第7話「照れた高嶺の花はとてもかわいい」
「………………えっ?」
一瞬、春野先輩に何を言われたのかわからなかった。
ゆっくりと先輩の言葉を頭の中で
あれ……?
告白の相手って……俺なの……?
予想外の展開に俺は思わず春野先輩の事を見つめてしまう。
自分の思いを打ち明けてくれた先輩はギュッと目を瞑り、まるで裁判の判定を待つかのような姿で俺の言葉を待っていた。
何か言わないと――そう思ったのだけど、頭が混乱しすぎててうまく言葉が出てこない。
「あっ……えっと……どうして……?」
やっと出せた言葉はあやふやなもの。
自分でもうまく考えがまとめられず、ただ声に出してしまっただけのようなものだ。
春野先輩は俺の言葉を聞くと恐る恐る目を開けて口を開いた。
「好き、だから……」
風が吹けばかき消されるような弱々しい声で春野先輩は再度自分の気持ちを伝えてくれる。
もしかしてバツゲーム?
――と一瞬疑いもしたけれど、こんなにも顔を真っ赤にし、少しだけ怯えたような態度を取る姿が偽りの物とは思えなかった。
それに春野先輩が噂通りの人なら、そんな相手を騙して傷つける真似をするとは思えない。
となれば、やっぱり本心から言ってくれてると思うのだけど……。
「先輩は、翔太の事が好きなんじゃ……?」
俺の事を好きだと言ってくれた春野先輩には悪いのだけど、俺が一番気になるのはこの部分。
先輩は明らかに翔太を狙っている行動をしていた。
たまたま用事があっただけ――そう考えるのは能天気にもほどあがるだろう。
もし本当に毎時間用事があって翔太の元を訪れていたのなら、きちんと内容をまとめから来てくださいという話になるのだけど、そのような抜けている人がみんなに支持される事はない。
だからやっぱり、翔太と話したくて毎時間訪れていたと考えるのが一番現実的だ。
しかし、先輩は俺の言葉を聞いてキョトンと小首を傾げてしまう。
そして何を言われたのか理解すると、あわあわと慌てだしてしまった。
何この人、かわいすぎるんだけど……。
春野先輩のかわいらしく小首を傾げる姿からの慌てようがグッときてしまい、俺は先輩の事を凄くかわいいと思ってしまった。
そんな中、春野先輩は慌てたように口を開く。
「えっ、えっ、ど、どうして? ち、違うよ? わ、私、夏目君の事はいい子だと思ってるけど、れ、恋愛的な意味では好きじゃないよ?」
よほど動揺しているのか、先輩は言葉を噛みまくってしまっている。
あの全校生徒の前で落ち着いて話をしている先輩の姿は面影もなく、今はテンパっている子供のような慌てようだ。
これは翔太への気持ちがバレた事に対する慌てようなのか、それとも俺に勘違いをされている事に対して慌てているのか――春野先輩の雰囲気だと、多分後者の気がする。
それにこんなところで翔太の気持ちを隠すために嘘をつくくらいならそもそも俺に告白をしてこないだろうし、もし翔太の事が本当に好きなら俺にじゃなくて翔太に告白をするはずだ。
――だけど……。
「でも先輩、今日は毎時間翔太の元を訪れていませんでした?」
俺はどうしてもその部分が気になってしまう。
もし翔太とただ話がしたくて来ていたんじゃなかったとしたら、どうして春野先輩は毎時間翔太の元を訪れていたのか。
本当は他人の事だからあまり踏み込む事はしたくないのだけど、こればかりは正直に教えてほしかった。
俺は春野先輩が答えてくれるのを待つためにジッと春野先輩の顔を見つめる。
すると、春野先輩はあわあわとテンパった状態で俺から顔を逸らしてしまった。
ほんと、あの落ち着いた先輩は何処に行ったのかと思ってしまう。
しかし、春野先輩は目を逸らしてしまったけどどうやら答えてくれるつもりはあるようだ。
チラチラと俺の顔色を窺うように視線をこちらに向けながら、恥ずかしそうにゆっくりと口を開いてくれた。
「あれは……その……夏目君とお話をするのを口実に……冬月君のお顔を見に行ってたの……」
春野先輩はモジモジと両腕の人差し指を合わせながら顔を真っ赤にしている。
こんな姿を彼女のファンであるこの学校の生徒が見たら大興奮して鼻血を出すような生徒が出てくるんじゃないだろうか。
それくらいとてもかわいいと思ってしまう姿だ。
ただ、俺はそんな先輩のかわいい姿よりも、先輩が発した言葉のほうが気になっていた。
「俺の顔を……? えっ、なんでですか……?」
「だって……冬月君、一ヵ月以上久しぶりに学校に来たし……お顔見たかったから……」
まさかの翔太目当てではなく、俺の顔目当てだったらしい。
だから毎時間教室に来る度に目が合っていたのか。
しかも俺が学校に来ていなかった期間も知られているし、今思い付きで言っているようでもないみたいだ。
うわぁ……なんだろ、とても恥ずかしくなってきた。
今まで好意を向けられる事が少なかったからか、先輩に正面からかなり感情がこもった好意を向けられて顔が熱くなってしまう。
段々と告白をされた事が実感を帯びてきたというのもある。
だけど――。
「俺、そんなふうに思ってもらえるような人間じゃないですよ……」
先輩が俺の事を好きでいてくれていると実感した俺は、正直に自分の胸の内を言葉にする。
お世辞にも俺は女の子から好かれるような男ではない。
見た目は翔太に遠く及ばないし、勉強もできなければ運動も特別できるわけでもないんだ。
挙げ句、親がいない孤児院出身で、学校を休みながらアルバイトを掛け持ちしないと生活ができないほどの貧乏な人間だ。
今着ている制服だって、美優さんが同級生から貰ってきてくれたお下がりになる。
みんなは黒色の綺麗な制服だけど、俺のは月日が経っているせいで色褪せてねずみ色に近い黒色になってしまっていた。
しかも美優さんの同級生は皆近所の子などに服をあげていたため、俺に服をくれたのは他にあげる人がいなかった身長190cmくらいの大柄な人だ。
だから身長170cmしかない細身の俺にはブカブカでサイズが合っておらず、鏡を使って自分で見てもみっともない姿になっている。
そのせいですれ違う人にはよく笑われているくらいだ。
こんなふうにどの点をとっても春野先輩が俺なんかを好きになってくれる要素はない。
だからどうして先輩が俺なんかを好きだと言ってくれるのかわからないのだけど……。
「えっと……君が自分の事をどう思っているのかはわからないし……校内で流れてる悪い噂の事を気にしてるのかもしれないけど……私はそれがほとんど嘘だって知ってるよ……? それに……君が誰よりも優しい人だって事も……知ってる……。だから……好きになったんだもん……」
春野先輩は俺が自分を卑下したからか、右手で髪の毛や耳を触るような緊張した様子を見せながらも優しく俺の言葉を否定してくれた。
全て嘘、というのではなく、ほとんどが嘘だと言ってる事からも本当に俺の事については知ってくれているのかもしれない。
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