第2話「毎時間現れる高嶺の花」
「――こんにちは、夏目君はいるかな?」
一限目の授業が終わった後、久しぶりの授業についていけなかった俺が机に突っ伏していると、耳心地のいい優しい声色の声が聞こえてきた。
声に惹かれて思わず顔を上げて視線を向けると、教室のドアのところに上品な佇まいで教室を見回す美少女が立っている。
「あっ、春野先輩だ」
「ほんとだ、やっぱり先輩かわいいよなぁ」
「いいなぁ、付き合いてぇ」
「相変わらず綺麗~」
「ね、おんなじ女だとは思えないくらい綺麗だよね」
「どうやったらあんなふうに綺麗になれるんだろ」
学校で高嶺の花とも呼ばれる春野先輩が教室に顔を出した事で、彼女に惹かれて教室内が途端に活気づき始めた。
春野先輩は才色兼備の言葉がよく似合う人で、見た目のかわいさはもちろんの事、全国模試でも常に十番以内に入っている才女らしい。
更には運動神経もよく、部活には入っていないけど去年の体育祭のリレーではアンカーを任されていた。
球技大会で行われたバレーでもバレー部相手に熱戦を繰り広げられていた事が印象に強い。
――とまぁ、こんなふうに完璧美少女とも呼べるように先輩だからか、この学校の生徒からは高嶺の花扱いされていた。
そんな先輩と話せる事はこの学校の生徒なら誰にとっても光栄な事だろう。
そのせいか、翔太の事を先輩が探しているのにクラス内の生徒が春野先輩に殺到してしまっていた。
「あの、先輩! もしよかったら連絡先を――!」
「おいこら! 何お前抜け駆けしようとしてんだ! 先輩、こんな奴はほっといて俺に――!」
「ちょっと男子! あんたたち邪魔よ! 春野先輩と話すのは女子の特権なんだからね!」
なんて勝手な人たちなんだ……。
先輩に殺到するクラスメイトたちの言葉を聞いて思わず呆れてしまう。
休み時間なんて十分しかないのに、みんなが先輩を捕まえてしまったら先輩が用事を済ませられない事がわからないのかな?
翔太は翔太で、苦笑いをしながら先輩たちを見つめているし。
「翔太、早く行ってあげなよ。先輩は翔太に用事があってきてるんだろ?」
「う~ん、そうなんだけどね……」
声をかけると、翔太は困ったような表情を浮かべて考え始めている。
いったい何を考える必要があるのか――そう思ったけど、翔太は何か意味深な目で俺の顔を見つめていた。
こういう時の翔太は困っているのではなく、何か別の事を考えている事を俺は知っている。
嫌な予感がする――そう思った時、翔太が笑顔で口を開いた。
「優弥、彼らを止めてよ」
それは明らかに予想外の事。
なぜ俺が止める必要があるのか、というのもそうだし、そもそも翔太なら周りに悪い気持ちを抱かせずに先輩を助ける事ができる。
なのにどうして俺に任せようとするのか。
俺が止めようとした場合はどうしても角が立つのを知っているだろうに。
「翔太がいけばいいじゃないか? なんで俺に振るんだよ」
「そっちのほうがいい気がしたから、かな」
「何をもってそうなるんだ……」
「内緒だね」
翔太はニコッと優しい笑みを浮かべてそれ以上は口を開かない。
先輩が困っているというのに俺に丸投げするという姿勢だ。
「はぁ……わかったよ」
こういう時の翔太は何を言っても人の話を聞かない事を知っている俺は、時間がない事も考えて早々に諦めた。
まぁ翔太が意味もなくこんな事を言うわけがないため、きっと何か自分で止めるわけにはいかない理由があるのだろう。
だから引き受けた以上は、俺が責任持って止めるしかない。
「みんな、春野先輩が困ってるよ。休み時間も短いんだし、先輩の用事を優先させてあげようよ」
「あっ……」
ドアのところに密集しているみんなに声をかけると、人混みの隙間から見える春野先輩の視線が俺へと向いた。
だけど、なぜかすぐに視線を逸らされてしまう。
好きだった、というわけではないからまぁいいのだけど、それでも目が合ってすぐに逸らされるのは何気にショックだった。
話した事はないはずだから、
それならそうと、あまり気にしなくても済む。
それにまぁ、俺が声を掛けた事でクラスメイトたちは先輩を困らせていた事に気付いたようで、各々先輩に謝って離れ始めたからよかっただろう。
……まぁ、俺に対しては無視されているわけなのだけど。
角が立たなかったのはいいかもしれないが、無視は無視で少しショックだな。
「ごめんね、優弥。だけどありがとう」
クラスメイトたちに無視されるキッカケを作ったからか、翔太はお礼を言う前に謝ってきた。
翔太の事だからこうなる事も見越していたのだろうけど、結局何がしたかったのかよくわからない。
ただ、春野先輩に視線を向ける翔太はなぜか笑みを浮かべていた。
「何笑ってるの?」
「あっ、いや……意外と
あの人を指しているのは春野先輩だという事はわかったけど、他の事はよくわからなかった。
だから何を気にしたのか聞いてみたのだけど、翔太はニコッと微笑んで誤魔化すと春野先輩の元に向かってしまった。
誤魔化されたので不満げに翔太を見つめていると、なぜか春野先輩が俺のほうを見ている事に気が付く。
不思議に思って春野先輩の顔を見ると目が合ってしまい、途端に先程と同じように目を逸らされてしまった。
たまたまこちらを見ていただけだろうけど、やっぱり目が合うと逸らされるのは変わらない。
なんだかんだ言って、目を逸らされるのはやはりショックだ。
それにしても、春野先輩はやっぱり翔太の事が好きなのかもしれない。
なんせ、翔太が近寄るだけで顔を赤く染めているのだからな。
あの高嶺の花である春野先輩まで虜にするなんて、やっぱり翔太は凄いと思った。
――ただ一つ予想外だったのは、その後も休み時間の度に春野先輩が俺たちの教室に顔を出した事だ。
そして決まって、翔太を連れて何処かに行ってしまう。
まぁそんな事は翔太たちの勝手なのでいいのだけど、問題は彼女が教室に顔を出す度に目が合ってすぐに視線を逸らされる事だ。
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