第4話「高嶺の花が嫉妬しながら見てくるんだけど……」

 確かに今日は美優さんのお店でバイトの日なため、学校が終わればこの後美優さんと会う事になる。

 こういう事のお礼はちゃんと自分の口で言ったほうがいいだろう。


 俺は翔太に頷き、直接自分でお礼を言う事にした。

 話も一区切りが付いたので、俺は目の前にあるおいしい料理に集中する事にする。

 適当におかずを摘まんでは口に入れているのだけど、そのたびに舌鼓を打ちそうになった。

 それほど美優さんの料理はおいしいのだ。


「ほんと、美優さんのようなお姉さんがいる翔太がうらやま――えっ……?」

「ん? キョロキョロとしてどうしたの?」


 急に俺が周りを見回し始めると、翔太が心配そうな表情で俺の顔を見つめてきた。


 ……気のせい、なのかな?


「いや、なんだか誰かに見られているような気がしたんだけど、どうやら気のせいだったらしい」


 誰かに見られているような感覚というか、睨まれたような感覚がしてゾクッと寒気が走ったのだけど、教室内で俺たちの様子を見つめている人はいない。

 だから気のせいだったのだろう――そう思ったのだけど、俺の言葉を聞いた翔太がなぜか教室のドアのほうを見つめている事に気が付く。

 何を見つめているのか気になり視線を追っかけてみると、そこにはここ数時間の間で何度も見掛けた人が立っていた。


 しかも、プクッと頬を膨らませてジッと俺たちの事を見つめている。


「しょ、翔太、やっぱり迎えに来てるじゃないか……! ほら、翔太が春野先輩をほっといて食べてるからか拗ねてるよ……!」


 そう、そこに立っていたのは、学校で一番人気の春野先輩だったのだ。

 可憐な佇まいなのだけど、頬を膨らませている事から拗ねているとしか思えない。

 どう見ても拗ねている春野先輩を目にした俺は、先輩の耳には届かないよう小さな声で慌てて翔太に声をかけたのだ。


 ……ちょっと春野先輩ストーカーじみているな、と思ったのはここだけの話。


「うぅん、まさかここまでとはね……」


 翔太は春野先輩を見ながらポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべる。

 何処か他人事のように見えるのは気のせいだろうか?


「早く行ってあげなよ……!」

「どんどん話がややこしくなっていくなぁ」


 渋々、といった感じで翔太は席から立ち上がり先輩の元に向かう。

 俺はそれを見て、高嶺の花が迎えに来てくれてるのに贅沢な奴め、とか、ちょっと羨ましいなぁとか思いはしたけど、とりあえずこれで拗ねている先輩の視線から逃れられると思って安堵した。


 ――しかし、俺の思惑とは裏腹になぜか春野先輩の視線が俺から外れなかった。

 翔太が先輩に歩み寄っているというのにそちらには目もくれず、むむむ、と文句を言いたげにジッと俺の事を見つめている。

 まるで恋敵でも見るかのような目だ。


 ……これはあれかな?

 俺が春野先輩から翔太を盗ったと思われてる?


 今しがた翔太と昼食を食べていたのは俺一人。

 となれば、翔太と昼食を取りたかった春野先輩が嫉妬の目を俺に向けてくるのは必然なのかもしれない。


 だって見ようによっては、俺が翔太と食べていたから春野先輩は翔太と一緒に食べられなかったようなものだからね。


 ………………うっわ、なんかよくわからないままめんどくさい事に巻き込まれた気がする。

 学校で一番人気のある春野先輩に目をつけられたとなれば、もうこの学校に俺の居場所はなくなってしまうのではないだろうか?

 というか、個人的に春野先輩に敵視されるのは辛い。

 なんせあの人は誰にでも優しい事で有名な人なのだ。

 そんな人にまで嫌われるとか、もう人として立ち直れない。


 折角美優さんの手料理で幸せ気分だったのに、どうしてこんな気分にならないといけないのか。

 不服に思って再度春野先輩に視線を向けると、ちょうど翔太が春野先輩に声をかけるところだった。

 翔太は苦笑いしながら何かを春野先輩に言うと、春野先輩は途端にニコッと笑みを浮かべた。

 かと思ったら、少しやりとりをすると照れたように顔を真っ赤にして顔をブンブンと横に振り始める。

 いったいなんの会話をしているのかは知らないけど、少し話しただけで女の子を途端に笑顔にしただけでなく、更に照れさせもするなんてさすが翔太だと思った。

 まぁ翔太ほどのイケメンだから成せる技であって、俺にはできない事だね。

 ほんと、世の中って理不尽だよなって思う。


 ……お弁当食べよ。


 なんだか自分の事が惨めに思えた俺は、その後目の前にあるおいしいお弁当をつつくのだった。



          ◆



「ねぇ、優弥。放課後少し時間を貰えるかな?」


 もうすぐ昼休みが終わるというタイミングで翔太は戻ってきたのだけど、戻ってくるなり放課後の予定について聞かれてしまった。

 放課後はバイトがある事を知っているのにこんな事を聞いてくるなんて、何か大切な話でもあるのだろうか?


「明日じゃ駄目なのかな? それか、後でメールや電話とかで――」

「――駄目だね」


 即答だった。

 頭ごなしとも取れる言い方に少し驚いてしまう。


「なんで?」

「大切な事だからだよ」


「……バイト遅れると、美優さんが怒るよ?」

「た、大切な事だから……!」


 ここで言っている怒られるの対象は残念ながら俺ではなく翔太になる。

 翔太は自分の都合で俺を付き合わせた時は絶対に正直に言ってしまうので、美優さん相手に庇ったところで意味がないのだ。

 そして美優さんは翔太相手だと普通に手を出すところがある。


 俺は特に怒られた事がないのに翔太は凄く怒られているため、姉弟って怖い関係なんだな、と昔思った事があるくらいだ。

 翔太もわかってるからこそ言い淀んだのだろうけど、それでも引かないという事はそれほど大切な事なのだろう。

 だったら、聞いてあげる以外に選択肢はない。


「わかったよ、美優さんには後で遅れる事を電話しておく」

「よかった、ありがとう」


 俺が時間を作る事を伝えると、翔太は安心したようにホッと息を吐く。

 その様子からも余程大切な事なんだと察する事ができ、放課後に時間を取る事にして正解だったと思った。


 ――そして、放課後を迎えたのだけど……。


「先に屋上に行っててもらえないかな?」


 話が終わればすぐにバイトに行けるよう教科書などを鞄に入れていると、もう先に準備が終わったらしき翔太が不思議な事を言ってきた。

 わざわざ屋上に移動するのは誰にも聞かれたくない話をしようとしていると察しがつくけど、どうして一緒に行こうとしないのだろうか?


「何か他にも用事があるの?」

「まぁ、そんなところだね。悪いけど先に行っててほしいんだ」

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