまともな生活はできない。

 なんせこのお店の売りは、ケーキ屋さんにも勝るおいしいケーキなのだ。


 ケーキを売りにやる以上はプロのパティシエに負けない物を作らないといけないのだから、朝7時に営業しようとした場合でも5時くらいには作業を開始しておくのが無難だ。

 もちろん他所からケーキのみを仕入れるという手はあるけど、その分費用がかかってしまうし、何より自分たちで作った物を食べてもらいたいという美優さんのこだわりがある。

 だからしっかりと作業に臨めるように余裕をもって朝は時間を取っていた。


 三つ目の理由は、このお店は喫茶店としてだけの営業が目的として作られていない事にあった。

 19時から22時の時間――俺たちは夜の部と呼んでいるけど、夜の部は喫茶店としての顔は鳴りを潜め、料理店としての顔をこのお店は見せるのだ。

 これは、美優さんの家庭事情が関わっている。

 美優さんと翔太のお父さんは雑誌やテレビなどで取り上げられる一流料理店のオーナーシェフなのだ。

 だから幼い頃から美優さんはお父さんに料理修行をさせられていて、将来も料理店のオーナーになる事を押し付けられていた。


 だけど、美優さんが幼い頃からなりたかったのはパティシエだった。

 美優さんが幼い頃になくなってしまったお母さんとの思い出が、よく一緒にしていたケーキ作りだったからという事らしい。

 しかしそれはシェフとして娘を育てたいお父さんの思いとは一致しなかったため、そのせいで美優さんが高校三年生の頃はお父さんとよく喧嘩をしていてかなり塞ぎ込んでいた事を覚えている。

 笑顔がかわいい人だったのに、あの頃は一切笑顔が見られなかった。


 そうして美優さんが最終的に出した答えは――パティシエと、シェフを両立するという物。

 

 だから彼女は父親を必死に説得して製菓専門学校に通わせてもらい、卒業後から一年前までは一流パティシエの元で修行をさせてもらっていた。

 その期間暇さえあれば料理の勉強もしていたのだから、本当にしんどかったと思う。

 だけどその努力が実り、お父さんと一流パティシエの両方から認められて昨年からオーナーとしてこのお店をオープンできたのだ。


 ちなみにお店を建てる資金は全てお父さんが出してくれたらしい。

 美優さんのパティシエとしての修業は一流パティシエの元で一緒に働いて技術を覚えていくという事だったので、当然働いていた分貯金はできていたのだけど、お店を出すのにはまだ足りなかった。

 だから美優さんはきちんとお店を開けるだけの資金を手に入れてからお店を開こうとしたのだけど、それを知ったお父さんから、今まで自分の押し付けに耐えて頑張ったのだからこれくらいは親に甘えろ、と言われて資金を出してもらえたのだ。


 お父さんもただ美優さんにシェフという将来を押し付けていたのではなく、娘がかわいかったからこそ自分と同じ道を歩ませて成功してほしかったんだというのがこの時わかった。

 将来は自分のお店を継がせたかったんだと思う。


 それと、美優さんの料理センスがずば抜けていたというのもあるはずだ。

 美優さんが高校三年生の時によくお父さんと喧嘩をしていたから印象を上書きされていたけど、思い返してみれば昔は美優さんが作る料理にお父さんはいつも絶賛をしていた。

 まぁ毎回絶賛していたから少々疑問はあるけど、一緒に食べていた俺はいつも感動を覚えていたし、お父さんの取材にきたはずの記者が美優さんの料理を食べてお父さんではなく美優さんの記事を書いて載せたりしていたので、やはり世間から注目されるだけの才能はあると思う。


 美優さんのお父さんに関しては、匂いがつかないようにケーキや焼き菓子を作る場合と料理を作る場合では厨房をわけたい、という美優さんの言葉を聞いて速攻で最新設備が揃った厨房を二つお店に作るくらいだし、多分あの人は親バカなのだ。


 …………ただ、美優さんと違って翔太はお父さんにシェフとしての道を強要されていない。

 というか、翔太はまともに料理が作れないくらい今まで料理をほとんどしてこなかった。


 一見こう聞くと、翔太はお父さんに甘やかされていたように思える。

 将来を自分で選んでいいと言われているようにも捉えられるからね。

 実際去年までの美優さんは翔太だけが特別扱いされていると思っていただろう。

 自分は好きな道を歩ませてもらえなかったのに、翔太だけは自由にさせてもらっていると。


 もしかしたら、そのせいで誤解が解けた今も少し翔太に当たりがきついのかもしれない。

 だけど、これは別に翔太が特別扱いされていたわけではない。


 実を言うと翔太は――とんでもないほどの、味音痴なのだ。


 だからお父さんも早々に翔太のシェフの道は諦めていた。

 料理に味見は必須なのに、味音痴の翔太が味見をして作る料理など正直恐怖しかない。

 そのため、俺はお父さんの判断は正しくて賢明な判断だと思っている。


 今日翔太は美優さんが俺にはお弁当を作ってくれるのに弟の自分には作ってくれないと言っていたけど、あれも翔太が味音痴な事が原因だと思う。

 美優さんの半端なく美味しい料理を、まだ小学生だった翔太はまずいと言ったくらいだからね。


 ……あっ、思い返したら美優さんを怒らせる要素が翔太にはふんだんにあるな……。

 どうやら翔太が口うるさい事だけが原因ではないようだ。


 ま、まぁ、話は戻るけど翔太は翔太で自分の夢があるし、味音痴やシェフの道が閉ざされた事に関して全く気にした様子はないので心配をする必要はないと思う。


 ――とまぁ長々とこのお店の事や過去の事を思い返したのだけど、どうして俺が美優さんが関わる事にこれほど詳しいのかと言うと、幼い頃から俺は美優さんと一緒に料理をしていたのと、今現在でも美優さんの弟子になっているからだ。

 俺は将来美優さんのようにシェフとパティシエを両立させる道を選びたいと思ってる。

 それが自分の夢である事と、大切にしたい物のためでもあるからなんだ。


 ちなみに俺が学校帰りにシフトに入っている時はいつも夜の部に向けての料理の仕込みがメインになる。

 たまにホールや厨房が忙しくなったらヘルプに駆り出されるけど、生憎美優さん以外も凄い人がこのお店には数人いるからそうそう出番はないんだよね。


 正直この生活は自分が望んだ物であって充実しているのだけど、今日から別の要素が加わってしまったんだ。

 その事を今現在俺は悩んでる。


 ――まさか、自分が雰囲気に流されて告白をオーケーするなんて……。


 率直に言って情けないと思ってしまうんだ。

 そりゃあ春野先輩はアイドル顔負けのかわいい顔をしているし、スタイルも男子なら釘付けになるくらい素晴らしいし、何より性格までとてつもなくかわいかったのだから――あれ、こう考えると流されたのも仕方ないと……ってそうじゃない!

 だから好きじゃなかったのに付き合ったのが問題であって、どうしても不義理に思ってしまうんだ!

 今更あれは嘘だったと言うわけにもいかないし、いったいどうしたらいいんだ……!


「――なんか今日はずっと変だね? 優君のそんな姿を見たのは初めてじゃないかな」


 一人今日の放課後の事を思い返して頭を抱えていると、休憩室のドア付近から女の子にしても高めな幼い声が聞こえてきた。

 声がしたほうに視線を向ければ、身長140cm後半ほどの童顔な女の子が小首を傾げて俺の顔を見つめながらこちらに歩いてきている。

 結構心配そうな表情をしているため、バイトに入ってからの俺はよほど変だったのかもしれない。


「あっ、美優さん……いえ、なんでもないですよ」


 俺は近寄ってきた童顔の女の子――こう見えて年齢は二十五歳という翔太の姉である美優さんに対して、慌てて笑顔で取り繕った。

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