第14話「高鳴る胸」

「何か気になる事でもあるんですか?」


 春野先輩の様子が気になった俺は彼女に質問をしてみる。

 すると、先輩は視線を彷徨わせながら困ったような笑みを浮かべた。

 どうやら言っていいのかどうかで悩んでるらしい。


「気になる事があるなら遠慮なく言ってもいいよ?」


 美優さんも春野先輩の様子は気になるようで、俺と同じように言葉を促す。

 それで気持ちを固めたのか、先輩は若干視線を俺たちから逸らしながら口を開いた。


「その……私の仲のいい友達でふぶきって子がいるのですけど、さっきもお伝えした通りその子が夏目さんの大ファンでして……。普段から雑誌を買ったり一人で遠くのコンテストまで見に行くような子なのですけど、その中でも一番夏目さんに憧れているようでもし近くにいらっしゃる事を知ったら喜ぶかなって……。私が夏目さんを知ってたのも、よくその子が雑誌を見せてくれるからなんです」


 あぁ、なるほど。

 友達が憧れている人だから、出来る事なら会わせてあげたいという事みたいだね。

 先輩は本当にいろんなところで優しい人だよな……。


 俺は友達思いの春野先輩を見て、本当に素敵な人だなと思う。

 ただ、俺の隣では美優さんが難しい表情をしていた。


「ごめんね、それなら余計に困るかな。春野さんたちが故意的に広めるとは思わないけど、君の友達がもし興奮しちゃって誰かに自慢したりしたら困るもん」

「……そうですね、わかりました。広めるような子ではないのですけど、万が一というのもありますもんね」


 今度は少し名残惜しそうに先輩は身を退く。

 もしかしなくても、言葉とは裏腹に心の中では少し期待をしていたんだと思う。

 こればかりは俺も美優さんよりの考えと同じだから口出しはしないけど、ちょっとかわいそうに感じた。


「まっ、こういうふうに顔を合わす距離にいるんだから、もしその子と一緒にいる時に私と会ったらその時は遠慮なく声をかけてよ。それはもう神様が巡り合わせた運命だからね」


 美優さんも俺と同じ感情を抱いたようで、両手を合わせて笑顔で彼女に機会を与えてくれた。

 美優さんの言う通りこの町に来ている以上鉢合わせをする事もありえる。

 ただ、水を差すようで悪いけどおそらくコンテストまで見に行くくらい熱心なふぶきさんという人は、美優さんがこの町にいる事は想像がついていると思う。

 お店の名前は出していないといっても、雑誌によっては美優さんの出身地を書いているのがあったはずだからね。

 そしてこのお店の口コミも知っているだろうし、想像ぐらいはしていても不思議じゃない。


 ちなみに、美優さんは神様がどうこうと言っていたけど、この人は神様なんて信じていない。

 本当に神様がいるならどうして善人ばかり辛い目に遭うのって前に怒ってたからね。


「あ、ありがとうございます……!」

「いいよいいよ、それよりも優君と話にきたんだよね? もうご飯は食べた?」


 美優さんの言葉を聞いて嬉しそうにお礼を言った春野先輩の言葉を、美優さんはパンパンッと手を叩いて終わらせた。

 そして急に先輩のお腹の状態を気にし始める。


「あっ……えっと……まだです……」

「おーけーおーけー、じゃっ、中に入ろっか」

「えっ、えっ? あ、あの……?」

「こんな夜遅い時間に立ち話なんてしてたら近所迷惑だよ、中に入って話さないと」

「で、ですけど、夏目さんたちにももうご迷惑なお時間ですよね……?」

「いいよいいよ、そんな事。それに君、普段は徒歩通?」

「で、電車通です……」

「ほら、もう電車動いてないのにどうやって帰るの? 話が終わったら車で送ってあげるから、とりあえず中に入ろうね」


 グイグイと春野先輩の背中を押して中に入れようとする美優さん。

 どうやら根掘り葉掘り俺たちの話を聞こうとしているようだ。


 こうなった時は俺の言葉でも聞いてくれないから、早々に諦めたほうが結果的に早く帰れる。

 それに、折角長時間待ってくれていた春野先輩をこのまま帰らせるのも気が退けてたから、ここは素直に美優さんに甘えよう。


 明日は定休日だから美優さんは休みだし、彼女自身の負担にはならないはずだからね。

 多分今日の動画を編集して少し新作の研究をし、後はお酒を飲んでゴロゴロしているはずだ。


「じゃっ、優君。本当は明日、料理の研究用に使おうと思ってたマゴチがもう一匹あるから、今日作った料理をみこちゃんにも作ってあげてね。――次で二度目、今度は完璧・・にできるでしょ?」


 明日の彼女の行動を予想していた俺にそう言うと、美優さんはどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。



          ◆



「それじゃあ後は優君に任せて、私たちは少しだけ楽しくお話をしよっか」


 お店の中に招かれると、夏目さんがとてもかわいらし――いえ、素敵な笑みを浮かべて近寄ってこられた。

 優君……その呼び方をうらやましいなぁと思いつつ、私は同じように笑みを浮かべる。


「冬月君ととても仲良しなんですね」

「まぁ、あの子が小学一年生の時からの付き合いだからね。そりゃあ仲良くもなるよ」


 小学一年生……きっと、凄くかわいかったんだろうなぁ。

 いいなぁ、私も見てみたかった。


 でも時が経っている以上それは叶わぬ願い。

 写真なら見れるとは思うのだけど、前に夏目君から冬月君は写真を撮られる事が嫌いだと聞いた事がある。

 確か、こっそり彼の写真を入手しようとした時の話だ。

 その話をしていた時にはふぶきが凄く物言いたげな表情で私の顔を見つめていたけど、普通の女の子なら好きな人の写真がほしいと一度は願った事があるはずだから私のほうが普通だと思う。


 ……まぁ夏目君も何か言いたげだったけど、彼は男の子だから仕方がない。

 女の子の気持ちは女の子にしかわからないのだから。


「羨ましいですね、私にはもう見られないですから」

「まぁそれは仕方ないよね。……てか、優君と離れると雰囲気変わるんだね? なんだかおしとやかで大人っぽい雰囲気だよ」


 今現在冬月君は厨房に行っていて、私と夏目さんは休憩室にいた。

 だから冬月君は傍にいないのだけど、そのせいで夏目さんに疑問を持たせちゃったみたい。

 別に意図して性格を変えたり、わざとかわい子ぶろうとしているわけではないのだけど、どうしても冬月君の顔を見ると顔が熱くなって胸が苦しくなっちゃうのだから仕方ないと思う。


「冬月君の前だと、緊張しちゃいまして……」

「はは、恋する乙女だね。でもいいんじゃない? 優君、みこちゃんのそういう反応好きみたいだし」


 みこちゃん――さっきも呼ばれてたけど、どうやら私はもうあだ名で呼んでもらえるらしい。

 他人と仲良くなるのは得意だと自分でも認識しているけど、これは私が何かしたのではなく彼女のコミュ力の高さによって距離が縮まってる。

 こういうところは夏目君のお姉さんらしいと思った。

 彼はまぁ、コミュ力が高いというより他の子を惹きつけるタイプって感じだけど、夏目さんも他の子を惹きつけそうな感じだから似てる気がする。


「好きでいてくれるんでしょうか……? むしろ変に思われているんじゃないかと……」

「いやいやそれはないでしょ? むしろ釘付けだったじゃん」


 そうなのかな……?

 あまり自信がない。

 そもそも彼には恋愛的な意味では好きじゃないって言われてるんだから、彼の前でうまく喋れてないのが好意的に受け止めてもらえるとは思えなかった。


「……君かなりモテそうなのに、意外と自分に自信がないんだね。あれかな、無理矢理優君を押しきっちゃった感じ?」

「わかるのですか……?」

「まぁ、ここずっと学校を休んでて好きな子の影すらなかったのに、今日学校から帰ってきたらいきなり彼女ができてるんだからなんとなくは察しがつくよね。どうせ翔太が一枚噛んでるんでしょ?」


 す、するどい……。

 大人の女性って勘がいいって聞いた事があるけど、本当だったんだ。

 見た目は小学生みたいにかわいらしいのに、やっぱりふぶきが憧れるだけはある人なんだね……。


「ねぇ、今心の中で子供っぽいのにって思ったでしょ?」

「――っ! い、いえ、そんな事は……!」


 ほ、本当にするどい……!

 後見た目に反してちょっと雰囲気が怖かった……!


「まっ、慣れてるからいいけどね。…………優君の彼女じゃなかったら泣かしてるけど」

「――っ!」

「冗談だよ、冗談。じゃ、そろそろ行こっか」


 後半に発せられたドスが効いた声に驚くと、今度は笑顔で笑い飛ばされてしまった。

 さすがに冗談だとはわかるけど、本能的にこの人は怒らせてはいけない人だと私は察する。


「行くって冬月君のところにでしょうか? お邪魔になったりしませんか……?」

「大丈夫大丈夫、もう集中しているはずだから入ってきた事に気付きもしないよ。それに、彼氏のかっこいい姿見たいでしょ?」

「は、はい……!」


 冬月君の事を彼氏と言われて私は少し照れながらも、ここは正直に頷く。

 彼の料理姿は一度・・だけ見た事があるのだけど、本当にかっこよかったので本音を言うと料理姿をまた見たかった。

 それにこんな事を言われたら、彼女として退くわけにもいかない。


「ふふ、料理をしている時の優君は凄くかっこいいよ」

 

 私は優しく微笑む美優さんの言葉を聞いて、胸が高鳴るのを感じながら彼女の後に付いて行く。

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